経済戦争
…と、まぁ、そんな話をお父様としたのが、議長様から帝国の関与を告げられる数日前の話で。
魔法王国の現状は大いに問題有りだけど、“魔力高貨幣安”自体には然程の問題は感じなかった。
仮に今回の贋金の件が魔力の高騰に拍車をかけていたとしても、そもそもの原因はもっと別のところにあると分かっていたからね。
それはずばり、魔力運用の効率化。
これは私がずっと取り組んできたテーマで、魔力が少ないならその分運用効率を上げればいいというもの。
生まれ持った魔力は増やせないけど、やり方次第で同じ現象をより少ない魔力で引き起こすことはできる。
魔力操作、イメージ、科学知識との併用。
そういった様々な工夫の結果、セーバの街では従来の魔力量の5分の1、10分の1の魔力で、今までと全く変わらない結果が出せるようになっている。
それは魔道具も同じ。
前世の家電じゃないけど、同じ性能でも消費魔力量は従来の半分以下。
こういった魔法のノウハウや魔道具が連邦、倭国にも浸透していった結果、1,000MPで金貨1枚分程度の製品しか作れなかった魔力が、今ではその数倍の製品を作り出しているってわけ。
これが最近の魔力の高騰、相対的な貨幣価値の低下の原因だと思うんだよね。
つまり、今起きてる魔力の高騰、金貨の暴落は、純粋に魔力の価値が上がったもので、マネーゲームの結果なんかではない。
恐らく王家の財政には多大な負担をかけていると思うけど、今まで武力のみに重きをおいて、他国との関係や経済を軽んじてきた王国には良い薬だろう。
この件(多分私が原因)のしわ寄せがお父様のところに行ってしまうのは申し訳ないけど、これも勉強とがんばってもらうしかないね。
そんな風に考えていたんだけど…
今回の贋金の件で、裏で帝国が動いていたとなると、話は一気にきな臭くなってくる。
世界全体の経済で見ると、幸か不幸か帝国がばらまいた贋金は、結果として良い方に働いているとも言える。
あとは連邦議会が適切に今出回っている通貨を新通貨に切り替えられれば、大きな混乱もなく世界経済は回っていくと思う。
連邦としても下手に事を公にして贋金の存在や連邦の不手際を広めるより、知らぬ存ぜぬで新通貨への移行を済ませてしまった方が利口だと考えるだろう。
でも、帝国と今現在敵対関係にある王国としては、そうも楽観してはいられない。
今回の件が王家の財政にダメージを与えただけで済んでいるのか、もっと他の意図もあるのか…
議長様からの調査結果を聞いて改めてお父様に連絡を取った私は、思いつく限りの項目や可能性をお父様に告げて、大至急の調査を依頼した。
結果。
「経済戦争ですね」
「む? なんだね、それは?」
「経済戦争。要は実際に戦火を交えるのではなく、商取引や外交を通じて相手国にダメージを与える攻撃手段です」
初めはピンときていない様子のお父様だったけど、自分の手元の調査結果を思い出したのか、少しずつ現状の深刻さを理解し出した模様。
お父様、声、震えてますよ。
今までは、王国内で起きている問題の方に意識が向いていたみたいだけど、それが偶発的なものではなく、敵国によって意図的に引き起こされたものだとすると、だいぶ話が変わってくるからね。
まず調査結果の第一。
王国財政への影響。
今年度の魔石取引でかなり損をしたという自覚はあったみたいだけど、改めて現在の為替レートやら物価やらを踏まえて試算したところ、その損害額は今年の王家の税収が丸ごと吹っ飛ぶほどだったらしい。
そして、それほどの損失の補填に当てられていたのが、王家が保有する膨大な魔石のストック。
使われる予定もなく王宮の蔵に死蔵されていた大量の魔石は、平時においてはただの不良在庫で、普段魔石を管理している担当部署では、連邦がたくさん買ってくれたことを素直に喜んでいたらしい。
実際は、超売れ筋商品を二束三文で売り払って、減った手持ちの現金を補填したって感じみたい。
で、その減った魔石について。
確かに王家が溜め込んでいる魔石は、平時においては使う予定もない不良在庫だ。
でも、これが戦時下ともなれば話が違う。
この世界における魔力は、そのまま戦力と言っても過言ではない。
いや、勿論魔力の出力が弱い魔石の魔力では、攻撃魔法を撃つことはできないよ。
でも、いくら戦争中でも人は水も飲むし食べ物も食べる。
暗闇での行軍には灯りも必要だし、多くの魔道具も使われる。
そういった細々としたことは、全て魔石の魔力で賄うことができるんだよね。
そして、その分の浮いた魔力は、戦闘時の攻撃魔法に振り分けられることになる。
結局のところ、魔石は貴重な軍需物資であり、この国の戦力なのだ。
その魔石が、今回の件で大量に消費された。
恐らく、敵国である帝国の手で。
ただの赤字補填に使われたのと敵国の策で失ったのでは、その意味するところは全然違うからね。
お父様が焦る気持ちも分かる。
しかも、今回発覚した事実はまだある。
それは、食糧不足。
ユーグ領を中心に、連邦からやって来たという商人が大量の穀物を買い占めていったらしい。
相場よりもずっと高く買ってもらえるということで、それこそ自分たちが食べる以外の分は全て売り払った農民もかなりいるみたい。
手に入れたお金で連邦から輸入された珍しい食材や衣服を買ったりと、農民の暮らしはかつてないほどに豊かになっているらしい。
ただ、それもいつまで続くかは分からない。
今は大金を手にして浮かれている農民も、いずれは今の急激な物価上昇に気が付くだろう。
十分な額だと思っていた財布の中身が、実はこの冬を越すにも厳しい額だと慌てだすのも時間の問題だと思う。
ユーグ侯爵が今後予想される物価上昇や現状の危険性について領民に注意喚起を始めたみたいだけど、あまり芳しくはないみたい。
毎年馴染みの商人に一定量の農作物を渡し、その代わりに生活に必要な様々な品を受け取る。
そんな暮らしを長年続けてきた田舎の農民たちにとって、突然舞い込んだ金貨は冷静な判断力を失わせるに十分な効果があったのだろう。
「今、我が国と帝国との間で長期的な戦争が起きた場合、我が軍は深刻な食糧難に陥る可能性が高い」
「王国軍には帝国との戦争に備えての食糧備蓄はないのですか?
帝国との戦争が危ぶまれていたのですから、それに備えての食糧確保も当然行われていますよね?」
そう尋ねる私に、「これは言い訳だが…」と前置きして、事情を説明してくれる。
もう長い間散発的に続いている帝国との小競り合いだけど、こちらが帝国側に攻め込んだ事は一度も無いんだって。
いつも帝国がボストク領との国境に攻め込み、それをボストク領に駐留する王国軍が返り討ちにする。
そんな感じらしい。
国境の東から攻め込む帝国軍に対して、国境の西に位置するボストク領。
そして、その更に西。ボストク領の背後には王国の食糧庫ともいえるユーグ領が控えている。
つまり、過去の帝国との戦争において、国境を守る王国軍は全く食糧の心配をすることなく、いくらでも戦い続けられたということになる。
自分たちの背後でいくらでも食糧を生産できるのだから、帝国との戦争に際して食糧の確保という発想が抜け落ちていても不思議ではない。
足りない分はユーグ領から徴収、購入すれはいい。
王家としては、その考えだったのだろう。
でも、蓋を開けてみれば今のユーグ領には余分な食糧は一切無く、購入しようにもその財源すら乏しい。
魔力不足、資金不足、食糧不足。
これ、詰んでない?
国境の砦を整備したり兵を増強したりと戦準備に奔走する王妃様も、こういう手段での戦争は考えもしなかったみたい。
今までは内政をお父様が、軍事は王妃様が、貴族の取りまとめや外向けの仕事は国王陛下がと、各々が分担して動いていたみたいだけど、今回の件で大いに反省したらしい。
お互いが持つ情報を改めて擦り合わせつつ、今後の対応を決めていくとのこと。
議長様に頼まれた贋金の件もあるけど、王国の問題も放ってはおけないね。
流石に、政治には関わり合いたくありませんなんて言ってもいられないみたい…
そんなお父様との通信の数日後、ボストクの砦が落とされたという知らせが私の耳に届くのであった。




