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【書籍発売中】転生幼女は教育したい! 〜前世の知識で、異世界の社会常識を変えることにしました〜  作者: Ryoko
第5章 アメリア、世界を巡る

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山脈越え

 時は(しば)し遡る。

 帝国軍が王国内への侵攻を開始し、ボストク侯爵率いる王国軍がその足止めに躍起になっている頃。



「うわ〜〜 壮観ねぇ!」


「…………すごい」


「だな… 街があんなに小さく見える」


 辺り一帯を包んでいた霧がようやく晴れ、山頂からの大パノラマに皆が呆然と立ち尽くす。

 飛行機など存在しないこの世界で、このように世界を俯瞰する機会など、普通は一生あり得ない。

 右手に見えるのがクボーストで、正面奥に小さく見えるのがバンダルガかな?


「人がゴミのようね!」


「いや、人なんて見えないから!」


「アメリアお姉さま、このように神々しい光景を前に、その感想はどうかと思います…」


 キール山脈初登頂にはしゃぐ私に、非難がましい目を向けてくるレオ君とサラ様。

 いや、深い意味は無いから!

 高いところに来たから、とりあえず言ってみただけの台詞だから!


 そう、私達が今立っているのは、この大陸を南北に分断するこの世界の最高峰、キール山脈。

 大陸の東側にある一部の切れ込みを除けば、まさに前人未到。

 決して越えることのできない世界の壁、と言われている。

 もっとも、私達が登ってきたルートは正確には前人未到ってわけでもなくて、ダルーガ伯爵のところで回収した資料にも、かつてダルーガ伯爵の先祖がこのルートを使って帝国から連邦側にやって来たことが記録されている。

 その時のルートや当時の山脈越えの様子はかなり詳細に書かれていて、今回私達もその記録を元にキール山脈越えを敢行したってわけ。

 いや、勿論事前調査はしていたんだよ。

 ダルーガ伯爵の資料を発見した時から、いつか自分で越えてやろうと諜報員を派遣したりもしていたしね。

 だって、越えてみたいでしょう?

 前世の私も別に登山家とか冒険家ってわけではなかったから、本格的な登山とかはしたことがない。

 ロープを使って切り立った崖を登るとかは無理だ。

 でも、幸いなことに、今回のルートはそういった難易度高の本格的なものではない。

 標高自体は高いんだよ。

 恐らく4000mは軽く越えている。

 でも、それだけ。

 真冬ならともかく、この時期の山頂には殆ど雪も見られないし、勾配も手をつかずに登れる程度。

 技術的には富士山よりも平易かもしれない。

 では、なぜ今まで誰もこの山脈を越えようとはしなかったのか?

 それは、皆が魔の山キール山脈の呪い、神々の怒りを恐れたから。

 同じキール山脈でも場所によって伝わる伝承は呪いだったり天罰だったりと微妙に違うんだけど、受ける結果は変わらない。

 山の奥に進むにつれて起こる頭痛、吐き気、倦怠感。

 辺りを包む空気はたとえ真夏であっても真冬のように冷え渡り、とても太陽に近づいているとは思えない冷気が来る者を拒む。

 精神は次第に不安定となり、最後には錯乱したり昏倒したりして命を落とすという。

 実際、ダルーガ伯爵のところの記録でも、一緒に帝国から逃れてきた者の大半は、道半ばで呪いに侵され命を落としたとある。

 連邦の西、バンダルガを真っ直ぐ北上してキール山脈を越えれば、そのまま帝国の帝都に辿り着く。

 連邦の東にある帝国との国境や魔法王国から回り込むよりも遥かに早く、帝都との交易が可能だ。

 かつて西の交易都市バンダルガと連邦の西部一帯を治めていたダルーガ伯爵も、当然帝都との交易は考えたらしい。

 だが、何度人を送り込もうと、皆が途中で酷い頭痛に悩まされ、戻って来てしまう。

 あのダルーガ伯爵も、キール山脈を越えての帝都との交易は諦めざるを得なかったという。



「本当に雲よりも高いんですね。まさか雲を見下ろす日が来るとは思いませんでした」


「まったくだな。ここでもっと近くに来る雲を待っていれば、案外飛び乗れるんじゃないか?」


「いや、レオ君、残念ながらそれはただの霧だから。

 さっきまで山頂(ここ)を覆っていた霧が雲の正体だからね」


「…レオさんはもう一度セーバリア学園に戻って、理科の勉強をし直した方がいいのではありませんか?」


「いや、俺だって勿論雲がどういうものかは知ってるけど。

 でも、こう、乗ってみたいだろ?」


「確かにね。あの空に浮かぶ雲の中に、私の知る雲とは違う、実際に乗ることができる雲が絶対に無いとは言い切れないわけだしね」


「そうですね。もしそんな雲があったら素敵ですね!」


「……………。(俺の時と反応違い過ぎ…)」


 呑気にそんな会話を楽しみつつ休憩を取る私とレオ君、サラ様。

 他にもセーバの街の諜報工作部隊、ザパド領から出してもらった護衛部隊、それに連邦からも数人のお目付け役が同行している。

 ここまでの移動は新たに山岳地帯や荒れ地用に開発した四輪バギー。

 馬車のように荷物も牽引できるタイプで、これのお陰でここまでの登山も楽々だ。

 もっとも、バギーも通れるよう場所によっては簡易な整地もしながらの移動で、それなりの苦労はあったんだけどね。

 ルートの確保とは別に、連絡用に通信のための中継器も設置していかなければいけなかったし。

 単純な距離で考えれば1日で登りきれそうな道程だったんだけど、念の為工事を進めながら三日をかけてここまで来た。

 高地順応のため。

 酸素マスクも用意してきているから大丈夫だとも思ったんだけど、この世界の気圧の変化や人体の適応力だって前世と同じとは言い切れないしね。

 呪いだの神罰だのがこれほどまでに猛威を奮っているわけだから、私が考えている以上にこの世界の高山病は恐いのかもしれない。

 そう、話に聞く呪いの症状から考えて、キール山脈の呪いの正体は間違いなく高山病だと思う。

 魔物の出る山脈の中腹を急いで駆け抜け、少しでも呪いにかからないよう焦って山頂を目指す。

 できるだけ山での滞在時間を減らそうと焦れば焦るほど、高山病にかかる確率は跳ね上がる。

 急いで山頂を目指そうとするザパド領と連邦の出向組を説得し、のんびり余裕を持った登山を楽しみつつ山頂(ここ)までやって来た帝国急襲部隊は、みな初めての景色に元気一杯だ。

 もう誰も呪い云々などと言い出す人はいない。

 私は連邦の反対側、北に位置する帝都に目を向ける。


「体調の悪い人はいませんね? では、これより帝都に向けて侵攻を開始します。

 暫くは帝国人に遭うことはないと思いますが、各自警戒は怠らないように。

 万が一帝国の民に出遭っても、極力戦闘は避けて下さい。

 こちらの動きを帝国側に察知されない事が最優先です。

 では、行きましょう!」


 私は初めて訪れる帝国に内心で心躍らせながら、取り繕った顔で帝国への進軍?を開始した。


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