初歩の経済学
貨幣の偽造防止というのは、前世では延々と繰り返され、恐らく今も繰り返されている作る側と偽造する側のいたちごっこで、これで大丈夫ということにはまずならない。
恐らく、一度“貨幣を偽造する”という考えがこの世界に出てきてしまった以上、今回の問題を解決しても、いずれそれを上回る新たな偽金が出回る可能性は否定できない。
と、その点は議長様に飲み込んで(諦めて)もらった上で、一応幾つかの対策を提案してみた。
まず、早急にやるべきはデザインを変更した新通貨への差し替え。
これだけで、とりあえず今現在出回っている偽金貨は回収できるはずだ。
その上で、商業連邦及びに商業ギルドには通貨偽造防止のための法整備と注意喚起を進めてもらう。
例えば、今出回っている分については仕方がないけど、今後は発見された偽通貨は全て没収し、それを知らなかったとしても一切正規通貨への交換はしないとかね。
つまり、商取引の際にはその通貨が本物かどうか、個々の商人がしっかりと注意しましょうってこと。
金貨を伴う多額の取引の際には、鑑定魔法なり金魔法を使って確かに隠蔽魔法の掛かった正規通貨か確認してみるとか…
一番確実なのは、金貨を扱う多額の商取引の際には、商業ギルドの銀行部門を挟むようにするとかかな。
これなら、お金は商業ギルドの口座から口座に動くだけで、お互いに偽金を掴まされる心配は一切無い。
現金なもので、この案を聞いた議長様は目の色を変え、ピンチをチャンスに変えるべく色々と画策していましたね。
かくいう私も、IDカードやキャッシュカード用にと開発していた個々の魔力パターンを識別する魔道具を、この機会に商業ギルドに売り込んでみた。
貨幣に掛かっている隠蔽魔法の魔力パターンから、それが確かに正規の職人によって掛けられたものかどうかを確認することで、隠蔽魔法付きの偽造通貨を発見する仕組みだ。
魔力パターンを識別する魔道具は、絶対に将来的には大きな市場になると思うんだけど、こういった物に慣れていないこの世界の人たちにはなかなか有用性が伝わらなくて…
実は開発にもそれなりにお金がかかっていたから、どう売り込もうかと悩んではいたんだよね。
今回の非常事態に際して、議長様には言い値で大量購入していただきました!
さて、これで現状出回っている贋金に対する対策は一段落として、次に考えるべきはその影響なんだけど。
「ちなみに、現状どのくらいの偽金が出回っているのですか?」
「む? 商業ギルドで発見された偽金貨の枚数なら分かるが、世間に出回っている枚数など分からんよ」
「まぁ、そうでしょうけど… 概算なら分かりますよね?」
「…??」
不思議そうな顔をする議長様と、それを不思議そうに眺める私達。
そして、しばらくして思い至る。
この世界の、セーバの街以外の算数レベルが小学生並だということに。
“標本調査”とか“散らばり”とか、そんな発想はこの世界には無いのだ。
私達は商業ギルドの銀行部門に入ってきた金貨の枚数、そこで発見された偽金貨の枚数、そして連邦が発行した金貨の枚数から、予想される偽金貨の枚数を算出していく。
数字の扱い方を知らないだけで、記録自体はしっかりと残されていたので、私達は数日をかけてできるだけのデータの洗い出しをした。
偽金の発見された地域ごとの違いや年ごとの通貨の発行枚数は勿論、関係のありそうな主要品目の物価の変動なんかについても調査した。
議長様の話を聞いていて分かったけど、どうもこの世界における数学、経済学は極端に未発達だ。
魔法王国だけかとも思っていたけど、商人の国たる連邦の議長様でこの程度なのだから、発行通貨の枚数と物価の関係なんて知る由もない。
そもそもこの世界は単一通貨だから、為替レートなんてものも存在しないし、通貨の価値なんて発想も無い。
偽金を掴まされれば損をする、偽の通貨が出回れば商業連邦の信用にかかわるって、その程度の認識なんだよね。
それでも大事だから慌てているんだけど、勿論問題はそこだけに収まらない。
通貨の偽造は、経済破壊にも繋がる一大事なのだ。
私達はまとめた資料を元に、議長様と議長様のブレーンの皆様に今の状況を説明していく。
「では、ここ最近妙に商品の価格が高いのは、全て贋金の影響ということか?」
「いえ、そうとも言い切れません。
議長様が考えていた通り、鉄道や通信、海運等の発展で、かつて無い程に物の動きが活発になっているというのも原因の一つだとは思います。
いえ、だからこそ気付けなかったとも言えますけど…
本当ならもっと通貨不足になっていたはずなんですよ。
もっと売り買いしたいのにそのための通貨が足りないって状況ですね。
そうなると、お金自体が貴重になりますから、物価は安く抑えられます。
商取引ができなくなるわけですから、商人の不満も高まるでしょう。
商業ギルド、連邦議会はその声を聞いて、今まで以上に発行する通貨を増やしたと思います」
「まぁ、そうじゃな」
「でも、そうはなっていません。
本来であれば連邦が発行するはずだった通貨を第三者が発行したことで、結果として商人からの不満は抑えられたわけです。
ただ、それを踏まえても一部の商品は値が高くなり過ぎていますから、今後の通貨の発行は慎重に行う方が良いかもしれません」
そんな会議なんだか講義なんだか分からない話し合いが一段落ついたところで、今度は議長様側のターン。
「では、こちらからも分かったことを報告しよう。
今回の調査で魔石と食糧の価格上昇が著しいという報告はアメリア公爵からもあったが、その主な買い手が判明した。
同時に、今回の贋金の出どころもな。
……………。
どちらも、ソルン帝国じゃ」
先日、久々に通信でしたお父様との会話を思い出し、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。




