狼が出たぞ! 〜ユリウス視点〜
(ユリウス視点)
国境の城壁を守る兵士たちの会話。
『帝国軍、増えてきてるなぁ…』
『ああ、だが聞いた話では、こういった事は過去にも何度かあったらしい』
『そうなんですか?』
『ああ、なんでも、示威行為なんだそうだ』
『なんすか、それ?』
『だから、こちらを威嚇しつつ、自国の民に帝国軍の精強さをアピールするためとか』
『威嚇って、偶に緩衝地帯に魔法撃ち込んでいるだけっすよね? ただのファイアボールですよ』
『ああ、それでも魔法の無い帝国でなら十分な国民へのアピールになるんだよ』
『なんか、哀れっすね』
『そう言ってやるな。帝国も若い女の皇帝に変わって、色々と大変なんだろう。
周囲に舐められないためにも、ある程度の力を示しておくことは大切だ。
……それに、今回はただの威嚇で終わらない可能性もある。
わざわざベラドンナ様が王都から戻られて、砦の補強や軍の再編をされていったんだ。
ボストク侯爵様も警戒されているしな』
『まぁ、それは分かりますよ。
いくらご実家とはいえ、わざわざ王妃様自らが側近の上位貴族様を大勢連れてやって来て、俺たちの守る城壁の補強をするとは思いませんでしたからね』
『それだけ上は警戒しているってことだ。
お前もちょっとは気を引き締めろ』
『了解です』
帝国との国境に展開された城壁の上で、そんな兵士たちの話し声が聞こえてくる。
決して油断しているわけではなさそうだが、かと言って緊張した様子も見られない。
兵士たちも話していたように、僕たちが守る今のこの城壁は非常に堅固だ。
長年放置され、魔力が抜けかけていた箇所には、王妃様たちの手によって新たに金魔法がかけ直された。
城壁は高く厚く、その強固さは学院時代の闘技大会でユーグ領が作った城壁など比べ物にならない。
この城壁なら、あの時サラ様が見せた水素爆発の魔法にも耐えきれるだろう。
魔法後進国たる帝国貴族の魔法でどうこうできるとは思えない。
兵士たちの話ではないが、あんなファイアボールでは焦げ跡すらつかないのではないか。
矢が届く高さでもなく、人が乗り越えるなど到底不可能。
僕が帝国の兵だったとしても、この聳え立つ壁を前にしては、絶望しか抱かないだろう。
とはいえ、油断はできない。
自分ができないからといって、他人にもできないわけではない。
世の中には自分の知らない知識や技術、戦術は山のようにあり、僕の想像など軽く飛び越えてくる人がたくさんいるのだから。
僕は学院で、嫌というほど叩き込まれた…
学院を卒業した今の僕は、将来この国の国王となられるライアン殿下を支えるべく、ここボストクで軍の幹部候補生として学んでいる。
同じく立派な国王となるべく王都で学ばれているライアン殿下とは離れ離れになっているが、定期的な連絡は取り合っているし、学院時代の研究会メンバーとも情報交換はしている。
これもアメリア様が発明された通信のお陰か。
王国が設置した正規の通信施設とは別に、アメリア先生がセーバの街やアメリア先生の関係者用に設置した通信施設。
学院時代魔法魔道具研究会で直接アメリア先生の指導を受けたメンバーは、お互いの情報交換を目的にこの通信施設を使用することができる。
王家の回線を使ったライアン殿下との通信とは別に、セーバの街の回線を使ってユーグ領のアルフや王都のアニーとも連絡を取り合うことで、ただの士官候補生では知り得ない情報も僕のところには入ってくる。
ユーグ領の食糧不足に王都の物価上昇。
どちらも以前から話題に上がっていたことで、最近宰相様からの正式な要請があり、2人も情報収集に協力したらしい。
その時に発覚したのが、この件の裏で帝国が動いていたという事実。
戦火を交えない戦争のやり方もあるということは研究会の講義でも教えられていたが、まさかそれを後進国である帝国が仕掛けてくるとは思ってもいなかった。
まだこの情報は軍上層部の一部でしか共有されていないらしいし、そもそも説明されたところで外交や経済に疎い軍人が簡単に理解できるとも思えない。
僕にしたって、具体的な方法についてはアニーの解説を聞いてやっと理解できたほどだ。
恐らく、今上層部は今後の対応を協議しているところだろうけど、その危機感が城壁を守る兵士たちに伝わることはない。
いくら油断するなと上官に言われても、彼らの目に見えるのは頻繁に繰り返されるショボいファイアボールの演習だけだ。
無用な混乱を招きたくない上層部としても、詳しい説明を末端の兵士にするわけにもいかず、結果現場の空気は弛緩しがちになる。
(これも、帝国の作戦でなければいいが…)
………
『敵襲!! 帝国軍が侵入してきました!!』
『む? 落ち着け! 報告は正確にせよ!
それは、帝国が両国の緩衝地帯に軍を進め、城壁への侵攻を開始したということでよいか?』
軍幹部が、落ち着いた様子で部下からの報告を聞いていられたのは、ここまでで…
『いえ、違います!! 帝国軍は既に城壁内に侵入しており、今はこの砦に向けてボストクの街を進軍中であります!』
その報告が正しいことを証明するかのように、大きな爆発音が砦に響き渡る。
砦から見えるボストクの街はたちまち火の海に包まれ、混乱する人々の声が届いてくる。
『ぐッ、至急民を避難させろ!!』
『城壁の守りはどうなっている!?』
『すぐに兵を集めろ!!』
予想外の展開に指揮系統は混乱し、全く状況が掴めない。
そうしている間にも帝国軍の侵攻は続き、直接の被害が本丸たる砦にも出始める。
『なぜだ!? 何故帝国軍にこれほどの魔法攻撃ができる!?』
『なぜだ!? なぜ止まらぬ!? 魔法は、確かに当たっているのだぞ!!』
夜陰に紛れて行われた敵の進軍は素早く、そして強力だった。
大した魔法の遣い手もいないと思われていた帝国軍からは、上級貴族並の攻撃魔法が次々と放たれ、密集して良い的のように見えた敵軍には、こちらの攻撃魔法が一切通用しない。
砦は破壊され、精強を誇ったボストク軍は碌に抵抗もできないままボストクの街を捨て、軍を撤退させることしかできなかった。
幸い帝国軍がボストクの街の住民に手を出すことはなく、進軍のために街の一部を破壊した以外には、街の住民にさしたる被害はなかった。
街の住民の大半は我が軍によって無事ユーグ領のトッピークに避難させることができ、一時は混乱をきたしていたボストク軍も、王都に向かう街道上で、新たに王都防衛のための陣を敷くことができた。
その後の偵察部隊の報告で判明したことによると、鉄壁なはずの国境の城壁には金魔法で開けられたと思われる穴が空いており、帝国軍はそこから領内へ侵入してきたらしい。
このような事態を想定して、王妃様たちが念入りに城壁へと魔力を籠め直したはずだが…
避難民を守りつつトッピークの街まで逃げ延びた僕は、早速アルフと合流すると、今の現状について連邦にいるアメリア先生へと連絡をいれるのだった。




