暗雲 〜ディビッド公爵視点〜
時は暫し遡る。
モーシェブニ魔法王国の王宮にて、年に一度行われる連邦御用商人への魔石の売却。
その職を担う王宮で魔石を管理する部署の役人たちは…
『本年度分の連邦への魔石売却もこれで最後か』
『ええ、これでまた暫くはのんびりできますね』
『まったくだ。ここ数年は例年の倍以上の大量の魔石を商人共が欲しがるせいで、この時期は大忙しだからな』
『本当ですよ。でも、お陰でダブついていた魔石もだいぶ減りましたし、財務の文官の覚えも少しは良くなるんじゃないですかね』
『確かにな。特にここ数年は王宮の支出も増えているようだし、財務の連中は助かるだろう。
……だが、今後もこのペースが続くようだと、いずれは売る魔石が足りなくなる事態もあり得る。
一度上に相談した方がいいかもしれんな』
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各領地から王家に納められた税を管理する部署では…
『今年はまた金貨での納税が多いなぁ…』
『ここ数年は鉄道ができて、連邦から多くの商人がやって来てますからね。
武器や道具、魔道具は勿論、農作物等もかなりの高額で買っていくようですよ』
『ん? 農作物もか?
確かにここ最近はセーバの街の影響か、王都や他領の職人のレベルも上がっていると聞くが…
農作物は関係あるまい?』
『まぁ、そうなんですが… どうも連邦では食糧の値が高いらしくて、ついでだからと道具類と一緒に食糧も買い付けていく商人が多いそうです』
『ふむ、連邦で飢饉が起きたといった話は聞かんがなぁ』
『まぁ、いいじゃないですか。最近は連邦との取引が増えたせいで、王宮も金貨はいくらあっても困ることはないようですし…
今どきは、地方の農民達ですら休日には金貨を握りしめて、街に買い物に出たりするようですよ。
実際、慣れてしまえば目に見えない魔力や物々交換よりも、貨幣の方が楽なのは確かですしね。
学のない農民が数字を誤魔化されて泣きを見ることはあるでしょうが、それは自業自得というものでしょう』
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一方、ある農村では…
『……小麦を売るのは構わないだが、魔石はなぁ…
直に徴税官様が来るだに、魔力を溜めた魔石がなきゃどっちにしても金さ取られるだけだ。
お前さんに売る意味がねえ』
『いやいや、そんなことはありませんよ。
見たところ、その納税用の魔石、3,000MPほどでしょう?
つまり、この国の仕組みですと、貨幣での支払いなら金貨3枚ほどになるはずです。
私どもはそれを金貨4枚、いや、5枚お支払いいたしますよ。
そのうちの金貨3枚を決まり通りに徴税官に払っても、あなた様の手元には金貨2枚が残るわけです』
『!? 金貨2枚!!
……だが、それだとお前さんが大損だべ? そんなうまい話、あるわけがねえ』
『まぁ、そうなのですが…
ここだけの話でお願いしますね。
王国のお役人様にばれると、今後の税は魔石のみでなんて話になってしまいますから…
実を言うと、連邦では今魔力はとても貴重でして、この魔石は倍の金貨6枚でも十分に買い手はつくのですよ。
勿論、正規のルートで王宮から売ってもらえば金貨3枚で買えるわけですが、なにぶんそれだけでは数が揃いません。
特に我々のような末端の行商人は、そもそも大商人と違って直接王宮と取引などできませんから』
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その頃、とある貴族家を訪れた連邦商人の前で、商品の購入を真剣に悩む貴族家当主がいた。
『むむむ…(これほどの品、ぜひ欲しい! だが、流石に金貨1500枚は…)』
『こちらの茶入は倭国でも非常に貴重なもので、私どもも偶然手に入れることができた品でございます。
これほどの品ですから、お売りするのなら是非ともそれに相応しい方へと思い、こちらにお持ちした次第です』
『……だが、いくら我が家が伯爵家とはいえ、これほどの金額はのう』
『では、如何でしょう? お代は金貨ではなく、魔力でお支払いいただくというのは?』
『ん?』
『潤沢な魔力を持つ魔法王国の皆様と違い、我が連邦は絶えず魔力不足に喘いでおります。
そんなわけでして、もし魔石でお支払いいただけるのでしたら、こちらとしましても大変助かるのですが』
『(ふむ、手持ちの金貨は心もとないが、魔力ならば来月予定の土地開発を後回しにすれば何とかなるか…)
分かった。
昨今は我が国が開発した優秀な魔道具の普及で、平民の魔力消費も増えていると聞いておるしな。
魔力量の多い我が国の民ならともかく、連邦はさぞ苦しかろう。
代金は、魔石で支払わせてもらうとしよう』
『ありがとうございます』
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(宰相、ディビッド公爵視点)
……おかしい。
改めて見ても、ここ数年の支出は多過ぎる。
確かにここ数年は、アメリアが開発した様々な物を積極的に導入することで、王宮の支出は嵩んでいた。
ベッドやソファ等の家具、冷蔵庫や各種調理器具、風呂に馬車…
その他にも、アメリア式訓練方法を導入するにあたり、軍の訓練場の改装も行ったし、学院の設備にもテコ入れをした。
娘のやることを父として応援したいという気持ちも確かにあったが、決して私情だけで導入を許可した訳ではない。
導入を許可した物はどれも画期的な物で、それを積極的に取り入れることは国益にも適うことだったと言える。
決して娘が生み出したものを自慢したかったからではない。
だが、その結果が王家の財政を圧迫したのであれば、これは由々しき問題だ。
私としても、その責任は負う覚悟だ。
しかし、そうではなかった。
新しく購入した物は全て当初の予算内に収まっており、改めて確認しても、それが原因でこのような事態になった訳ではないことは明白だった。
問題はそこではなく、それ以外のもっとありふれた支出の方だったのだ。
食材や消耗品、下働きの者の賃金や役人の出張費…
今まで当たり前に支払われていた部分の費用が、軒並み高額になっている。
最近は平民の生活水準も、以前と比べてだいぶ上がってきていると聞く。
そのせいか、貴族はその体面を保つためにも、従来の物と比べてより高級な物を使いたがる傾向にある。
それもあって、各部署が必要以上に高価な物を購入しているのではないか?
そう考えた私は、各部署に経費の引き締めと見直しを通達したのだが…
結果分かったのが、この国全体で起こっている急激な物価の上昇。
買っている物は同じでも、値段が倍になれば当然費用も倍になる。
このような事態は想定外だ。
確かに食料に関しては、その年の出来不出来によって価格が大幅に変動することはよくある。
だが、それ以外の物の価格まで急激に上がる理由が分からない。
いや、そもそも食料にしても、このように値上がりする理由がないのだ。
別に飢饉がおきている訳でもないし、特に最近は豊穣魔法の研究のお陰で、農作物の収穫量は増えているはずだ。
値上がりする理由がない。
幸いなことに、連邦との交易が盛んになったせいか、ここ数年は税を金貨で納める貴族が増えている。
王都にも活気があるし、ザパド領の復興も順調だ。
税収も上がり調子だし、今すぐどうのということはないだろう。
そうは思うのだが…
『これ、アメリアちゃんに相談した方がよくない?』
妻の勘はよく当たるのだ。
私と同じで、妻も娘を国の政治云々に巻き込むことを嫌っている。
そもそも貴族としての娘の地位は、セーバの街の領主だ。
その責は言うまでもなく十二分に果たされている。
おまけに、学院のテコ入れを行い、軍部の戦力増強、文官の質の向上にまで尽力したのだ。
その上、非公式ながらザパド領内の内乱鎮圧、外敵の排除まで行っている。
もう娘は、この国の貴族として一生分以上の貢献を王家に対してしているはずだ。
正直なところ、娘が残りの人生をどれだけ好き勝手に生きたとて、私は誰にも文句を言わせるつもりはない。
元々貴族の生き方に否定的な妻は尚更だ。
だが、今回、その妻が旅行中の娘に相談するべきだと言う。
きっとそれは、私には見えない何かを感じ取っているからだろう。
大変不本意ではあるが、私は旅先の娘にこちらへ連絡を入れるよう、王都のアメリア商会に言伝を頼むことにした。




