鍛冶工房
お茶室を後にし、宮中の更に奥へと連れて来られた私たち。
向かうは鍛冶工房。
「鍛冶工房は宮中の中にあるんですか?」
「ええ、“御神刀”を打つ鍛冶工房は特別ですから。
余所に技術が漏れぬよう工房も職人も厳重に管理されています」
私の疑問にそう答えてくれるタケミさんだけど…
「…そんな場所を他国の人間に簡単に見せて大丈夫なんですか?」
いや、当然そう思うよねぇ?
これって、要するに国家機密ってことで、しかもそれを他でもない私たちに見せるとか…
今やこの世界のハイテク産業の最先端という位置づけのセーバの街。
その街の代表であり技術者でもある私に対して、同じく技術が売りの倭国がその技術の最先端を公開するって…
タキリさんから聞いているこの国での私の位置づけとか、今回の騒ぎで気落ちしている私たちへの配慮とか…
色々と気遣ってくれるのは嬉しいけど、それで国家機密にあたる武器の製法公開ってやり過ぎでは?
そんな心配に対してタケミさんはというと…
「ご心配なく。先程も言った通り帝の許可は取ってありますし…
実を言うと、こちらにもそれなりの狙いというか、アメリア様にご相談したいこともありますから」
そう笑顔で答えてくれるタケミさんが、一瞬黒く見えたのは気のせいだろうか?
まぁ、いくら気さくに見えてもこの国の皇太子様だからねぇ…
当然、善意だけってこともないだろうけど。
そんなこんなでやって来た鍛冶工房、、神社?
社の奥の方では煙が上がっているのも見えるけど、全体としては神社にしか見えない。
出入りする職人さん達の格好も神主さんみたいだし…
それでも、一歩屋内に足を踏み入れればそこは文字通り鍛冶工房って感じで、燃え盛る炎の熱と鉄を打つ高い音が響き渡る職人の世界。
白装束に身を包んだ刀匠って感じの人たちが、真剣な眼差しで真っ赤に焼けた鉄に大槌を振り下ろしている。
前世で見た刀鍛冶の画像そのままの光景だ。
「?? な、なにをなさっているのですか?」
「これは? 何かの訓練でしょうか?」
これぞ日本の伝統文化って感じの光景に感動する私に対して、サラ様とレジーナの反応がおかしい。
「いや、ああして刀を鍛えてるんだよ」
「え? 壊してるのではなく、ですか?」
「あの、アメリア様。あのように熱したり叩いたりしては、剣が傷むのではありませんか?
整形し直すにしても、もっとやりようがあると思うのですが…」
私の言葉に納得がいかない様子の2人を見て、一つの事実に思い至る。
「本当に不思議な光景ですが、アメリア様の言う通りなんですよ。
あれは、刀を壊しているのではなく鍛えているんです。
信じられないかもしれませんが、“御神刀”はあのようにして魔法を使わず、完全に人の手のみによって造られるんですよ」
そんなタケミさんの説明に、目を丸くして驚くサラ様とレジーナ。
気持ちは分かる。
実のところ、私もこの世界の鍛冶工房を初めて見た時、同じ感想を持ったから。
何も特別な感じはしない普通の部屋に、ただ広めの頑丈そうなテーブルだけがあって、壁には剣のサンプルやたくさんの資料が並んでいるだけ。
テーブルの上には大きな鉄の塊が置かれ、とても鍛冶職人とは思えない普通の服を着た人が、鉄塊に触れながらぶつぶつ呪文を唱えている…
これ、前世で見たら、良く解釈して何かの実験で、、多分怪しい宗教儀式か何かにしか見えないんじゃないかと…
それか、中二病的なヤツ?
まぁ、前世の日本人ならこの手のファンタジーにも馴染みがあるから、魔法的なやつだとは察するかもしれない、、それでも、信じないだろうけど…
でも、その手のファンタジー知識を全く持たない人が見たら、本当に訳が分からないと思うんだよね。
で、恐らく今のサラ様やレジーナの感想が、それと全く同じものだと思う。
「これが本当に鍛冶? なにやってるの?」って感じじゃないかなぁ…
道具を魔法で作るのが常識の世界の人にとっては、物を物理的に加工すること自体が非常識だから。
ともあれ、私やタケミさんの説明で、最初は戸惑っていた2人もなんとかここでやっていることを理解してくれて…
その後は興味深く工房見学を楽しんでいたよ。
でも、多少なりとも私から地球の科学知識を学んでいるサラ様やレジーナがこの反応だからねぇ…
この世界の一般の人たちにとっては、ここでやっていることは本当に意味不明だと思う。
御神刀作成は王家の秘匿技術で、今までに同じような刀を作ろうとした門外の名匠たちが、皆志半ばで挫折していったってのも分かる気がする。
こんな製法、想像の埒外だよねぇ…
日本で超高性能な自動車が発売されて、これは一体どんな技術で作っているんだって散々悩んで、実は魔法で作ってますって言われるようなものだ。
たとえ話を聞いても、大半の職人にとっては馬鹿にしてるのか!って感じだと思う。
そんなこの世界では非常識ともいえる製法で、倭国皇家が年に数本のみ供給するという“御神刀”。
これは、簡単に言ってしまえば“魔法を切れる刀”のこと。
昨日、タケミさんが雷化した鵺を切ることができたのも、この刀のお陰なんだって。
キョウで鵺討伐にあたる隊長クラスにはこの御神刀が与えられていて、そのお陰でAランク魔物である鵺の討伐も可能なんだって。
(私も欲しいなぁ… その刀)
勿論、そんな刀があるなんて聞いたこともなかったし、恐らく倭国以外には存在しないだろうとタケミさんも言っていた。
つまり、簡単に手に入るものでもないらしい…
「あのぉ、タケミさん… この御神刀って、譲ってもらったりとかできないですよねぇ…?」
一応、ダメ元で聞いてみるも…
「ええ、いいですよ。
そうですねぇ… せっかくの機会ですし、アメリア様の分だけでなく、サラ様やレジーナさん、レオ君の分もご用意しますよ」
「「………えっ?」」
私とサラ様の声が揃った。
倭国王家の人にとって私は身内扱いみたいだし…
ちょっとだけ我儘言ってもいいかなぁ…?
困らせちゃうかなぁ…?
そんな気持ちで一応聞いてみたんだけど…
まさか、こんなに簡単にOKがでるとは思わなかった。
しかも、私だけでなくみんなの分まで用意するって…
「あの、本当によろしいのでしょうか? アメリアお姉さまの分はともかく、私の分までなんて…」
うん、普通そう思うよねぇ…
この“御神刀”って、言ってみれば倭国皇家の所有する切り札的秘匿兵器だ。
簡単に他国の、しかも王家の人間なんかにあげちゃっていいものではないと思う。
この鍛冶工房を見せてくれたのだって、いくら知識があったって一朝一夕に真似できるものではないって確信があったからだと思うし…
実際、刀鍛冶なんて前世でも師匠について何年も修行して、やっと習得できる技術だしね。
ただ理屈を知っているだけで、なんとか再現できてしまうようなものではないのだ。
私が前世の技術を比較的簡単に再現できているのは、魔法ありきの話だからね。
正直なところ、魔法を全く使わずにこの技術を再現するのは、私には無理だと思う。
だから、この御神刀は倭国のみが持つアドバンテージで、それを易易と他国に流出させるのはいくら何でも…
「いえ、構いませんよ。
ただ、差し上げたいのはやまやまなのですが、一つ問題がありまして…
御神刀の素材となる殺生石が足りないんですよねぇ…」
何かを期待する目をこちらに向けてそう言うタケミさん。
あぁ、そういうことですね…




