その後
ダルーガ伯爵の件を片付けた私達は、遅れてバンダルガにやって来た議長様や、主に鉄道敷設予定地を治める議員たちと、今後の計画について話し合った。
そうして暫くの間バンダルガに滞在した私達は、学院の長期休暇が終わって新年度が始まる前に、無事セーバへ帰還したのだった。
(ザパド領の問題も無事に片付いたようで、ほんとうによかった。もっとも、ソフィアさんの方はまだまだ大変そうだけど…)
ソフィアさんは内乱終結から暫くして、正式に“ザパド侯爵”の名を引き継ぎ、ザパド侯爵領の領主となった。
先代のあの“ザパド侯爵”は、公式には病気を理由に引退。
田舎に引き篭もり、事実上の“幽閉”というかたちで余生を送ることになったみたい。
もう、私とも顔を合わせる機会はないだろう。
ソフィアさんは移動前に一度だけ、領都でザパド侯爵と話す機会があったみたいだけど…
『正直、私の知っている父と違いすぎて…
薬の影響はもうないはずなんですけど、見た目もすっかり老け込んでしまっていて…
なんだか、父と話しているというよりも、亡くなった祖父と話しているような気分でした。
その、、すっかり丸くなったというか…
事件のことについても少し話しましたけど、父自身一体どこからが本来の自分の気持ちだったのか分からないみたいで…
ただ、それでも自分がやった事に対する自覚はあるみたいで、アメリア公爵にも大変申し訳ないことをしたと謝っていました。
領地のことについても、自分の後始末をさせるようで申し訳ないけど、私の思った通りにやりなさいって言ってくれて…
正直、父のした事については今でも思うところはありますけど…
こうして話せるのもこれが最後って思うと、、やっぱり寂しいですね…』
今回のザパド領での一件について、王家が出した正式見解は“領地内のごたごた”。
実際には、他国の有力貴族と結託した外患誘致で、一歩間違えば王国の存続すら危うい事態になりかねない事件だったんだけど…
それを公にしちゃうと、ザパド侯爵家自体の存続も危うくなっちゃうんだよね。
反乱に加わったザパド領貴族の大半は処刑しなくちゃいけなくなるし、勿論ソフィアさんも連座で処刑になっちゃう。
未だ帝国の脅威は去っていないし、何より今後の大陸横断鉄道計画に、ザパド領の協力は不可欠だ。
代わりに私がザパド領を治めればって案も出たんだけどね…
勿論、却下しましたよ。
セーバの街と新たにできる鉄道の管理で手一杯だし、なによりそんな事をしたらせっかくできた友人が処刑されちゃうからね。
幸いというか、まぁ意図的なんだけど、今回の件に関して国軍は一切派兵されていない。
使ったのは、傭兵と実地訓練という名目の学生だけだ。
内乱のどさくさに紛れて大規模な盗賊団がセーバ領に入りこんだみたいだけど、盗賊の討伐と他領の内乱は関係無いしね。
で、領地内の騒乱は憂慮すべきものだが、最終的にはザパド侯爵家が自力で解決したのだから、王家としては内政干渉は行わない。乱に加担した者の処罰も、領主の権限で適切に行うようにってことで落ち着いた。
まだ若いソフィアさんが三候の地位を引き継ぐことについては、まだ早いのではって意見もあったらしいけど…
当のソフィアさん自身が兵を率いて内乱を収めたことと、比較的歳も近く実績持ちの私のバックアップを得られていることで、然程の反対はなかったらしい。
何より、ソフィアさんに対するザパド領内の支持率が凄いからね。
これでソフィアさんを処罰なんてしたら、本気で内乱が起きそうだもの…
民の多くはソフィアさんのことを救世主と讃えているし…
ダルーガ伯爵の薬から開放された貴族や街の有力者たちの恩義と忠誠心はマックスだし…
一応重い処罰は免れたものの、王家公認の領主権限でいつでも物理的に首をはねられるほどの弱みを握られたキルケ嬢についた貴族たちは、ソフィアさんの機嫌を損ねないよう戦々恐々としているし…
協力関係にあったダルーガ伯爵は処刑されたし、首謀者のキルケ嬢は戦闘の際の塔の崩落に巻き込まれて生死不明だし…
新しい領主だから、年若い領主だからと、ソフィアさんのことを侮る者は誰もいない。
今は落ち込んだザパド領経済再生に向けて、平民貴族一丸となって私の鉄道計画に協力してくれている。
一時は王都や他領に出ていってしまった商会も、続々と戻ってきているっていうし…
まぁ、何かと忙しそうなソフィアさんだけど、一時行方不明になっていた側近達も戻ってきてくれたみたいで、私としてもこれで一安心だ。
そう、戻ってきたと言えば…
去年は全くいなくなっていたザパド領貴族の子弟が、今年は学院に戻っている。
それに伴い、ザパド領貴族の空席枠を使っていた聴講生制度をどうするかって話になったんだけど…
結論としては、そのまま継続することになった。
減った貴族生徒の枠を埋める暫定措置ではなく、今後も毎年一定数を受け入れる正式採用枠でだ。
貴族の縁故を持たないただの平民を、貴族の学び舎たる学院に入れるのはどうかって話だったんだけど…
予想外のことに、王宮の官吏や王都軍の幹部が賛成票を投じたんだよね。
どうも今年採用した聴講生として学んできた平民たちが、思いの外使えたみたい。
それはそうだよねぇ…
彼らには来年も同じように学べる保証なんてないから、とにかく一年で学院卒業資格を取ってしまえるよう必死で勉強してたし…
おまけに、今回はザパド領の一件に実行部隊として関わって、現場で相当に鍛えられた。
元々夫々に社会経験があって、そこに貴族と同等の知識と技術、実戦経験が加わったんだから、それは即戦力でしょう。
最近色々と人手不足の王宮や軍部にとって、貴族を雇うよりも予算に優しく即戦力にもなる“聴講生枠”は、非常に魅力的に映ったらしい。
そんな訳で、今は増えた生徒数に対応するために、教員や施設の増強が急ピッチで進められている。
増えたと言えば…
魔法魔道具研究会のメンバーも、最近かなり増えているらしい。
あまり関知してないから、よく分からないけどね…
最初の2年間で、私の特別講義はほぼ終了しているから。
今年度はまだサラ様やレジーナもいるけど、来年度には皆がいなくなる。
そうなっても困らないように、私や初期メンバーが残した講義録や訓練メニューはしっかり残されていて、私達の卒業後はそれが後輩へと引き継がれていくことになる。
それでも、私達初期メンバーがいなくなったこの研究会に、新たに入会するメリットはあるのかって話なんだけど…
実は、去年のソフィアさんのセーバリア学園への留学に加えて、今年新たに2人の学院卒業生がセーバリア学園の中級クラスに編入を果たした。
魔法魔道具研究会OBであるディアナさんとアルフ君だ。
事ここに至って、学院生徒の間に広まった共通認識…
領民以外の者に対して非常にハードルの高いセーバリア学園への近道…
それは、魔法魔道具研究会に入って実績を残すことだと。
ちなみに、アニーさん、ディアナさん、アルフ君共同開発による新型の魔法無効化の魔道具、“安全装置”は、魔法や物理攻撃に対して従来のものとは比較にならない性能を発揮している。
実は、これは神殿の禁書庫で調べた累乗魔法が利用されていて、これを使えばサラ様の全力魔法でもきっちり打ち消してくれるという優れもの。
おかげで、私の太極拳効果で格段に魔力効率と出力が上がった現学院生参加の今年の闘技大会も、安全に行うことができた。
この“安全装置”は、軍事的に色々ヤバいこともあって、製法秘匿、セーバの独占販売にしてあるけど、勿論開発者の3人には特許料が入ってくる、んだけど…
アニーさん、ディアナさん、アルフ君の3人は、これを研究会全体の実績とし、特許料は部費として魔法魔道具研究会に入ってくるようにしたのだ。
これにより、安全装置開発の実績は、私やセーバの街の実績ではなく、モーシェブニ魔法学院の実績という印象が強まった。
これには、学院関係者も大喜びだ。
同時に、魔法魔道具研究会は単なる仲間内の同好会ではなく、この学院のエリート研究機関といった認識が一般的になる。
そして、そんな実績を残した2人のOBは、今や世界最先端の研究機関と目されるセーバリア学園への編入を果たした…
ただでさえ、ここ何年かの改革でこれからは学問の時代みたいな雰囲気ができてたから…
結果、もうすぐ私達は卒業するにも関わらず、魔法魔道具研究会への入会希望者は依然多いらしい。
まぁ、優秀な人材が育って、そのうちの何人かがセーバに来てくれるなら、こちらとしても文句はないけどね。
ともあれ、色々あった3年間の学院生活も後わずか。
卒業?すれば、私もこの国の一人前の貴族として正式に認められる。
もう私の魔力量云々でケチをつけてくる人もいないし、魔法王国貴族として立場も安定。経済的基盤もできた。
これで、晴れて自由の身だ!
そして、いよいよ念願の旅生活が始まるのだ!




