時代の流れ 〜倭国帝視点〜
久々、ちょっと長めです。
(倭国帝視点)
師叔殿はもう無事に神殿に着いただろうか…?
夕闇に包まれる宮中の庭を眺めつつ、娘ほどの歳の若い叔母上殿のことを考える。
倭国皇家の、否、今の倭国の師父であるイィ様の妹弟子である師叔殿は、我が国の民にとって、間違いなく叔母上と言える。
幸か不幸かあの研究馬鹿の娘とは気が合うようで、他国の生まれにも関わらず、我が国とも良い関係を結んでくれている。
造船、鉄道、通信、そして殺生石の採掘技術に鋳造技術。
今後殺生石の採掘量は爆発的に増えるだろうし、今回師叔殿がもたらした“鋳造”という技術を使えば、従来の御神刀ほどの完成度はなくとも、鵺討伐には十分な殺生石製武器の大量生産が可能となるだろう。
いや、正直なところ、魔法を打ち消すことのできる大量の武器など、この世界の戦の仕方そのものを変えてしまうものにもなりかねない。
報告では、今回の昇山に際し、師叔殿は魔法の効かない防具や、殺生石の弾を撃ち出す飛び道具まで開発したという。
殺生石の採掘量増加に加えて、これらの新しい技術を得ることで、我が国の軍事力は間違いなく底上げされるだろう。
だが、それを単純に喜んでばかりもいられない。
殺生石の武器が増えれば、当然その管理も行き届かなくなる。
それらが悪意ある者の手に渡れば、今まで通りの対応では御することができないだろう。
実際、連邦や王国との関係は良好で、問題の帝国も今のところ直接我が国に対してどうこうという様子は見られない。
国内も平和で、内乱の恐れなども特に見られない今、このような過剰な戦力など面倒事の種にしかならぬ。
国内に現れる鵺を始めとした凶悪な魔物対策として、一定数の御神刀や殺生石武器の確保は必要だが、それを広く世に出すのは得策ではない。
その辺は今一度あの馬鹿娘にも言い聞かせねばならんか。
タケミにも、殺生石武器の管理を徹底するよう再度忠告して…
そんな事を考えていれば、噂をすれば影。
息子と娘が揃って顔を出す。
別におかしなことではない。
ここは宮中でも皇族が生活する私的な空間。
2人がここにいても何の不思議もない。
だが、この時間にわざわざ2人揃ってというのは少々珍しい。
もしや、何か!?
「もしや、師叔殿に何かあったのか?」
その考えに至り慌てて尋ねるも、その考えは杞憂だったらしい。
「いえ、父上。そのような報告は何も。
アメリア様たちの訓練には私も付き合いましたから分かりますが、あれは相当なものですよ。
うちの隊員たちも舌を巻いてました。
今は御神刀もありますし、正直鵺ごときに後れを取るとは思えません」
「アメリアちゃんもそうだけど、あとの3人もサマンサさんにかなり鍛えられているからね。
実際、今のあの4人を相手にするのは、ヤタカでも厳しいみたいよ」
サマンサというと、確か出奔したというメイの一族の者か?
本来なら、メイの一族の当代の長はその者が務めていたはずだとか。
タケミの剣術指南役でもある現メイ一族頭首の姉が師か…
「それに、アメリアちゃんはメイの術理以外にも色々とヒノモトで学んでいるからね。
それもあって、あの4人が使う技はイィ様が伝えた御技だけでは理解できないっていうか…
私もいくつか教えてもらった程度だけど、なかなかえげつないわよ」
「あぁ、確かに。“でんきぶんかい”と“すいそばくはつ”の実験?訓練?に付き合わされた時には、本当に死ぬかと思ったよ。
まさか、タキリ以外にあんな目に遭わされるとは思わなかった」
「ひどい!」
「……でも、こちらも得るものがあった。
まさか、火球も水弾もまったく効かない鵺に、霧状にした水が有効だったとはね。
あのような爆発は作れないにしても、霧状の厚い水の壁を魔法で作れば、御神刀がなくとも鵺の進路を妨害することは十分に可能だからね」
2人の話からも、我が国の若き皇族2人が師叔殿と良好な関係を築けていることは伝わってくる。
ついでに言うと、魔法王国の王女殿下ともか。
何やら不穏当な感じがしないこともないが…
ともあれ、隣国たる商業連邦のみならず、今までは疎遠であった魔法王国との縁もできた。
大変不本意ではあるが、娘と師叔殿との交流で、些か停滞していた倭国の魔法技術も大きな躍進を遂げるだろう。
後は師叔殿とサラ嬢が無事に戻ることを祈るばかり…
と、そこに、若干戸惑った様子で伝令の者がある知らせを持ってくる。
「どうした?」
「はっ、その、先程アメリア様がお戻りになられました」
ぬ?
出発したその日のうちにだと?
「もしや、怪我でもされたのか?」
慌てる余に対して、知らせに来た文官は自分でもよく分からないといった様子で報告を続ける。
「いえ、アメリア様は勿論、サラ王女殿下も護衛の方々も怪我一つなくご無事です」
「なら、途中で諦めて引き返してきたのか?」
先程まで4人の強さを聞かされていた余が訝しむと…
「いえ、その、それが私にもよく分からないのですが、もう雷撃魔法は覚えたから帰ってきたと…」
はあ?
訳が分からぬ!
どうしたらたった一日で新たな魔法を修得できる?
そもそも、いくら早朝に発ったとはいえ、一日でアズマ山の山頂まで行って帰ってくるだけでもかなりの無理があるはず。
ただの山登りではないのだぞ。
あそこはAランクの魔物である鵺が集団で襲いかかってくる魔境なのだ。
その恐ろしさは、かつてその試練を実際に乗り越えてきた余が一番よく知っている。
御神刀さえあれば何とかなるといった甘い山では決してないのだ。
おまけに、既に呪文を覚えてきただと?
どこの世界にたった一日で新たな魔法を修得できる者がいるのか?
何度も神殿に通い、神の声を聞き、祈り、魂にその神聖なる声を刻みつけ、やっと修得できるのが魔法というものだ。
いくらイィ様と同じ流れを引く師叔殿とて、一回二回石板の声を聞いた程度で新たな魔法の修得などできるはずが…
驚愕する余と、何やら考え込む息子。
そして、全く驚いた様子のない馬鹿娘?
「タキリ。お前、何故そのように当然といった顔をしておる?
この事態を、何もおかしいとは思わんのか?」
「え〜と、これは確証があるわけではないし、アメリアちゃんも一応隠してる、、のかなぁ?
まぁ、触れて欲しくないっぽかったから、報告しなかったんですけど…
多分、アメリアちゃんは石板無しでも、呪文の綴りさえ分かれば魔法を使えると思います。
それどころか、既存の魔法をいじって新しい魔法を作り出すことも、石板無しで他人に魔法を教えることも」
「……………はああああ!?」
思わず帝らしからぬ声を上げてしまったとしても、余は断じて悪くない!
いや、驚くだろう、ふつう。
もしこの馬鹿娘が言ったことが本当なら、師叔殿はこの世界のありとあらゆる魔法を全て使えるということ。
しかもそれを、住む場所に関係なく誰にでも自由に教えることができる。
それは、大賢者が世に魔法大全を広めた時以上の、いや、それすら比較にならないほどの大変革をこの世界にもたらすことになる。
余所にはない固有の魔法を持つことによる地域的利は失われ、魔法は何が使えるかから、どう使うかに完全に価値観が変化するだろう。
それは長期的な目で見れば決して悪いことではないと思われるが、短期的な混乱は避けられない。
少なくとも、特定の魔法の有る無しによる既得権益は完全に失われるだろう。
幸いなことに、馬鹿娘の話を聞く限り、師叔殿もそのような急激な社会変化は望んでおられない様子。
このような重大事をこちらに報告しなかった娘に思うところはあるが、師叔殿に広めるつもりがないというのなら、こちらも知らぬ存ぜぬの対応を取るのが正解であろう。
それにしても、先程の報告が真なら、師叔殿はわずか一日、いや、ほんの一時ほどの時間で、倭国皇家の切り札であり象徴でもある雷撃魔法を会得してしまったことになる。
魔法の修得の許可自体は初めから出していたのだから、早いか遅いかの違いだけで結果だけみれば何も変わりはない訳だが…
うん?
ちょっと待て!
違うぞ!
余が今回の昇山で師叔殿に出した条件は、“師叔殿以外の者の奥の間への入室は認めない”というもの。
あくまでも雷撃魔法は倭国皇家固有のもので、それを他国の、しかもサラ嬢のような王族に覚えさせるわけにはいかない。
今回認めたのは、倭国皇家の叔母上にあたるアメリア殿だからこそ。
故に、一応身分的には他国の貴族にあたる師叔殿が雷撃魔法を修得したいという希望に対して、こちらはそれ以外の者の修得を禁じさせてもらった。
いや、そのつもりだった!
まさか、師叔殿からとった「では、奥の間へ入るのは私だけにいたします」という言質が、全く意味のないものだとは思わないだろう!?
「あぁ、それはアメリアちゃんにしてやられましたね。
もっとはっきりと、アメリアちゃん以外が雷撃魔法を覚えるのはダメって言っとけばよかったのに。
変に格好つけて、奥の間への入室はなんて勿体つけた言い方するから」
「むむむむむ〜」
あまりの事態に言葉が出ない私と違い、息子の方は何やら納得顔ですっきりした様子。
「やっぱりそうか…
いや、ずっと引っかかってたからね。
アメリア様が記憶の曖昧な呪文を手元の本を見ながら唱えているところとか見かけてたしね。
一度忘れてしまった神々の声を、文字を見たくらいで思い出せるものかと不思議に思っていたんだよ。
あれは、“思い出せる”ではなく、“読める”んだね。
まさかとは思っていたけど、イィ様の妹弟子は伊達ではないね」
なにやら兄妹2人で納得しあっている中、余一人が混乱の最中に取り残される。
娘は勿論、ここ最近はずっと師叔殿の実験や訓練に付き合っていた息子も、師叔殿と接する時間はそれなりにあったのだろう。
師叔殿ならさもありなんと、このような非常識をあっさりと受け入れてしまっている。
非常識に付き合わされるのは、馬鹿娘で慣れていると自負しておったが…
今更雷撃魔法を他者に伝授するのは控えて欲しいと言っても、、無駄であろうな。
いずれにしろ、今後鵺の脅威度が下がれば、アズマ山の神殿の存在も広く知れ渡ることになろう。
殺生石もそうだが、雷撃魔法についてもその扱いを考えていく時期にきているということか…
天を象徴する雷と、その雷すらも切り裂く御神刀。
それによって支えられた皇家の権威。
そんな時代も余の代で終わりだろうと、師叔殿について楽しそうに語る子供たちを横目に溜息をつくのだった。




