鑑定魔法、隠蔽魔法
「急な呼び出しで済まぬ」
そう言って頭を下げるのはビャバール商業連邦最高議会議長様。
通信では説明できない。黙ってこれから指定する場所に来てほしい。そう言われてやって来たわけだけど…
ここは連邦にある中堅都市ゴート。
特に大きくも小さくもないキール山脈にほど近い田舎街。
近くには様々な鉱物の採れる採掘場があり、昔はそこから採掘される鉱山資源でそれなりに賑わっていたらしい。
でも、今は採掘量も減り、鉄道や主要な街道からも外れているため、かつての賑わいは全く見られない。
一応はこの辺りでは唯一の都市ということで、それなりに人の行き来もあるみたいだけど、北には絶対に越えられない壁としてキール山脈が聳え立ち、周囲には特に目ぼしい産業もなく、要は完全に北の行き止まりの街というわけで…
何故こんな街にわざわざ呼び出されたのかが分からなかった。
あの日、キョウの都で商業ギルドに呼び出された私は、通信を通して黙ってこの街まで来て欲しいと、連邦最高議長様にお願いされたのだ。
因みにこの街、もう長いこと領主不在が続いていて、扱いとしては連邦最高議長の直轄地ということになっているらしい。
一応は議長様の公館(別荘)もあって、たま〜に申し訳程度に避暑も兼ねて議長様が視察に来ることもあるのだとか。
でも、本当にそれだけの街で、連邦内に幾つかある領主不在の連邦議会直轄地の一つで。
それが、このゴートの街なんだって。
表向き、一般的にはね…
でも、実はこの街、連邦の中でも非常に重要な役割を担っていたりする。
それはずばり、造幣局のある街。
つまり、連邦、いや、この世界に流通するお金は全て、この街で製造されているってこと。
今回の議長様の相談というのも、どうもそれと関係しているらしいんだよね。
「ご無沙汰しております、議長様。
それで、どうして突然このような街に?」
「実は…」
完全に人払いのされた公館の執務室で議長様が話してくれた相談内容は、私にとっては深刻ではあるものの然程珍しい話でもなくて…
でも、この世界的には全く想定外の驚愕すべき内容で…
端的に言うなら、それは“贋金”。
「アメリア公爵は確か鑑定魔法も使えたな。
まずはこれを鑑定してみてくれんか?」
そう言われてテーブルに並べられたのは1枚の金貨。
私はそれに、言われた通りに鑑定魔法をかける。
うん、何も分からないね。
形状も重さも材質も、表面に刻まれた絵柄が何なのかすら分からない。
いや、絵柄自体は知っているんだよ。
光の神を象徴する太陽と、闇の神を象徴する月を簡略化した絵柄で、そんなに複雑なものではない。
でもなぜか、鑑定魔法をかけてもその絵柄や情報は全く頭に浮かんでこない。
そして、これは金魔法を使う際にも同様で…
確かに知っているはずの金貨の図柄をいくら想像しても、金魔法を使おうとした瞬間そのイメージは霧散してしまう。
それどころか、実際に目の前の金貨を見ながらでも、金魔法を唱え始めたと同時、目の前の金貨の像が霞んでしまうんだよ。
そう、これは“隠蔽魔法”。
この魔法をかけられた物は鑑定不能、複製不能になってしまうという優れもの。
呪文は長いし石板のある神殿の数も少ないから、使える人はそれほど多くはいないみたい。
でも、特許の管理や機密扱いの商品を扱う機会の多い商業ギルドには必須の魔法で、その遣い手はしっかりと把握しているみたい。
とにかく、需要に対して遣い手の数が非常に少ない魔法だ。
ちなみに、私は勿論使えるけどね。
セーバの街にはあまり世に出せない一品物の魔道具とかもあるから、結構お役に立っている魔法だ。
なぜ魔法王国内の神殿では確認されていないはずの隠蔽魔法が、セーバの街では使われているのか?
この点に関しては、セーバの街の七不思議としてあまりツッコまれはしないけど、議長様も不思議に思ってはいるみたい。
ただ私だし、セーバの街だしで、黙認されているのが現状だったりする。
で、この特に商業関連での需要の多い隠蔽魔法だけど、それが一番身近で使われているのがこの金貨。
いや、通貨だね。
この世界の貨幣は単一通貨で、それらは全てビャバール商業連邦が発行管理している。
魔法と魔石を管理するモーシェブニ魔法王国、通貨を管理するビャバール商業連邦、技術大国倭国、それに広大な土地と莫大な地下資源を持つソルン帝国。
この4カ国で、この大陸世界は成り立っている。
まぁ、ソルン帝国については現状怪しいけど、少なくとも残り3国については、お互いに持ちつ持たれつというか、権力を互いに分散するかたちでうまく成り立っているわけ。
で、この世界の通貨の全てを管理しているのが商業連邦であり、目の前の議長様なわけだけど…
「鑑定、できますね…?」
最初の1枚目に続いて出された2枚目の金貨。
言われた通り、1枚目と同じように鑑定魔法を使ってみたところ、あっさりと鑑定できた。
イメージもしっかりと浮かんでくるし、これならきっと金魔法で複製も可能だろう。
本物の金貨の金の含有率とかは知らないけど、結構混ざりものも多い気がする。
「贋金ですね…」
「「「………???」」」
私の発言に、今まで黙って話を聞いていたレジーナ、レオ君、サラ様が訳が分からないといった顔をしている。
「は〜〜〜ぁ、あっさりとその思考に行き着くとはのう…」
若干呆れたような目を向ける議長様。
なぜ?
「普通は贋金などという発想には誰も行き着かん!
本当に、一体どういう思考をしておるのじゃ…」
この贋金が最初に発見されたのは、本当に偶然だったらしい。
偶々鑑定魔法の利用に関する講習会を商業ギルドで開いていて、その際に隠蔽魔法とはどういうものかという説明のために、敢えて鑑定不能のはずの金貨に鑑定魔法を使ったところで発覚したんだって。
この商業ギルド及びビャバール商業連邦始まって以来の不祥事に、商業ギルド本部は蜂の巣を突いたような大騒ぎになったそうだ。
そう、不祥事…
問題が発覚した当初、誰もこの金貨が“贋金”であるとは考えなかったらしい。
考えられたのは、隠蔽魔法の掛け忘れ。
金貨の製造過程で、隠蔽魔法を掛けていない金貨がそのまま出荷されてしまい、それが回り回って偶々発見された。
そう考えられたらしい。
しかし、念の為にと商業ギルドの銀行部門でストックされている金貨全てに鑑定魔法を掛けていったところ、想像を遥かに超える枚数の隠蔽魔法の掛かっていない金貨が発見された。
そして、その金貨を詳細に調べたところ、そもそも現在発行されている金貨とは金の含有量も大きく異なり、その造形も微妙に異なることが判明。
事ここに至って、連邦議会はこれらの回収した金貨を“贋金”と断定したそうだ。
「いや、普通に気付くでしょう?」
「いや」
「私にはその発想はありませんでした…」
「私も製造工程の不備かと…」
レオ君、サラ様、レジーナにも“贋金”って発想はなかったっぽい。
「隠蔽魔法のかかった物は複製できない。これは常識だ。
実際、わしが知る限り、今までに贋金が出回ったことなど一度も無い。
隠蔽魔法の掛かったものに金魔法は使えず、故にそれを複製することは絶対に不可能。
おまけに連邦が発行する通貨は鑑定できないということは子供でも知っており、故にそのような魔力の無駄遣いをして鑑定魔法を試す酔狂などどこにもおらん。
今回は鑑定魔法が掛からないという事を証明するために、敢えてやってみたに過ぎん。
それで偶々発見できたのは幸運とも言えるが、実際にそれがきっかけで発見された金貨の枚数を考えると、とても幸運などとは言っておれん状況じゃが…
とにかく、そのような中で真っ先に贋金の可能性が出てくるアメリア公爵は明らかにおかしい」
まぁ、その辺は前世の知識持ちの私だからとしか言えないけど… 言わないけど…
これは、議長様が慌てるのも無理ないか。
本当に、非常事態だったみたいだね…




