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【書籍発売中】転生幼女は教育したい! 〜前世の知識で、異世界の社会常識を変えることにしました〜  作者: Ryoko
第4章 アメリア、ダルーガ伯爵の野望を打砕く

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夢現ルーガ王国 〜キルケ視点〜

(キルケ視点)


 街中に溢れる歓声。

 街門は開かれ、ソフィア侯爵の率いる軍が、続々と街の大通りを進んでいく。

 裏切り者の住民たちの歓声の中に、「ソフィア」や「アメリア」の名が混じる…


 ド〜〜〜ン!!

 ドド〜〜〜ン!!!


 そんな忌々しい、下賤な者たちの声が悲鳴へと変わる。

 轟く大砲。

 建物の崩れ落ちる音と、人々の叫び声。

 悲鳴と怒声。

 大砲というものは発射時の衝撃も凄まじいらしく、その振動がこの部屋まで響いてくる。

 私は、その様子をお芝居でも見るように執務室の窓から眺めていたが…


 やがて、大砲の破壊音に混じって、悲鳴とは違うものが聞こえだす。

 聞き覚えのある声…


「第一軍は城壁の大砲を止めに向かいます! それ以外の兵は民の避難を最優先に!

 工兵は倒壊する建物の安全を確保! 必要なら壊しても構いません! とにかく人命を優先なさい!!」


 拡声の魔道具でも使っているのか、そんな声が妙によく聞こえてきた。

 それから(しばら)くして、今度は眼下の城壁が崩される音が響き渡る。

 大砲を設置した場所の城壁が、ソフィア軍の魔法攻撃で崩されていく。

 その破壊音に混じって、城に集まる貴族達の怒鳴り声やヒステリックな泣き声も聞こえてくるが…

 それらがこの塔の執務室までやってくる事はない。

 彼ら(貴族たち)の心は既に私から離れている…

 それでも、私の指示に従いこれまで籠城を続けてきたのは、ダルーガ伯爵の援軍への期待と、何より自ら敗北と破滅への引き金を引く勇気を持てなかったからに過ぎない。

 この情況で、態々(わざわざ)この塔の最上階まで指示を(あお)ぎにくる者などいない。

 街を囮にしての攻撃も、思ったほどの効果はなかったらしい。

 せめて、砲撃に浮足立つ敵軍に対して、ここがチャンスと城や街門から打って出る兵がいれば、情況も変わっていただろうに…


(もはやここまで、か…)


 私は己の死を覚悟する。


 ガタッ


 ふと、壁に備え付けられた書棚の方で、何かの音が聞こえた?

 見れば、動くはずのない重厚な書棚が少しずれている…?

 近づいて押してみれば隙間は簡単に広がり、書棚の裏には小さな扉が現れる。


(こんなところに隠し部屋が…)


 どうやら、先程からこの塔を揺らす振動で、仕掛けの金具が外れたらしい…

 大砲を撃ち出す際の衝撃と、その城壁に向かって撃ち込まれる敵軍の魔法攻撃で、この塔はずっと振動を続けている。

 外では、城を守る兵や貴族の騒ぎ声が段々と大きくなってきていて…

 ここに、敵兵が押し寄せて来るのも時間の問題か…

 逃げるなら今がチャンスだ。

 だが、今飛び出したとて逃げ切れる保証は無い。

 敵兵に見つかれば?

 いや、それどころか、味方の兵ですら今の情況では信用できない…

 ここは、下手に飛び出すよりも、一旦隠れて情況が落ち着くのを待った方がいい…

 このタイミングで見つかった隠し部屋は、正に先祖の導きに違いない!

 私は隠し部屋に飛び込むと、急いでその扉を固く閉ざした。


 照明の魔道具によって照らし出されたこの部屋は、それほど広くはない。

 簡素な机と椅子。

 僅かばかりの調度品。

 書棚。

 自分で淹れるためか、簡易な茶器なども用意されているけど…


(これは使えそうにないわね…)


 この200年、全く人の出入りがなかったと思われるこの部屋に、まともな茶葉などあるはずもない。

 改めて部屋を見渡した私は、そこで一冊の本に目を留めた。


(これは… 日記?)


 少し読み進めてみれば、それは200年前のルーガ王国の王が残したと思われる日記だった。

 公式のものではない。

 あくまで私的なもの。

 ルーガ王国最後の王が残した、生きた(あかし)



『…最近城下に出回っているという新たな野菜があるとか… 一度食べてみたいものだが、周囲の者達が頑として許可しない。

 あれは貧しい農民の食べ物だとか、まだ発見されたばかりで安全が確認されていないだとか…

 面倒だから、こっそり城下に降りて食して来た。

 あれは、なかなかに旨い!

 あれを活用すれば、地方の食糧難も解決できるかもしれない…云々』



『…今日我が国に新たな貴族が誕生した。彼は貧しい農民の生まれだが、痩せた土地でも育つ作物を見つけ出した功績により男爵位を与えられた。

 今まで農業には不向きとされていた荒れ地を人の住める土地に変えた彼の功績は大きい。

 貴族共の中には卑しい農民を貴族に迎えるなどと文句を言う輩もいるが、とんだ心得違いだ。

 貴族とは、国を富ませ民を豊かにする者。それを成した者が貴族と呼ばれるのは当然ではないか…云々』



『…最近、東の隣国で(たち)の悪い疫病が流行っているらしい。

 それに伴い、東の国境も不穏な動きを見せている。

 まだ国内に罹患者が出たという話は聞いていないが、決して油断はできない。

 念の為、東の国境には軍を派遣したが、予断を許さない情況だ…云々』


『…最早この流れは止められない。東から広がりだした疫病は、既に我が国の中央部まで達している。

 今日、東部国境に派遣していた将軍から手紙が届いた。

 兵の中にも罹患者が多く出ているため、疫病を王都に持ち込まない為にも軍の帰還は不可能と言ってきた。

 つまり、自分達を切り捨てろということだ!

 現状、王都への人の流れは抑えられているが、それもいつまでもつかは分からない。

 監視をすり抜けて、こっそり王都へ入り込んで来る民もゼロではないのだ…

 幸い、王都の東は切り立った崖に阻まれた天然の要塞。

 ここに高い壁を築けば、東からの人の流れを完全に遮断することはできる…

 できるが、それは私が王国の民を見捨てることだ!

 だが、このままでは王都の民の安全も守れない…云々』


『…本日、同盟国であるモーシェブニ魔法王国の国王も交え、正式に王都の東に防壁を築くことを決定した。

 魔法王国側も我が国の決断を尊重してくれており、ルーガ王国の防壁は我が国を守る壁にもなってくれるのだからと、今後の我が国への支援を約束してくれた。

 これで、王都以外の国土を失っても、王都の民が飢えるようなことはない。

 壁の建築に人員を派遣するとも言ってくれたが、それはお断りした。

 幕引きは、自分達の手でしたかったから…云々』


『…今日、ルーガ王国の歴史に幕が下りた。

 友人でもある魔法王国の国王は、このまま私に王を続けるよう言ってくれたが…

 国土を失い、交易もできず、ただ魔法王国に食わせてもらうだけの王に意味はない。

 クボーストが完全に魔法王国の一都市となれば、王都の民は魔法王国人として魔法王国の土地で農業や狩りに従事することもできる。

 希望すれば、魔法王国内の他所の土地に住むことも可能だ。

 これで、あいつ(魔法王国国王)が金喰い虫の居候を抱え込んだと貴族共に責められることもなくなるだろう。

 正直なところ、少し肩の荷が下りた。

 明日にはここ(クボースト)を離れて、私はザパド領の領都へと向かうことになる。

 私はクボーストの代官で構わないと言ったのだが、ザパド侯爵が恐れ多いと納得してくれなかった。

 領主になれば自主独立を求められ、クボースト以外の土地を自由に使わせてもらうわけにもいかなくなる。

 その点、ザパド侯爵領の一代官なら、クボーストの周辺の土地も同じザパド侯爵領であり、気兼ねなく使わせてもらえる。

 どうせ、当面はザパド領に全面的にお世話になるのだから、私は一代官の方が気楽でいい。

 そう考えたのだが…

 同化政策とか、外聞とか…

 まぁ、そういった事情で、私はザパド侯爵の娘と結婚し、次期ザパド領主になることに決まってしまった。

 未だ未婚のままだったのが良かったのか悪かったのか、微妙なところだが…

 ちなみに、我が妹は同じくザパド侯爵の息子と結婚し、クボーストの代官の妻としてここに残ることになった。

 妹は私と離れることになって少々不満そうだが、これは時間が解決してくれるだろう…

 国は、王は、民を守るために存在する。

 結局私は、ルーガ王国の多くの民を見捨て、残った王都の民すらも他人の手に委ねてしまった。

 民にとっての最善を選んだつもりだが、王の責務を果たせなかったことに違いは無い。

 ルーガ王国を滅ぼした王。

 それが私だ。

 残りの人生はクボーストの民を快く受け入れてくれた魔法王国、そしてザパド領の発展のために尽くすつもりだが…

 いずれにしても、ここの隠し部屋でこの日記を書くのもこれが最後だろう。

 願わくは、滅びし王国の民に幸多からんことを…云々』



 そこに書かれていたのは、生きた記録。

 歴史書にある単なる事実の羅列でも、誰かの意図によって書かれた脚色されたものでもなく…

 王族としてのきらびやかな生活も、物語にある策謀と裏切りに彩られた悲劇もなく…

 ただ純粋に民の幸せを願う国王と、可能な範囲でなんとか手助けしようとする隣国の(友人)とのやり取り。

 そして、ある意味円満とも言える王国の幕引き…

 魔法王国王家に裏切られた事実も無く、ルーガ王家の血筋を見下す不敬な領主のはずのザパド侯爵家は、血筋的にはむしろルーガ王家の本家筋といえる存在だった…


(私は、なにをしていたのでしょう…)


 先祖が守ろうとしたクボーストの民を殺し、ルーガ王国を受け入れてくれたザパド領を混乱に陥れた…

 そして、今、ルーガ王国の正当な血筋であるソフィア侯爵は、このザパド領を、クボーストの民を救うため、必死に戦っている…


 気が付けば、この塔が随分揺れているのが分かる。

 きっと、もうもたない。


 国を裏切った私には、これが相応しい末路なのだろう…


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