好景気 〜カルロス国王視点〜
(カルロス国王視点)
「ふぅ、これで一段落か…」
目の前にある今年度の魔石売却に関する書類にサインをし終え、私はやっと人心地ついた。
我がモーシェブニ魔法王国唯一の輸出品と言える魔石と魔力。
毎年税として国に納められる魔力で満たされた魔石は、年に一度やって来る商業連邦の商人達にまとめて売却される。
そうは言っても、魔石や魔力の価格は我が国が鎖国を解いた頃から両国間で決められており、こちらは事前に希望された量の魔石を引き渡しその代金を受け取るだけだ。
商人特有の価格交渉といったものはない為その点は気楽だが、それでもそれなりに準備はある。
特に今年は魔石ではなく金貨で納税する者が多く、一方連邦側からは普段よりもかなり多い量の魔石の購入希望があったため、例年以上に準備には手間がかかった。
昨今の貨幣による取引と魔石需要の拡大…
大陸横断鉄道の開通によって連邦や倭国との行き来が活発になり、今まではあまり見なかった連邦や倭国の特産品が多く国内で流通するようになったこと。
ザパド領が積極的に他国との交易を再開したため、通貨の需要が急激に増えたこと。
アメリアが開発した様々な魔道具の普及で、国内外ともに日常的に使われる魔石や魔力の需要が増えていること。
これらの要因が重なったことで、今回の連邦との魔石取引にはかなり手間をかけさせられたわけだが…
全て、アメリアのせいではないか!
まあ、そのお陰でこちらも大量の通貨を得ることができたが…
この世界における魔石を全て我が国が管理しているように、この世界の通貨は全て連邦が管理している。
今までであれば、我が国が外国から買う物など高が知れており、大抵の物は国内で自給自足されていた。
また、商取引についても、田舎では物々交換が殆どで、通貨での取引は街中を除けば商人や貴族同士での取引に限定されていた。
故に通貨の必要性というものをあまり意識したことはなかったが…
最近は国外の商人との取引も増え、国内でも通貨の需要が急激に増えてきている。
少し前までは収穫した農作物を馴染みの商人に渡し、代わりに必要な物を商人から受け取っていた地方の農民たちだが…
近頃では飛躍的に性能の良くなった馬車を使い、最寄りの都市に買い物に出かけたりもしているとか…
むっ? あの馬車もアメリアか!
本当にあの娘は知らぬ間に私の仕事を増やしてくれる!
いや、感謝はしているのだ。
今の現状は、それだけ民の生活が豊かになっているということで、それらは全てアメリアのお陰でもあるのだから。
とはいえ、これだけ国内での商取引が活発になり、通貨での細かなやり取りが増えれば、それだけ事務処理にかかる負担も大きくなるわけで…
アメリアがこの状況まで予測していたかは不明だが、あの娘が学院のテコ入れをしてくれたことには大変助かっている。
ここ最近の学院卒業生は皆よく勉強している。
数字や事務処理に長けた者も多いし、貴族だけでなく平民の者もいるため、貴族では預かり知らない地方の平民の生活や商人同士のやり取りに詳しい者も少なくない。
彼らが入ってこなければ、古参の貴族どもだけではとっくに回らなくなっていただろう…
まったく、アメリアが現れてからのここ10年、私はのんびりできたためしがない。
国が豊かになるのは喜ばしい限りだが、まるでここ10年で数百年分は一気に時が進んでしまったかのような変化ではないか…
これでは、話に聞く100年前の国境開放時以上だ…
正直、宰相と違って凡人の私には、状況の変化について行くだけで精一杯なのだが…
最近帝国からの襲撃の頻度が増えてきているボストク国境の整備で、ベラもこちらの仕事を手伝う余裕はなさそうだし…
軍部の最高責任者でもある王妃は、最近は頻繁に実家であるボストク領を訪れ、主に領都ボストクにある砦と国境の整備強化にあたっている。
古い建物からは魔力が抜ける。
金魔法で作られた建造物にはその形を記憶するための魔力が残り、その魔力が残っている限りは他者の金魔法の影響を受け付けなくなる。
だから、一度金魔法で整形した物の形を再度変えようと思えば、一度その物の形を物理的に壊す必要があるのだ。
そうでなければ、いくら壁を作ったところで金魔法で簡単に穴を開けられてしまい、壁としての意味を成さなくなってしまうだろう。
だが、そんな金魔法の影響も、永遠に続くわけではない。
数十年、数百年の時が経てば、どれだけ多くの魔力を込めた物でもその魔力は抜けていく。
そして、完全に魔力が抜けてしまった建造物は、ただの岩と変わらない。
新たに金魔法を使えば、簡単に形を変えることができるようになるのだ。
ここ100年ほどはずっと平和な時代が続いていたこともあり、ボストクの砦などは魔力的な意味で長らく放置されている。
魔力が完全に抜けてしまっている箇所も多いそうで、今はベラを中心に魔力の多い者がその補強作業を行っているらしい。
他にも、軍にアメリア式訓練法を正式に取り入れ、兵の強化に力を入れているという。
ボストク領はベラの生家ということもあり、王妃になる前のベラを知っている者も多い。
ベラが陣頭指揮を取ることで、ボストクの街は大変盛り上がっているそうだ。
あの調子なら帝国の侵攻の方も問題無いとは思うが、まだまだ油断はできない。
帝国は今後の大規模な襲撃に備えてか、兵を集めているという暗部からの報告も受けている。
他にも何やら大きな施設を作って、そこで何かを燃やしているらしいとの意味不明な報告もある。
大量の食糧が帝都に運び込まれたとの報告もあったし、いずれにしても大規模な侵攻を企てていることは間違いあるまい…
このような状況で、妻にこちらの仕事も手伝ってくれとはとても言えない。
いっそのことアメリアとサラを呼び戻せばとも思うが、それをやってしまうとアメリアとサラだけでなく、最悪兄上と息子の両方を敵に回すことにもなりかねない。
兄上は娘に激甘だし、ライアンは同行しているアメリアの侍女にベタ惚れだ。
会えること自体は喜ぶだろうが、それでアメリアと侍女の二人が不機嫌になれば、私は血縁者全員から総スカンを食らうことになるだろう…
それだけは避けねばならん。
結局今の現状で頑張るしかないと、私は次の書類に手を伸ばすのだった。




