道案内
謎の素材を求めて、まず私達がやって来たのはジャオジンの冒険者ギルド。
ゴムゴーンという魔物は、この辺り一帯にしか生息していないローカルな魔物で、他所の街では酒場の冒険者たちに聞いた以上の情報は集まらなかったのだ。
で、ここは地元の人達に聞くのが一番ってことで、直接やって来たわけ。
「ゴムゴーンですか? それなら今も幾つか討伐依頼が出てますよ。
…でも、あれは結構危険な魔物だから、君たちにはまだちょっと早いと思うわよ。
ゴムゴーンの体液は単に動きを封じるだけじゃなくて、うっかり頭からかぶっちゃったりすると息ができなくて簡単に死んでしまうわ。
動けなくなるだけなら大丈夫なんて軽く考えていると大変なことになるわよ。
自分からは動かないし、こちらが近づかなければ何もしないから軽く見られがちだけど…
魔法に対する耐性も高いし、複数の触手で接近戦も難しい。
すぐに逃げれば問題無いけど、討伐するとなると厄介な魔物なの」
受付のお姉さんに冒険者ギルドの会員証を見せると、色々と丁寧に教えてくれた。
偽名での登録で、こういった場合の情報収集なんかのために作ったものだから、私達の冒険者ランクは高くはない。
私やレジーナの魔力は冒険者としてはかなり低いし、サラ様やレオ君はきっちり魔力を抑えているから、まさか私達にドラゴンを倒せるほどの実力があるとは誰も思わないだろう。
年齢、見た目、会員証の全てから私達を経験の浅い新人冒険者と判断した受付のお姉さんの説明は、未熟な子供に教え諭す指導者のものだった。
それでも、おおよそ知りたい情報は得られたかな。
一つ、ゴムゴーンの体液攻撃の範囲は結構広く、ゴムゴーン本体を中心に大体半径50メートルくらいに入った魔力の高い生き物が全て攻撃対象になること。
一つ、魔力の低い生き物、具体的には魔力量が二桁程度までの生き物に対する体液攻撃はなく、代わりに半径10メートルくらいまで近づいたところで触手による直接攻撃がくること。
一つ、ゴムゴーンの捕食対象となるのは10メートル圏内に近づいた弱い生き物で、遠方の高魔力の敵については体液で完全に動きを封じた後は特に何もしないということ。
最後に、ゴムゴーンの体液は木魔法での除去は可能だが、付着後すぐに固まるため顔にかかって呼吸を止められるとほぼ助からないということ。
火魔法で溶かすことも可能みたいだけど、その場合は付着部分の大火傷は避けられないんだって…
ちなみに、固まったゴムゴーンの体液に魔物素材としての価値は全くないそうだ。
すえた匂いと触手先端の口から吐き出される見た目から、どう見てもゲロにしか見えない、、というか、はっきり言ってゲロだよね!
まぁ、そんなものだから、それを態々持ち帰って何かしようなんて考える地元民は誰もいないそうだ。
う〜ん、確かに抵抗はあるけど…
でも、それが本当に私の考えているゴム素材みたいなものなら、私は敢えて実を取るよ!
見た目は芋虫そっくりでも、それが絹糸を吐く蚕なら女性たちにも可愛がられる…
それだけの益があれば、大抵のものは受け入れられるのだ。
タイヤとか作れれば、自動車とかバイクとかも作れるだろうし…
鉄道の旅もいいけど、バイクでの旅もいいからね!
いずれにしても、それが本当にゴム素材なのか確認する必要がある。
この辺りの森では定期的に現れる魔物みたいだけど、今も討伐依頼が出ている以上、ぼやぼやしてたら全て狩られてしまう可能性もある。
善は急げだ。
とはいえ、ここで問題が一つ。
件の魔物がどこにいるかが分からない…
受付のお姉さんに聞けばって?
いや、教えてくれなかったよ。
別に討伐依頼を受けるわけでもないし、そもそも受けたいと言っても受けさせてくれる雰囲気でもなかったしね…
ちょっと見に行くだけだって言ったんだけど、説教されて終わりました。
さて、どうするかなぁ…
ここは地元の冒険者を護衛の名目で雇って、ガイドをお願いするしかないか…
「お姉さん、ゴムゴーンに興味あるの?」
ギルドの受付カウンターから離れたところで今後の方針について悩んでいると、10歳くらいの男の子に声をかけられた。
冒険者、には見えないね。
でも、親についてギルドにやって来た子供にも見えない。
話を聞くと、どうもこの街の孤児院の子みたい。
冒険者の死亡率は高い。
そんな冒険者を親に持つ子供というのは孤児院にも一定数いるみたいで、そういう子に対して冒険者ギルドが簡単な雑用依頼を回してあげたりしているらしい。
この子もそんな中の一人だという。
「ゴムゴーンのいる場所ならオレ知ってるよ。雇ってくれるなら、オレ案内するぜ」
そんなことを言ってくるけど…
「それって、危ないんじゃないの?」
つい心配になって聞いてしまう。
だって、まだ小さな子供だよ。
魔力量だって、私の見立てでは推定60ってとこ。
MP100以下ってのは、魔法王国以外の国であっても、十分に低いと言える数字だ。
そんな子供が、危険な魔物のいる場所への案内って…
いくらこの世界では7歳からは親の仕事の手伝いを始めるからって、それは親の庇護の元安全な範囲での話だ。
案内を買って出るってことは、頼れる大人の後をくっついて歩くのとは違うわけで…
はぁ? 自分達がやってきたこと棚に上げて、あんたら一体なに言ってるの?ってツッコミは無しということで。
前世からずっと太極拳による魔力操作の訓練を続けてきていて、闇魔法の利用で使える魔力量も事実上無制限状態の私とは違うのだ。
大体、前世年齢カウントしたら、私なんて間違いなくおばさんだからね…
え? でも、レジーナや他のセーバの街の幹部メンバーだって、魔力低くても10歳の頃からバリバリ働いてたじゃんって?
いや、まぁ、そうなんだけどね…
今思うと、少しやらかしたかなって私も反省しているわけですよ。
当時の私は大人の中身で、しかも一応最上位の身分も保証されていたから、今ひとつ自分が子供だって自覚が薄かったんだよねぇ…
おまけに、魔力量の問題で自分の現状にかなり不安を抱いていたってのもあったし…
とにかくなんとかしなくちゃって、かなり焦っていたのは確かだ。
で、味方になってくれそうで使えそうな人材は片っ端から使い倒していったわけだけど…
でも、やっぱり体は現実に子供なわけで…
肉体的に同じ目線の高さにいる同年代の子供を、無意識に自分と同じって感じてしまったりもするわけですよ。
で、自分と同じ年頃の子供を、自分の中身の感覚で大人扱いしてしまったと…
今にして思えば、みんなよく私の無茶振りについてきてくれたと、感謝の言葉もないね。
さて、そんな私ももういい大人だ。
いや、身体的な意味でね。
もう普通に大人と身長は変わらないし…
そんな私から見ると、まだ10歳の子供っていうのはひどく危なっかしく見えるわけですよ。
働かなければならない事情は分かるけど、流石に命の危険を伴うようなことはさせられない。
「大丈夫! あの魔物は近づき過ぎなければオレたちには何もしないから」
詳しく聞いたところ、ゴムゴーンという魔物は本当に孤児院の子供たちにとっては無害な魔物らしい。
ゴムゴーンという魔物は、明らかに目視でいるのが分かる範囲に近づかなければ、魔力の低い相手を攻撃してくることはないという。
そして、孤児院に入れられるような子供は例外なく魔力が低い。
たとえ子供であっても、魔力の高い子供なら十分に役に立つ。
そんな子供の引き取り先はすぐに見つかるから、結果孤児院には魔力の低い子供ばかりが預けられることになる。
こうして集められた魔力の低い子供というのは、ゴムゴーンにとっては間抜けに接近してきた際の餌であって、接近を妨げる敵にはならない。
遠くをうろつく分には何の危険もないのだそうだ。
「だからさぁ、お姉ちゃん達だけじゃなくて、ゴムゴーン討伐の案内はオレたちよくやるんだよ。
そのために定期的に森を歩いて、ゴムゴーンのいる場所も確認しているんだ。
それに、森で野草の採取している時に強い魔物が出ても、ゴムゴーンの場所を知ってればそこが避難所になるからさ」
なるほど、ゴムゴーンという魔物は、実は非常に有益な魔物らしい。
「ん? なら、なんで態々討伐するんだ? 街の住民が困っているから討伐依頼が出てるんだよな?」
私と一緒に男の子の話を聞いていたレオ君が疑問を口にだすけど…
「そりゃあ、ほとんどの人たちにとっては邪魔な魔物だからだよ。
オレたちみたいに魔力が低いやつには何もしないけど、大半の大人は近づけば攻撃されるよ。
ゴムゴーンがいると森に迷い込んだ強い魔物をやっつけてくれるけど、増えすぎると森での採取が全然できなくなっちゃうからね。
それで定期的に駆除?の依頼が領主様から冒険者ギルドに出るんだよ」
ふ〜ん、どうやら本当にこの子には危険はないらしい。
なら、大丈夫か。
「じゃあ、案内お願いしようかな」
私たちはいくつかの準備を整えると、その男の子ジャン君の案内で早速ゴムゴーンの出る森へと向かうことにした。




