決戦前夜 〜女帝マリアーヌ視点〜
『引け! 全軍撤退!』
『こちらの退却が済み次第、駐屯地に火をかけろ!
この辺りは枯野で火の回りが早い! 炎の壁で敵を足止めしろ!』
『金魔法部隊は街道を破壊せよ! 大層な壁はいらん! 地面に凸凹を作る程度で進軍は止まる!』
『攻撃魔法は兵ではなく馬車を狙え!
どうせあの鎧にこちらの魔法は効かぬ! 魔力の無駄遣いはするな!』
………
(女帝マリアーヌ視点)
「やれやれ、前回の水攻めに続いて、今回は火攻めですか。
おまけに毎度毎度嫌がらせのようにこちらの進軍ルートを荒らしていく始末。
いくら有効な攻撃手段がないからといって、あれが強兵を誇る魔法王国軍かと思うと、些か拍子抜けですな」
「その子供じみた嫌がらせのせいで、こちらの当初の予定は大幅に遅れているのだ。
時間稼ぎとしては有効な手段ではないか?」
「……時間稼ぎ、ですか。
それはつまり、王国軍は初めから本気で我が軍とぶつかる気はなく、時間稼ぎ自体が目的だと?」
「うむ、私はそう考えている」
最初のボストクでの戦闘を除けば、副官が言うように王国軍は絶えず逃げ腰で、それが私には意図的に感じられる。
最初こそ、私もこちらの優位を確信していた。
リアル鉱石製の鎧を纏った帝国兵に対して、王国側の魔法は無力だ。
そして、こちらが所持する複数の魔力砲は、上級貴族のほぼ全力に近い威力の攻撃魔法を、魔石がある限りいくらでも撃ち続けることができる。
恐らく王国軍は、こちらからの魔法攻撃が魔道具によるものだとは気付いていないだろう。
視認できないほどの長距離から放たれる火球を見て、帝国軍にも強力な魔術師が何人かいるらしいと、そのように考えているはずだ。
いくら帝国内の石板が全て失われたとはいえ、魔力の多い者が全くいなくなったわけではない。
金と時間をかければ、他国の神殿で魔法を学ぶことは可能なのだ。
だから、魔力量の多い者を選抜して、特別に攻撃魔法を覚えさせていたとしても、何の不思議もない。
それでも、末端の兵士までが当然のように魔法を使える王国軍とは異なり、精々選ばれた一部の兵のみが魔法を使える程度だろうと、そんな風に考えてるはずだ。
なぜなら、帝国の殆どの民は魔法を使えない。魔道具で強力な魔法は使えない。
それが、この世界の常識だからだ。
特に魔道具に関しては、動力として使われる魔石の出力のせいで、一度に大量の魔力を消費する攻撃魔法は絶対に不可能と思われている。
一度に10MP程度が限界の魔石では、種火程度の炎を撃ち出すのが精々。
それでは、ネズミ一匹倒せないと。
どれだけ大量の魔力を籠めた魔石であっても、一度に撃ち出せる魔力は極わずか。
それは、100MP程度しか保存できないクズ魔石であっても、数万MPを保存できる上質な魔石であっても変わらない。
魔石の容量、大きさに関係無く、一度に使えるMPは決まっているのだ。
ならば、同じ魔法の籠められた1MPしか魔力を含まない極細かな魔石を1000個集めたら?
それを同時に撃ち出したら?
小さな火種も家すら焼き尽くす劫火となるのでは?
そんな発想から私が開発した魔力砲は、その弾に火魔法を籠めた魔石を使う。
と言っても、別に直接魔石を撃ち出す訳ではない。
まず魔力砲に弾となる魔石をセットし、それを砲身に取り付けられた万力で粉々に砕く。
元は同じ魔法が籠められた一つの魔石だ。
魔石に籠められた魔法を発動させれば、それは元々一つの魔法であったかのように巨大な火の玉となって撃ち出される。
まだ出力の安定性や魔法の操作性で幾つかの問題はあるが、少なくとも手持ちの魔石が続く限り1000MPを超える上級攻撃魔法を延々と撃ち続けることができる。
王族ですら日に3発が限界の威力の攻撃魔法を無制限に撃てるのだ。
たとえリアル鉱石の鎧がなかったとしても、単純な魔法戦においてさえ我が軍の敗けはない。
そのはずなのだが、どうにも気にかかる。
そもそもの話、ここまでの王国軍の動きがおかしい。
ここまでの道中、王国軍は時間稼ぎばかりを行い、まともな戦闘は殆ど行われていない。
王国軍からは馬鹿の一つ覚えのように攻撃魔法が撃ち込まれ、それにこちらが怯む様子がないのを確認すると、足早に撤退を繰り返す。
それだけだ。
兵たちは王国軍には為す術がないからと安易に考えているようだが、本当にそうだろうか?
直接火魔法を撃ち込むのではなく、枯野に火を放つことで進路を塞いだり、たとえ魔力を抜いたとて整地に時間と手間のかかる路面破壊を繰り返したり…
これは明らかに、リアル鉱石の特性を理解しているやり方だ。
リアル鉱石は魔力で作られた全ての現象を無効化するが、魔法によって引き起こされた結果までを無効化するわけではない。
魔法で作られた炎は消せても、魔法の炎が燃え移って起きた延焼までが無かったことになるわけではない。
金魔法で道に作られた凸凹から魔力を抜くことはできても、それだけで凸凹が元の平らな地面に戻るわけではない。
魔力が抜けることで多少強度は落ちても、道の凸凹はそのまま残るのだ。
要は、直接の魔法攻撃は効かずとも、間接的な魔法攻撃なら通用する。
それが分かっているのなら、何故足止めばかりで直接攻撃をしてこない?
時間稼ぎをするにしても、もっとこちらに直接の被害が出るかたちで足止めをすればいい。
実際、ここまでの戦いで、我が軍には殆ど死者が出てはいない。
もっとも、それは王国軍側も同じことだが…
少しでも危険と感じれば、嫌がらせのような妨害工作をしつつさっさと逃げてしまうのだから、兵たちが王国軍を臆病者と軽んじる気持ちも分からなくはない。
ともあれ、それもあと数日。
早ければ明日、遅くとも3日後には我が軍は王都に辿り着くだろう。
斥候の話では王都郊外には続々と王国軍が集まっているという。
流石に王都の目と鼻の先まで来られて、即撤退はないだろう。
王国軍もこちらとの最終決戦に備えているということ。
これが我が軍を誘い込むための罠なのか、背水の陣を敷いての悪あがきなのかは分からぬが、いずれにせよこれで決着がつく。
明日の打ち合わせを済ませて天幕を出ていく副官を見送り、一人物思いにふける。
これまでのこと、これからのこと、恐らく最終決戦となるであろう数日後の戦のこと…
ふと顔を上げると、そこには見知らぬ一人の少女が佇み、黙ってこちらを見つめていた。
戦場には似つかわしくない侍女のようなお仕着せを着た少女。
いつの間に入って来た?
あまりに自然な様子で私の傍に控える姿に、声を出し兵を呼ぶことも忘れてしまう。
「夜分に突然の訪問、恐れ入ります。私の名はレジーナ。
この度は、マリアーヌ女帝陛下と我が主であるアメリア公爵様との会談の場を設けたく、夜分に参上致しました」
誰にも見咎められることなく、皇帝である私の寝所まで忍び込んだ少女が齎した深夜の会談は、今後の帝国を、いや世界そのものの在り方を大きく変えるものとなった。




