初めての旅
それからの数日、私とお母様はバタバタと領都への引越しの準備を行った。
といっても、実は大したことはなかったんだけどね。
当面の生活に必要な物は全て領都邸の方にも揃っている。
別に向こうでパーティーに出るわけでもないから、着る物など適当で構わない。
元旅人の私も、元平民のお母様も、その辺りは特に頓着しないしね。
移動中に必要な物の準備は全てサマンサとダニエルにお任せなので、私が特に準備する物はない。
お別れを言う友達も特にいない。
別にボッチってわけじゃないよ!
……いや、ボッチだけど。
私に友達がいないのは家庭の事情だし、4歳くらいなら別に珍しくないし……。
とにかく、私がしなければならないことは、精々今までの魔法の研究資料や持っていく本の選別くらいだった。
元旅人としては、色々と旅の準備の方もしたいところだけど、その辺りは今回プロにお任せだ。
こちらの旅事情など何も知らない戦力外の幼女が、下手に口を出しても邪魔になるだけだしね。
そんなこんなでこの数日、仕事の引き継ぎをしなければならないサマンサとダニエルは忙しそうだったけど、私の方はお父様の仕事の手伝いが少し大変だったくらいで、実は思っていたほどバタバタはしなかった。
大変だったのは、お父様に領都に行く前にこれだけは頼むと泣きつかれて行った、王宮に提出する会計報告書の確認作業だけだ。
こんなの幼女にさせるなよ!
私がいなくなっても、本当に一人でやっていけるのか、お父様?
そんな心配を余所に、王都を発つ日がやってきた。
天気は快晴。絶好の旅日和だ!
お父様は今にも泣きそうな顔でお母様と何やらお話しているけど、『ごめん、お父様』、私の方はこの異世界での初めての旅にテンションが上がりまくっています。
そして出発する3台の馬車。
1台には私とお母様、サマンサとダニエルが乗っており、残り2台は荷物。
1台は今回の引越し用の荷物で、もう1台は領都邸に定期的に送っている輸送物資だ。
これから行くお父様の領地はセーバ領で、領都はセーバ。
元々王家の直轄領だった王都の北側の地のうち、魔石の山モーシェブニ山とその他の鉱山を含む北部〜北東部を除く海側の北西部一帯。
要は、大した地下資源もないただの森や平野が広がる地域を、公爵領としてお父様が譲り受けたわけ。
王都の北側は元々鉱山以外は何もない行き止まりの土地なので、基本人の行き来は王都まで。
王都より先に向かう者など誰もいない。
今は一応その行き止まりの終点に、領都があるんだけどね。
所詮は領主が住んでいるわけでもない領主邸と、引きこもりの魔法オタクの塔。
そこに100人程度の人間の住む小さな町があるだけだ。
人が行き来する理由にはならないよね。
一応王都とセーバの町の間にも小さな村や集落はあるから、王都からセーバの町まで完全に無補給状態という訳ではないみたい。
それでも、途中には野営する必要のある区間もあるし、村にも宿屋があるわけではないから、きつい旅になるのは覚悟するようにと言われた。
どうりで、今まで一度もお祖父様のところに連れて行ってくれなかったわけだ。
小さな子供を連れてホイホイ行ける場所ではないよね。
そうして始まった領都までの旅は、大きな問題もなく無事終わった。
いや、もちろん全く何もトラブルがなかった訳ではないんだよ。
立ち寄った村では、公爵夫人と公爵令嬢が来たってことで無駄に畏まられちゃうし。
野営地では、大きな獣(魔獣らしい)に、何度か襲われたりもしたしね。
あっさり撃退されちゃっていたけど。
サマンサとお母様に。
お母様が攻撃魔法を使うところを初めて見たけど、すごく格好良かった。
初めて魔獣が出た時には、護衛の兵士の人も私とお母様の前に立ちはだかって、必死に守ろうとしていたんだよ。
でも、お母様が何でもない様子で出てきた魔獣を瞬殺しちゃって、「新鮮なお肉が手に入って良かったわ」とか言うものだから……。
サマンサが戦うところは見ていないんだけどね。
ちょっと見かけなくて何処に行ったんだろうとか思っていると、こちらも「新鮮なお肉が手に入りました」って言って、大きな魔獣を持って戻って来たりして……。
いつも領都への物資の輸送を担当してくれている護衛の兵士の皆さんが、少しやさぐれていたのは気のせいではないと思う。
いくら貴族は魔力が多いからといっても、そこは荒事とは無縁の公爵夫人とそのお付きの侍女だ。
今回はただの物資の輸送だけではなく、貴族の護衛任務もあるのだからと、随分緊張していたらしい。
それが、蓋を開ければこれである。
ついでに言うと、ただ攻撃力が高いというだけではなかったのだ。
お母様もサマンサも、それからダニエルも。
お屋敷暮らしの公爵夫人とそのお付きの侍女と執事は、恐ろしく旅慣れていた。
サマンサとダニエルは野営地でも大活躍だった。
何処からか狩ってきた獲物を慣れた手つきで素早く捌き、その場でおいしい料理を作ってくれた。
水や火も魔法で確保してくれるし、野営地に近づく魔獣に真っ先に気づくのもこの2人だった。
お母様は別に率先して働いたりはしなかったけど、旅慣れているのは一目瞭然だった。
護衛の兵士さんより余程元気だったしね。
私もキャンプは数えきれないほどしたし、水道も電気も何もない場所での野営の経験もあるけど、ここまで旅慣れてはいない。
精々が今回護衛をしてくれた兵士さん達程度だ。
私もそれなりに旅慣れているつもりだったけど、やっぱり異世界は違うね。
今回は全くいいとこなしだった。
私もまだまだ修行が足りないね。
>
そんな事をアメリアは考えていたのだが、やりきれないのは兵士逹の方で……。
夜の闇に怯えるわけでもなく、目の前で捌かれた獣の肉を気持ち悪がるわけでもなく、それが当然であるかのように自分達と同じ旅について来るお嬢様育ちの4歳児。
“過酷な環境で生きる自分達”にプライドを持っていた兵士達は、だいぶダメージを受けたらしいが、それはアメリアの預かり知らぬ事。
10日程の日程を経て、アメリア達は領都セーバに到着した。
海岸線の開けた土地を進むと、やがて見えてくる石造りの塔。
そこには、海に面したのどかな漁村の風景が広がっていた。




