戦略と勝算 〜女帝マリアーヌ視点〜
(女帝マリアーヌ視点)
問題は、アメリア公爵だが…
長い間停滞し続けた王国の技術や文化に大きな変化を齎したのが、アメリア公爵であることは間違いない。
だが、その娘も今は王国にはいない。
なんでも幼い頃から辺境の地に追いやられ、王都にいたのも貴族の学院に通っていた数年だけだという。
貴族の社交には殆ど顔を見せず、むしろ市井の者との付き合いの方が多かったらしい。
一応王家の血を引いているが、同時に平民の血も引いており、なにより己の持つ魔力の少なさから、選民意識の強い王国貴族たちからはかなり冷遇されていたと聞く。
その証拠に、貴族の学院を卒業して成人となった後は、早々に自国を出てずっと王国には戻っていないという話だ。
セーバの街自体も、自国内よりはむしろ連邦、倭国での評価の方が高く、客観的に見てアメリア公爵は王国を見限ったと考える方が納得がいく。
仕える貴族も無く、住民の大半は商人や職人といった平民であり、兵力は自警団のみ。
何よりセーバの街は王都モーシェブニよりも遥か北に位置しており、ボストクの国境から王都までの進軍ルートとは無関係。
ボストク領、ユーグ領を越えて大陸横断鉄道のある西のザパド領まで手を出せば、こちらに牙を剥く可能性もあるが、セーバの交易ルートに手を出さぬ限り、セーバの街の参戦はあるまい。
こちらの目的は、魔法王国の統治ではない。
王都の大神殿を押さえ、我が国と大神殿との安全な行き来が可能になれば、他の土地はどうでもいい。
大切なのは、我が国に魔法を復活させること。
それだけだ。
王国との話し合いで解決できればそれに越したことはないが、王国との関係はこじれ過ぎていて現状では難しい。
いつ戦争になるか分からない国に対して、自国の神殿への出入りを許可するとはとても思えない。
特に今の魔法王国の認識では、帝国は王国が譲歩する必要のない格下の国に過ぎない。
警戒は必要だが、本格的な戦争になればまず負けることはない。
この認識を変えない限り、話し合うにしても王家がこちらのテーブルに着くことはないだろう。
まずはボストク領を突破し、魔法王国王都へ攻め上る。
帝国と長年の敵対関係にあるボストク領と王都を押さえてしまえば、今の魔法王国なら特に問題は無いはずだ。
農業主体で武力はボストク領に依存するユーグ領。
最近まで王家と対立しており、内乱の平定後も連邦やセーバ領との関係の方がより深い商業主体のザパド領。
そして、王家や王国貴族とは一線を引き、魔法王国からは半ば独立した状態で独自の発展を遂げるセーバ領。
いずれも、自領に火の粉が飛んで来ない限り、積極的に動くとは思えない。
あの国は、元々各領地を治める侯爵の力が強い。
言ってみれば、連合王国に近い政治体制で、王家はそのまとめ役といった位置づけだ。
故に最優先されるのは自領の利益。
特に、国とは全く関係なく独自の発展を遂げたセーバ領と、大陸横断鉄道によって連邦やセーバ領と親密な関係にあるザパド領は、今の魔法王家が滅んだところで何ら影響を受けないだろう。
時間をかけずに速やかにボストク領、王都を制圧し、その上で改めてザパド領、セーバ領に有利となる条件を提案すれば、それほどの反発は起こらないと思われる。
今の魔法王家を完全に滅ぼしてしまうか、こちらの条件を飲ませるかたちで手打ちにするかは今後の展開次第だが、勝算は十分にある。
鋳造技術によって作り出した贋金を使って、ここ数年、連邦や魔法王国で大量の魔石と食糧を買い漁ってきた。
今の帝国には敵地での多少の長期戦でも十分に戦い続けられる食糧がある。
逆に、王国側はそろそろ自国の食糧不足、資金不足が表面化し出している頃か。
国内には十分な食糧がなく、連邦から買おうにもその金が無い。
もっとも、それでも従来であれば、一方的な攻撃魔法の飽和攻撃でこちらの兵を撃退できたのであろうが…
自分たちが絶対の信頼を置く攻撃魔法が全く効かないと知った時の、王国兵達の顔が見ものだな。
先の皇帝を倒した時が思い出される。
『な、なぜだ!? なぜ余の魔法が効かぬ!?』
『ま、魔法を切り裂く剣だと!? 魔法を打ち消す盾と鎧!? そのような宝具をどこから…』
『これは、まさか、魔法無効化の魔法? そのような高度な魔法を鎧に仕込んだというのか…』
自分たちの力の象徴である攻撃魔法が一切効かない兵士達を前に、大混乱に陥る帝国貴族と王族たち。
魔法云々以前に、戦いにすらならなかった。
魔法を盲信し、神聖視している帝国貴族と、ただの便利な技術としか見ていない私では、その発想に天と地の開きが出るのだ。
私が帝位の簒奪を計画するにあたり、戦力として目をつけたのがリアル鉱石だった。
帝国の東、キール山脈の麓では、昔からリアル鉱石と呼ばれる鉄に似た金属が産出された。
このリアル鉱石が混じっている場所では魔法がうまく働かず、貴重な鉱石の近くにリアル鉱石が確認されると、それを手作業で取り除かねばならないため、鉱夫たちには非常に忌み嫌われていたという。
もっとも、地下資源を採掘するための魔法が完全に失われた今の帝国では、連邦への輸出用の鉱石は全て手作業で採掘されている。
輸出用の鉱石にリアル鉱石が混ざると連邦から苦情が来るため、それを取り除く作業が必要なのは同じだが、鉱夫たちの間に昔ほどの忌避感はないらしい。
自称錬金術師である私は、この不可思議な性質を持つ鉱石に目をつけた。
世間一般的には呪われた石として忌避されるリアル鉱石だが、私には関係ない。
私にとって必要な事実は、リアル鉱石には魔力を打ち消す効果があるらしいという一点だけだ。
私は早速取り寄せたリアル鉱石を研究し、新たに開発した製錬鋳造技術でリアル鉱石の加工に成功した。
魔法を打ち消す武具の完成だ。
リアル鉱石製の武具を大量に生産した私は、それらを魔力を持たない平民の兵士に身に着けさせて帝都を襲わせた。
現皇帝への不満は平民たちの間でも限界に達しており、手段と方向性さえ与えてやれば、皆が積極的に私に協力してくれた。
市民を扇動して権力者を倒すといったやり方については、私が引き継いだ書物の中にその方法が詳しく書かれていた。
こうして私は皇帝となり、内政に力を入れると同時に王国との戦争の準備を整えていった。
魔法を通さぬリアル鉱石製の武具。
魔石を利用した魔法武器。
食糧や資金調達。
兵の鍛錬。
ダルーガ伯爵を利用しての王国への揺さぶり。
そして、経済破壊。
ダルーガ伯爵のセーバへの侵攻がうまくいっていればアメリア公爵という不安要素も排除できたのだが、こればかりは仕方がない。
王国侵攻準備の時間を稼いでくれたと思えば、あの男への多少の援助も無駄にはならなかったと言えよう。
アメリア公爵の大陸横断鉄道には正直驚いたが、あれがこちらの策をうまく隠してくれたのだから、結果としては良い方向に転がったとも言える。
今の魔法王国は、急激に近代化するセーバ領、ザパド領と、その変化に翻弄される旧態依然のやり方にしがみつくその他の領地で、意識面での断絶がある。
いずれはその差も埋まっていくだろうが、少なくとも今は違う。
あの国は今、水面下で新旧2つの異なる価値観を持つ国に分裂していると言えよう。
故に、狙うなら今だ。
私は宮殿の執務室を出ると、将兵の集まる参謀本部へとその靴音を響かせるのだった。




