今後の方針
ユリウス君とアルフ君からの第一報がトッピークにあるアメリア商会から私の元に届けられたのは、ボストクの砦が陥落した翌日の昼頃のこと。
勿論、ボストク陥落の報告は、ボストク、トッピークのアメリア商会に駐留するセーバの街の諜報員たちからも入ってきている。
ユリウス君やアルフ君もだけど、アメリア商会の従業員達も無事に逃げられたようで、その点に関してはまずは一安心だ。
それにしても、あの王妃様が万全の準備をしていた砦がたった一晩で落ちるなんて、トロイの木馬でも仕掛けられたかなって思ったんだけどね。
どうやら、もっと正攻法なやり方で正面突破されたらしい。
強力な武器と装備による一方的な蹂躙。
こちらからの魔法攻撃は一切効かず、相手からは上級貴族の攻撃魔法に匹敵する攻撃が何度も繰り出されたらしい。
攻撃手段の方はまだよく分からないけど、装備の方にはすご〜く心当たりがある。
それ、“殺生石”だよね。
報告を聞く限り、こちらの魔法を無力化した手段は殺生石で間違い無いと思う。
念の為倭国にも確認を取る必要があるけど、恐らく帝国にも殺生石の鉱山と、その加工技術があったのだろう。
それなら、あのボストクの城壁があっさり突破されたのも分かる。
殺生石を使って城壁の魔力を抜いてしまえば、あとは魔法でどうとでもなるからね。
私でもそうする。
迂闊だったのは、殺生石が採れるのは倭国だけって思い込んでいたところか…
キール山脈の倭国側で採掘できる殺生石が、同じキール山脈の帝国側で採掘できても何の不思議もない。
倭国の殺生石はいわば国家機密扱いで、その詳細は一般には殆ど出回っていないけど、もしかしたら帝国では殺生石の存在は割と知られていたのかもしれない。
いや、王妃様からもそんな話は聞いたことがないし、多分帝国でもあまり知られていないとは思うけど。
若しくは、聞いてもピンとこなかったか…
王妃様の諜報員は軍事や政治には明るいけど、技術者や研究者ではない。
仮に殺生石の工房を発見したとしても、倭国の鍛冶工房を初めて見た時のレジーナやレオ君、サラ様の反応を考えるに、何をやっているのか全く理解できなかったんじゃないかな。
あの3人以上に科学知識の無い王家の諜報員では、多分無理だ。
ともあれ、相手の装備が殺生石製となると、これはボストク侯爵や王妃様でもかなり苦戦するかも。
ダルーガ伯爵の話だと、今の帝国の皇帝は私の前世と同じ世界の知識を引き継いでいるらしい。
ただし、今の私の知識ではなく、恐らく数百年前のヨーロッパ圏の知識。
だとすると、高度な科学知識はなくても、この世界でも再現可能な科学技術って意味では、私なんかよりずっと実用的な知識を多く持っている可能性が高い。
武器の鋳造なんて、私と違ってもっと身近な技術だっただろうしね。
イィ様の知識も分野によってはすごいんだけど、西洋と東洋では得意不得意もあるし、なんだかんだで私が前世で学んできた知識は西洋寄りのものだ。
ダルーガ伯爵のところにあったのは主に薬学関係の知識ばかりだったけど、今の帝国にはそれ以外の知識も伝わっているかもしれない。
その知識が手に入るなら、帝国との戦争も吝かではないけど、、て、いかん、いかん!
思考がダルーガ伯爵になってるね。
欲しい物は奪えばいいって、そんな中世レベルの思考はよろしくない。
「奪いにきたのだから、奪われる覚悟もあるのだろう?」って、そんなマンガみたいな展開ではなくて、できれば平和的に技術提携とかしたいよね。
話し合いの余地はあると思うんだよ。
今までボストク領内まで攻め込まれたことがなかったボストク領や王家は、帝国に国土を蹂躙されたって大騒ぎしているけど、話を聞く限り今回の帝国の侵攻って、かなり統制が取れていると思う。
敵は皆殺しが当たり前の世界なのに、帝国の兵はボストクの街の一般市民への不必要な攻撃を一切していないみたいだし。
実際、ボストクの住民のトッピークへの避難も無事に完了しているし、避難民やトッピークへの帝国側の攻撃も今のところは確認されていない。
普通に王国侵略を考えているなら、もし私ならトッピークは必ず落とす。
海路を使ってのセーバからの反撃に備えられるし、普通に考えて貴重な港を押さえられるのは大きい。
兵の略奪行為を許すのは論外だけど、私ならボストクの街の住民は捕虜兼現地労働力として確保すると思う。
わざわざ見逃す理由が無い。
もし、王国を征服するつもりなら、だけど。
多分だけど、帝国には王国を征服するつもりは初めから無いんじゃないかなぁ。
目的は領土拡大ではなくて、王国に帝国の要求を呑ませること。
帝国の望みが魔法の復活であることは間違いないから、要求としては王都にある大神殿を帝国に開放しろとかかな。
でも、それならそれで、手っ取り早く王国を征服してしまった方が早い気もする。
「それは多分、帝国がお姉さまや連邦が介入してくるのを嫌ったからでは?」
「なるほど。それはあり得るのぉ」
帝国の意図を測りかねている私に、サラ様と議長様が言うには。
学院を卒業したと同時に社交界にも顔を出さず、逃げるように国を出た私とサラ様は、事情を知らない貴族たちの間では王家を嫌っていると思われているらしい。
王家は急激に力をつけたアメリア公爵の存在を警戒している。
軍や文官の強化に尽力したアメリア公爵の発言力は、商業関係のみならず、今や多方面に及ぶ。
いくら実力を示しても庶民並みの魔力しかないアメリア公爵が王位を継ぐのは流石に厳しいと思われるが、このままではいずれライアン殿下を押し退けて、ということも有り得るのでは?
そんな噂が、実は王都を中心に囁かれているらしい。
「他にも、アメリア公爵がサラ殿下やザパド侯爵と組んで王国を連邦に売り飛ばそうとしている、なんてのもある」
ライアン殿下が王太子として王都やボストク領で帝王学を学ぶなか、非才と蔑まれたサラ王女殿下は当時無名の田舎町に過ぎなかったセーバに追放同然で追いやられた。
これを恨みに思っていないはずもない。
現ザパド侯爵は密かにザパド領乗っ取りを企んでいた連邦貴族を追い出したが、実際には今のザパド領は鉄道で連邦と繋がり、領内は連邦商人で溢れかえっている。
結局のところ、初めからザパド領は王家を裏切り、連邦に与するつもりだったに違いない。
「お姉さまはくだらない貴族の噂話などにご興味無いでしょうからご存知なかったと思いますけど、王都の法衣貴族たちの間では、新しい王国のあり方を歓迎する革新派と、今までのあり方に固執する保守派で、だいぶ意見が分かれているとか。
革新派の貴族はお姉さまや現ザパド侯爵にも好意的ですけど、保守派貴族たちは国を出たままのお姉さまを陰で裏切り者扱いしているみたいです」
私と違って王国貴族に対してもしっかりと独自の情報網を持っているサラ様は、旅先でも定期的にその手の情報を入手していたらしい。
私、魔法王家とか王国貴族とかとは極力関わらないようにしていたからね。
主に面倒事に巻き込まれたくなかったから。
「そんな状況ですから、もし帝国がその噂を鵜呑みにしているなら、セーバの街やザパド領に手を出さない限り、この戦争へのお姉さまの介入は無いと、そう考えられているのだと思います。
王国を征服するとなれば当然ザパド領、セーバ領とも戦うことになりますし、たとえザパド領やセーバ領に攻め込まなくとも、王都を制圧し王家を滅ぼしたとなれば、少なからぬ影響がザパド領、セーバ領にも出てしまいます。
でも、征服とかではなく、単に軍事力で王家に条件を呑ませただけなら…
アメリアお姉さまに反抗的な王都の貴族や魔法王家が弱体化するだけですから、お姉さまやザパド領はむしろ好都合と何もしてこない。
そう考えているのではないでしょうか?」
なるほど。
そういうことなら、私の身内になるお父様やお母様もまず安全だろうし、王家を滅ぼそうとすると全面戦争になる可能性が高いから、最終的な決着は国王陛下との話し合いってことになるだろう。
なら、王妃様も大丈夫かな、、まぁ、王妃様の場合、自分から先頭に立って突っ込んで、そのまま戦死って可能性もあるけど…
その場合は、自己責任だから仕方が無いね。
王国軍が帝国軍を押し返せれば良し。もし帝国軍が勝っても、王都の大神殿にやって来る帝国人が増えるだけで、こちらに大した被害は無い。
王都のアメリア商会にやって来るお客さんが、王国貴族から帝国人に替わるだけだ。
そうなると、一応お父様にアドバイスをしつつ、セーバの街の領主としては静観、ってとこかなぁ…
でも、せっかくだし…
今後のことについて、私は一度王妃様と相談してみることにするのだった。




