殺生石
鍛冶工房を一通り見学した後、改めてタケミさんから詳しい話を聞いた。
殺生石…
この世界のそれは、前世の溶岩、火成岩の殺生石とは別物で、見た目や性質は殆ど鉄と区別がつかないものらしい。
名付けはイィ様だそうだから、きっとイメージとかノリでつけた名前なんだと思う。
勿論、九尾の狐が石化したものでもないし、毒を吐き出したりもしない。
なら、なんでそんなおどろおどろしい名前をつけたのか?
それは、この殺生石が触れた魔法を全て霧散させてしまうから。
殺生石の採掘場所は、倭国の北方に横たわるキール山脈の中腹にあるとある洞窟。
鵺の棲むアズマ山のちょうど北側に位置し、キョウの都から北東に3日ほどの距離だとか。
その洞窟は滅仙窟と呼ばれていて、洞窟の中では一切魔法が使えないらしい。
倭国皇家の禁足地に指定されていて、許可なく踏み入ることを禁じられているらしいけど、そんなものがなくても誰も近付こうとはしないとか…
一説では龍の呪いとか巨神の怨嗟とか色々言われているらしいけど、そんな伝説を引っ張ってこなくても、単純に攻撃魔法はおろか生活魔法すら使えない洞窟なんて、誰も好き好んで入りたがらないよね。
火や水すら確保できない。
魔物、、は出ないらしいけど、獣に襲われても対抗手段すらない。
だから、その洞窟に立ち入るのは皇家の指示を受けた一部の鉱夫だけらしい。
「そんな訳で、みなさんの御神刀を作ろうにも、材料となる殺生石が圧倒的に足りないのですよ。
逆に言えば、殺生石さえ採ってきてもらえるなら、みなさんの分の御神刀の作成は可能なわけです」
鉱夫にしても、秘密保持の観点からあまり信用のおけない人間を大量投入するわけにはいかない。
そして、最大の問題がその採掘方法。
「“つるはし”ですか?」
「ええ、先を尖らせたこんな感じの道具を使ってですね、人力で掘り進めるわけです」
土魔法の使えない坑道で、一体どうやって殺生石を採掘するのかというサラ様の疑問に、身振り手振りを交えて説明してくれているタケミさん。
そう、この世界では“つるはし”さえ見たことがない。
鉱物の採掘、製錬には土魔法を使うし、穴掘りや道路工事等には金魔法を使う。
ちょっと土を掘るくらいならともかく、つるはしを使わなければならないような大規模な作業を人力でするなんてあり得ない。
それがこの世界の常識だからね。
そういう訳で、人力で洞窟内から殺生石を含む原石を採掘し、それを宮中内の鍛冶工房で製錬、精錬。
できた殺生石(見た目は鉄。でも鑑定できないから詳細は不明)のインゴットをこれまた人力で鍛造し、やっと完成するのが“御神刀”ってわけ。
ちなみに、これがただの鉄鉱石の場合、私なら採掘から剣の作成まで5分もあればその場でできる。
探査魔法と鑑定魔法で土中の鉄を見つけて土魔法で抽出。金魔法で剣に加工して終わりだ。
質や魔力量の問題を抜きにすれば、この世界の鍛冶は実にお手軽な訳で…
そう言えば、御神刀作成がこの世界基準でどれだけの労力か理解できると思う。
つまり、作ってやるから素材調達くらいは手伝えってことですね。
了解です。
殺生石についての一通りの説明を聞き、後の詳細は現地の役人や鉱夫に確認をとなったところで、思い出したようにタケミさんの一言が…
「そうそう。そういえば、最近都に届く殺生石が滞っているんですよ。ついでにその辺りの事情も確認してきてくれると助かります」
それって、そちらの問題解決もお願いしますって意味ですよねぇ?
「すみません…
今年は都に入り込む鵺の数が例年よりも多くて、私も含めて国家機密に関する問題を任せられる人員を、都から動かせないんです。
無理を言いますが、宜しくお願いします」
本当に申し訳なさそうなタケミさんだけど…
問題を押し付けるという考えを変える気はないんだね。
流石は皇太子様というべきか、使えるものは師(叔)でも使う方針らしい。
まぁ、いいけどね。
その方が、こちらも気兼ねなく御神刀を受け取れるしね。
それから3日ほどして、レオ君が復活した。
レオ君は、自分が寝込んでいる間に御神刀の制作を見学したという話を聞いて、随分と悔しがっていたけど…
ともあれ、レオ君もすっかり元通りになって本当に良かったよ。
雷なんかに触れたら本来は感電死待った無しなんだけど、実際のところあの雷獣にそこまでの電圧はなかったみたいで、なんとか事なきを得た。
それでも結構危険だったのは確かで、今回は運良く色々な幸運が重なったみたい。
レオ君が、昔お祖父様と一緒に倭国を旅したことのあるアルトさんから、鵺の話を聞いていたこと。
使っていた剣の握りが刀身と一体型の金属ではなく木製で、しかも武器改良のモニターとして握り部分にゴムまで巻いていたこと。
鵺被害の患者を診る機会の多い倭国の医官が、すぐにレオ君の治療にあたることができたこと。
これら様々な要素が重なったことで、レオ君は後遺症を残すこともなく短期間で回復することができた。
でも、それは単に運が良かっただけ…
次は無い。
言葉には出さないけど…
立ち止まったりもしないけど…
私達4人は密かに各々に気持ちを引き締め、滅仙窟へ向けてキョウの都を旅立った。




