滅仙窟奪還作戦
「ぐぇッ!」
「なッ! おまッ!」
「チッ、襲撃か!?」
突然森の陰から飛び出してきた2つの影。
洞窟の入り口を守る仲間が次々に倒れるのを見て、最も入り口に近い場所にいた最後の一人が慌てて洞窟内に駆け込んでいく。
『(エアブレット!)』
洞窟内へと逃げ込む男に向けて放たれたサラ様の魔法は、男の背に届くことなく途中でかき消える。
そのことに安堵する間もなく、続いて走った背中の痛みに最後の見張りもその場に崩れ落ちた。
倒れる男に止めを刺したレジーナが、一旦私達のところに戻ってくる。
「やっぱり魔法は無理みたいだね」
「はい、お姉さま。思わず撃っちゃいましたけど、まさか入り口近くでここまで見事に(魔法が)消えるとは思いませんでした」
洞窟の外で倒した(殺してはいない)2人の盗賊を拘束しながら、サラ様とそんな話をしていると、
「ありゃぁダメだわ。ヤバすぎる」
そこに洞窟の入り口の方に向かっていたレオ君が、悪態をつきながらレジーナと一緒に戻ってくる。
「もう、洞窟に一歩踏み入ろうとするだけで全身の力が抜けるみたいで…
やっぱり今回、俺とサラ様は力になれそうにありません」
そう悔しそうに報告してくれるレオ君だけど…
まぁ、予想通りの結果だしね。
「分かりました。では、今回の作戦は予定通り私とレジーナでいきましょう。
レオ君とサラ様は入り口で待機。もし逃げ出す奴がいたら捕縛をお願いします」
さっき捕まえた見張りの盗賊から中の様子を聞き出した後、私とレジーナは洞窟内に突入した。
「誰だ!?」
「ん? おい、あれガキじゃないか? 女か?」
「マジかよ!? なんでこんなところに小娘が… て、村の奴等がご機嫌取りに寄越したってか?」
「理由なんてどうでもいい! 久々の女だ!」
「しかも、すげぇ可愛いじゃん! さっさと頂いちまおうゼ!」
飢えて襲いかかってくる先頭の盗賊がこちらに伸ばした手を、手首の回転で外側に逃しつつ、相手の側面に回り込む。
相手の右手首を掴んだ状態で、そのまま背後からこちらの左手を相手の右脇に差し入れ、そのまま腰の回転で後ろに引き倒す。
野馬分鬃。
背後から自分の膝で相手の膝裏をロックした状態で後ろに引き倒すこの投げに対して、相手は満足な受け身をとることなどできない。
私に向かって無防備に右手を伸ばしてきた盗賊は、硬い地面に後頭部を打ち付けて昏倒した。
「なッ!」
「このアマ!」
先頭の男がやられて激怒した仲間が、続けて襲いかかってくるけど…
相手の勢いを殺すことなく脇腹に突き刺さった私の拳に、目の前の男が倒れ伏す。
太極拳の拳打は拳の運動エネルギーを相手にぶつける打撃ではない。
そもそも女性の出せる力なんてたかが知れてるし、強い打撃にはインパクトの瞬間それと同じだけの反作用の力がかかるから、女性の腕力ではそれに耐えられない。
そう、腕力ではね。
正しい太極拳の型は、骨格構造的に衝撃に強い状態を作り出す。
この場合なら、私の体勢は相手に向かって斜めに地面に差し込まれた一本の棒のようなもの。
そこに勢いよく突っ込めばどうなるかなんて、ちょっと考えれば分かるよね。
相手からの運動エネルギーは全て地面に流れ、それと同じだけの衝撃が自分に跳ね返るってこと。
怒りに任せて襲いかかってきた男は、予想外の痛みに身動きできない状態で…
「うっ!」
もう一人の方も既にレジーナにのされていて戦闘不能みたい。
「女子供と侮って不用意に近づくから痛い目をみるのですよ。
数の利を活かして広い場所で取り囲むならともかく、こんな狭い場所で私達に勝てる訳がないでしょう?」
私は酷薄な笑みを浮かべて目の前に倒れる男に止めを刺す。
「馬鹿の相手は楽で助かります。
入り口の連中とこいつらでだいぶ数も減ったでしょうし、今回の依頼は簡単に片付きそうです。
もっとも、こんな狭い通路や空洞しかない洞窟では、数の利など活かしようもないでしょうけど…」
私とレジーナの様子を呆然と眺めていた一番奥に控えていた男が、慌てたように踵を返して洞窟の奥に駆け出すのが見える。
私達はその背中を黙って見送ると、周囲の警戒を続けつつ洞窟の奥へと足を進めた。
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「お頭! たいへんだ!」
血相を変えて駆け戻ってきた入り口の見張りに向かったはずの部下の一人を見て、“お頭”と呼ばれたがたいのいい髭面の男が、横に置かれた刀を手に立ち上がる。
「落ち着け!! 敵は何人だ!?」
頭の一喝に知らせに駆け込んできた部下が思わず立ち止まり、何とか冷静さを保ちつつ自分が見て来たものを報告する。
見たこともない体術で瞬殺される仲間の様子を…
一見無害そうな美少女が、まるで虫でも見るような侮蔑と嗜虐の目で自分の仲間に止めを刺す様を…
裏の世界でも一目置かれる盗賊団である自分達の討伐を、まるで面倒なゴミ掃除程度にしか考えていないような2人の会話を…
途中いくつかの質問を挟みつつ部下の報告を聞き終えた頭は、こう判断する。
「そいつらは、間違いなくプロの暗殺者だ。(間違っているけど)
村の連中、魔法頼みの兵士や冒険者では分が悪いと判断して、暗殺者を雇ったんだろう。
どうもあの村には、なにか秘密がありそうだしなぁ…
流れの暗殺者を雇う伝手を持っていても不思議はないか…
周りに気付かせずに相手を殺る暗殺者の中には、人目を引く魔法以外の暗殺術を使う奴もいるらしいからな。
相手を油断させることができるから、小娘の暗殺者というのも決して珍しくはない」
頭の話を感心して聞く者。
恐怖に顔を引き攣らせる者。
いきりたつ者。
「それで、どうしますかい、お頭?
相手がプロの暗殺者とあっちゃあ、いくら小娘でも少々分が悪いですぜ。
ここじゃあ魔法も使えないし、話を聞く限り腕っぷしじゃあ敵いそうにない」
「ここは逃げるしか…」
「プロ相手に逃げ切れるか!?」
「この洞窟なら…」
「逃げ切れても遭難するぞ!」
「煩い!!」
想定外の事態にパニックになりかける部下達を、盗賊の頭が怒鳴りつける。
「暗殺者の技ってのはな、人一人をこっそり殺すことに特化したものだ。
元々集団戦向きじゃあないんだよ。
恐らく、奴等の狙いはこうだ。
自分達の存在をわざと見せて、田舎盗賊がパニックになってバラバラに逃げ出したところを一人ずつ狩っていく」
今まさにバラバラに逃げ出そうとしていた盗賊たちが黙り込む。
「別に恐れることはない。
奴等も言ってたんだろう? 数の利を活かせないなら問題ないってなあ!
つまり、集団で囲ってしまえば手も足も出せないってことだ。
入り口からずっと狭い空洞や通路だけを見て来ている奴等は、まさかこんなに広い空洞がここにあるとは思っていないだろう。
ここで待ち伏せて、のこのこやって来たところを全員で囲っちまえば、あとはどうとでも料理できる」
頭の言葉に勢いづく部下を見て、盗賊の頭は油断なく敵を迎え撃つ準備を始めるのだった。
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