準備は整った
ここはキョウの都の東に位置するアズマ山。
古代より雷神の住まう神山と敬われ、倭国皇家により代々管理され、立ち入りを禁じられてきた山である。
もっとも、そんな事に関係なく、誰も好き好んでこの山に近づいたりはしないだろうが…
このアズマ山が“雷神の住まう神山”と言われる所以。
「これはまた、随分とでてきましたね」
「おお! 団体さんのお着きだ」
「レオさんはそんな減らず口を叩いていないで、しっかりとアメリアお姉さまを守っていてください!」
そう言って、果敢に鵺の群れへと突貫していくサラ様。
「いや、サラ様も守られる側だからね」
呆れた様子でサラ様を見送るレオ君が振り下ろした剣で、目の前まで接近していた三頭の鵺のうちの一頭が断末魔の叫びをあげてその場に倒れ伏す。
残り二頭。
私の方に襲いかかってきた手近な一頭をタケミさんからもらった御神刀で切り伏せるも、後方に控えていたもう一頭が放った雷撃が私の肩口を貫いていく。
いや、電気の塊が肉体を貫くようなことは勿論ないわけだけど、さりとて私の肩口に吸い込まれていった雷撃が私を感電させることもない。
雷獣の放った必殺の雷撃は、私の身体を貫くことも侵食することもできず、文字通り霧散した。
…
………
……………
「本当にいいんですか? アメリア様に万が一のことがあったら…」
「大丈夫ですよ。全力でお願いします。
木偶に着せて何度も試しましたけど、全然問題ありませんでしたし…
そもそも、レジーナやレオ君の時にも問題無かったのですから、私の時だけダメってことはないと思いますよ。
大丈夫。何かあってもそこは開発者の自己責任ですから」
「いやいや、流石にそれは…
師叔様に万が一怪我でもさせたら、いくら私でも廃嫡は免れませんからね」
私に向かって雷撃魔法を撃つことに抵抗を示すタケミさん。
実験に付き合わせちゃって申し訳ないけど、こちらとしても最終確認は必要だしね。
この防具を着て雷撃を受けた場合に、どのような感じになるのか?
雷撃を打ち消せるのは間違い無いけど、受けた瞬間の衝撃の有無とか感じとかを事前に体験しておくのは大切だ。
「タケミさんには申し訳ないですけど、よろしくお願いします。
もしここで何かあっても、鵺との戦闘中に不測の事態が起きるよりは遥かにマシですから」
防具のテスト云々を抜きにしても、事前に相手の攻撃を体験しておくのは重要だからね。
その点は討伐隊の隊長でもあるタケミさんもよく分かっているようで、ここで何もしないでアズマ山で死ぬことにでもなったらという私の意見(脅し)に、渋々納得してくれた。
「わかりました…
では、いきますよ!」
『Управляйте электричеством в соответствии с изображением』
自作の防具を着込んで油断無く構える私に向けて、タケミさんの左手より放たれたのは“雷撃魔法”。
代々倭国皇家の皇位を継ぐ者のみが身につけるという、他国には存在しない強力な魔法だ。
まぁ、“雷”とはいっても実際に天から雷を落とすとかではなくて、どちらかというと電気を自在に操る電撃魔法って感じだと思う。
流石に雷ほどの電圧はないみたいだけど、放電現象が起こるくらいには強い電流を、雷のように一瞬ではなく一定時間継続して流すことができる。
継続した放電現象。
それはつまり、“鵺”そのものだ。
というわけで、タケミさんには私達の鵺攻略に向けて、様々な実験や戦闘訓練に付き合ってもらっている。
一国の皇太子を実験器具扱いにして…
いや、だって、他に雷撃魔法とか使える人って、この国の帝くらいだし…
羅針盤の方位磁針を作るのに電気を作り出したりはしたから、簡単な実験なら私でもできる。
でも、直接魔法で作り出したわけではない電気を自在にコントロールなんてできないから、どうしてもできることに限界があるんだよね。
そんなわけで、研究成果は倭国にも提供するという条件で、タケミさんには全面協力をお願いした。
この防具の最終確認もその一つ。
うん、問題無いみたい。
今私が身につけているのはレザーコート風の防具で、素材はゴムゴーンから採取したゴム。
だったら、レザーコートではなくレインコートではって?
まぁ、素材を考えたらそうなんだけど、前世のレインコートと比べて生地にかなり厚みがあるから、見た目のイメージ的にはレザーコートの方がしっくりくるんだよね。
やっぱり雷対策ならゴム?
殺生石の鎧は諦めたのかって?
いやいや、そもそもただのゴム素材のレインコートで雷とか防げませんからね。
ゴム製のカッパを着てるから雷の電気も通さないなんて、そんなの大嘘だからね。
今回の防具作成において私がゴム素材を選択した理由。それは、ひとえに加工のしやすさ。
何をやったのかって?
まず精錬した殺生石のインゴットを魔動ヤスリを使って粉状に削る。
で、それを溶かしたゴム素材に練り込んだのだ。
思いついたきっかけは、先日行った茶道具店でいただいた濃茶から。
殺生石を直接加工するのではく、加工しやすいゴム素材に練り込んでしまえばいい。
こうして作った殺生石混じりの薄いゴム生地の表面を、さらに殺生石を含まない普通のゴムでコーティングする。
これによって、殺生石が直接身体に触れることもなくなり、防具を着たまま魔法を使うのもだいぶ楽になった。
そんなわけで、生地は厚めで少し動きにくくはなったけど、強度的なものを考えればむしろペラペラのゴムより安心できる。
重さもそれほどではないし、動きやすさもデザインや縫製の仕方を工夫することでかなり改善された。
その辺りについては、学院時代の研究会メンバー、ディアナちゃんの協力が大きい。
職人としてゴム素材に着目していたディアナちゃんは、私が旅先でゴムを使った新しい防具を開発していると聞いて、一も二もなくセーバの街から飛んできた。
私が着るに相応しい機能的、高性能でかっこかわいい防具を作るのだと、それはもう大変な意気込みだったっけ…
こうして遂に完成した対鵺用防具の性能は…
……………
………
…
「うん、雷化した鵺の直接攻撃じゃなければ、全然問題なさそうだね」
「はい。ですが、防具に触れて瞬時に実体化した鵺の爪まではこの防具では防げません。
お気をつけを!」
こちらに雷撃を放ってきた最後の一頭を片付けたレジーナが、そう注意を促してくる。
そこはレジーナに言われるまでもなく弁えている。
所詮、ゴムだからね…
雷化状態の鵺の攻撃を完璧に防いでくれるこの防具も、肉体を持ち実体化した鵺の爪牙を防いではくれない。
もっとも、実体化した鵺などただの魔獣だ。
やりようはいくらでもある。
いや、たとえ雷化していようと、必要な情報と十分な準備さえあれば、やりようはいくらでもある。
前回とは違うのだ。
知恵のある生き物と脳筋との格の違いを思い知らせてやる!




