変異種
怒りをあらわにしつつも、慎重にこちらとの距離を詰めてくる変異種。
その全身からは蒼白い雷光が迸り、バチバチと空気を引き裂く音が周囲に響き渡る。
でも、雷化はしていない。
恐らく、先程見せた電気分解を警戒している。
試しに私達と変異種との間に霧状の壁を作ると、予想通り変異種はその壁を避け、同時に放った雷撃で霧そのものを消滅させた。
やっぱり同じ手は通用しないか…
少しずつ私達に近づいてくる変異種。
まだまだ剣の間合いからは遠いが、魔法攻撃なら十分可能。
もっとも、この距離からの中途半端な魔法攻撃など簡単に避けられそうだし、下手に広範囲高威力の魔法を使えば、相手の姿を見失って逆に手痛い反撃を受ける可能性もある。
ここは横着せず、セオリー通り御神刀で切り伏せるべきか…
変異種との距離は数十メートル。
私達にとっては勿論、10メートル近い身体の変異種にとってもまだまだ有効な間合いではない…
そんな風に考えた刹那。
私達の周囲に微かな静電気を感じる!
その瞬間、突如私達の目の前に現れた雷化した変異種が、私とレオ君を同時に薙ぎ払う。
咄嗟に御神刀で受け止めたものの、その衝撃は殺しきれず、私とレオ君はその場から数メートルを飛ばされ地面に叩きつけられる。
魔力による身体強化のおかげで、致命傷には至っていない。
衝撃で頭がくらくらするし、全身に痛みは感じる。
でも、この程度なら戦闘には問題無い。
一番の懸念だった感電も、この装備のおかげで完全に防げている。
でも…
まず、あの雷化までの時間。
今までに見てきた鵺の場合、実体化した個体が意識的に雷化するまでには数秒ほどの間があった。
雷化から実体化までも同じ。
それは間違いなく隙と言えたし、それ故に短時間の間に鵺が雷化、実体化を何度も繰り返すようなことはなかった。
でも、この変異種は違う。
咄嗟に変異種との距離を取ったレジーナとサラ様が、今もダメージを負った私達から注意を逸らすために変異種に攻撃を繰り出している。
それに対してあの変異種は…
雷化と実体化を瞬時に使い分けている!?
こちらからの魔法攻撃や自身の移動の際には雷化を、自分からの直接攻撃の際には実体化を…
私達の装備に対して雷撃は有効ではないと判断したのか、その攻撃手段は通常の魔獣と同じ。
爪や牙、そして体当たり。
質量を伴わない物理攻撃に意味はないから、仕掛ける瞬間雷化を解いている?
あんな一瞬で?
いや、違う。
あれは変異種の意思ではなく、殺生石の影響だ。
防具や御神刀に雷化した身体が触れることで、強制的に鵺の雷化は解除されるわけで…
今までの戦闘だと、それを知った鵺は雷化の強制解除を嫌ってこちらから距離を取った。
でも、この変異種は…
移動の際の雷化は変異種自身の意思で行い、攻撃の際の実体化は防具が雷化を強制解除する性質を積極的に利用している。
攻撃がヒットする直前までは雷化状態でのスピードを維持し、インパクトの瞬間防具による雷化強制解除を利用して実体化、物理ダメージを与える。
雷獣の本能を考えれば、敵を前にして強制的に雷化を解かれることは絶対に嫌うはずなのに…
本当に変異種は頭がいい。
「!!? ック!!」
ガキン!!
雷光が迸り、突然レジーナの目の前に姿を現す変異種。
身体にまとわりつく静電気を敏感に感じ取ったレジーナが御神刀を盾のように構えたところに、変異種の爪がぶち当たる。
必死にその衝撃に耐えるレジーナ。
レジーナの御神刀に接触したことで瞬時に雷化を解かれた変異種だけど、今度はその巨体が持つ質量で、変異種の爪を防ぐレジーナをそのまま押し潰そうとする。
「破ァ!!」
レジーナと鍔迫り合いをする変異種に、横合いから斬りかかるサラ様だけど…
サラ様の接近を素早く察した変異種は即座に雷化し、すかさず2人との距離を取った。
ここまで効率的に雷化と実体化を使い分けられると、流石に反撃のしようがないね。
どうやら、こいつがラスボスみたいだし、私も最後の切り札を見せるとしよう。
レジーナとサラ様、復活したレオ君を含めた3人に変異種の注意を引きつけてもらっているうちに、私は一人変異種との距離を取る。
左腕に装着してある金属とゴムの装飾に魔力を通し、物質を望む形に変える成形魔法を発動。
ちなみに、生き物素材であるゴムの成形には、無機物である金属を成形する金魔法ではなく、有機物を成形する木魔法を使う。
新たに作り出した武器をしっかりと左手に握ると、腰のポーチから取り出した殺生石をセットし、伸ばした左腕を変異種に向け右手でゴムを引絞る。
新たに作り出した武器。それはスリングショット。
つまり、パチンコだね。
折角ゴム素材も手に入れたし、単純に殺生石の弾丸を飛ばすだけなら弓よりも使い勝手がいい。
いくつか試作品を作って、最終的に形が決まったら後は瞬時にそれを作成できるように練習した。
殺生石は魔法を打ち消すけど、別に魔法効果をもたらしている魔力を打ち消すだけで、一度変形した物資を元に戻しちゃうとかではないからね。
魔法で作り出したスリングショットで殺生石を撃ち出しても、別に何の問題もない。
バシュッ!!
撃ち出された殺生石は狙い違わず変異種の腹部に命中し、その皮膚を突き破って肉体深くにめり込んだ。
何の魔力も感じない、いや、むしろ魔力そのものを打ち消してしまう殺生石の弾丸は、流石の変異種でも感知できなかったようで…
レジーナの光魔法すら避けていた変異種がお腹から血を流しながら苦悶の声を上げる。
バシュッ!! バシュッ!!
怒りに燃える目でこちらを睨む変異種の身体が雷を纏い、再度雷化しようとしたところに私が立て続けに殺生石の弾丸を撃ち込むと、変異種の雷化は完全に解け、身体に纏っていた雷も完全に消滅した。
体内に撃ち込まれた複数の殺生石によって魔力の流れを完全に打ち消された今の変異種には、もうお得意の雷化も雷撃も使えない。
ザシュッ!! ザシュッ!!
チュドーーン!!!
ダアーーーン!!
多少速くてデカくても、雷化できない雷獣などただの獣だ。
今までの鬱憤を晴らすかのように斬撃と魔法を撃ち込む三人は、実にいい顔をしているね。
今も袋叩きにされている変異種…
ここまでに倒してきた鵺の数はゆうに百頭を超え…
一体何倍返しだ!?って感じだけど、これで初遭遇時の溜飲も下がったかな。
あとは、アズマ山攻略の証、“雷撃魔法”をいただいて帰るとしましょうか。




