幸運が舞い込んだ 〜ダルーガ伯爵視点〜
(ダルーガ伯爵視点)
何故こうなった!?
盤石であるはずの支配態勢は崩壊し、首輪をつけられていたはずの商人共が一斉に私に牙を剥いてきた…
どうやら、私の薬を解毒する魔道具を手に入れたらしい…
そんな魔道具、存在するはずがない!
…いや、一人だけ作れる者がいる。
アメリア公爵…
私と同じくカリオストロ伯爵の叡智を持つ彼女なら、解毒の魔道具を作れても不思議はない。
もしそうなら、この短期間でザパド領の支配を奪い返せたことにも説明がつく。
連邦の議会メンバーにしたように、薬で支配しているザパド領貴族を解毒して回ったのなら…
口惜しいが、負けを認めるしかあるまい。
ザパド領支配は失敗に終わり、連邦にも私の居場所はない。
唯一の希はゲイズがセーバの街の攻略に成功することだが…
今の情況を考えると、それもあまり期待はできんな…
こうなれば、研究資料を持って帝国に亡命するしかあるまい。
このような場合に備え、予め女帝殿には話をつけてある。
今までにも帝国には薬や魔石を融通してきたし、何よりあの女帝殿は知識の価値を知っている。
私の研究を手土産にすれば、帝国でもそれなりの地位を用意してもらえるだろう。
まずは急ぎバンダルガに戻り、研究資料を整理せねば…
念の為議長の追手を警戒しつつ、バンダルガへの道を急ぐ。
議会の事情聴取を振り切ってきたとはいえ、今の私は別に罪人というわけではない。
議会としても、今回の件を大っぴらにできない以上、表立った指名手配などできるはずもない。
私は特に咎め立てされることもなく、バンダルガに戻ることができた。
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「至急研究資料を取りまとめるのだ!
薬草の種子とサンプルも忘れるな!
この手紙を急ぎ帝国へ送れ!
事は急を要する。のんびりしていては、いつ議長の手が研究資料まで伸びてくるか分からんぞ!」
研究員たちが慌ただしく駆け回る中、屋敷の方に待機させていた秘書からの知らせが届く。
(ギルド長が来ている? セーバの街の件で至急話がしたいだと?)
今回の件が、もうバンダルガの商業ギルドに通達されたのか?
流石に早過ぎる…
いや、詳細は伏せた状態で私が商業ギルドを除名されたことだけを伝えてきたか?
たとえ商業ギルドを除名されたとて、私がこのダルーガ領の領主であることに違いはない。
焦ったギルド長が事情を聞きに来てもおかしくはないが…
だが、それなら“セーバの件”ではなく、“商業ギルド除名の件”でと言ってくるだろう。
もしや、今回の騒動にセーバの街が関係していることを、あのギルド長は知っているのか?
いずれにしても、一度話を聞いてみる必要はあるか…
そう考え、屋敷に戻った私がギルド長より聞かされた話は、私が待ち望んだものだった!
「では、今アメリア公爵は貴方のところで保護されていると?」
「はい、間違いありません。
アメリア公爵様と他に侍女1名、護衛2名は今現在、商業ギルドの簡易宿泊所の方に滞在しております」
ギルド長の話によると、アメリア公爵が数人の側近のみを連れてバンダルガを訪れたのが2日前。
連邦籍の商船を使っての、突然の来訪だったそうだ。
港からの知らせを受けてギルド長が入管を訪れた時、アメリア公爵は酷い状態だったという。
「アメリア公爵様の話によりますと、今現在魔法王国ザパド領は内戦状態だそうで、その戦火はセーバ領にも及んだそうです。
セーバ領にまで攻め込んできた敵軍は、幸いセーバの自警団が撃退したそうなのですが…
どうもその時に逃げおおせた部隊があったようで…
無事敵軍を撃退できて気が緩んでいたのでしょう。
密かにセーバの街に侵入した敵部隊が使った毒煙で、街は大混乱に陥ったそうです。
碌な反撃もできぬままセーバの街の自警団も崩壊し、アメリア公爵様は身近な側近のみを連れて何とか港に停泊中の連邦の商船に逃げ延びたそうです。
事情を話し、取る物も取り敢えず連邦に向かったそうですが…
アメリア公爵様は初め、直接ポールブに向かうことを望んだそうですが、何分急な出港で十分な食糧もなく、やむを得ずバンダルガに立ち寄ることになったそうです」
それはそうだろう。
アメリア公爵にとってここは敵地。
とてもではないが、生きた心地がすまい。
「それで、何故その話を私のところに持ってきた?
アメリア公爵は、私との面会を望んでいるのか?」
そう問う私に、ギルド長は遠慮がちに言う。
「いえ、その、実を申せば、アメリア公爵様は今回のご滞在の件は、決してダルーガ伯爵様には伝えないようにと…
ですが、これはバンダルガにとって千載一遇のチャンスなのです!
詳しくは存じませんが、ダルーガ伯爵様とアメリア公爵様の間には、何やら行き違いがあるように見受けられます。
そのせいで、今現在セーバの街との交易は全てポールブに独占されている状態です。
何とか誤解を解こうにも、本来であればその仲介役となるはずのセーバの街のギルド長はあのルドラです。
あの男のことですから、ダルーガ伯爵様や我がバンダルガ支部のことを、悪し様に言っているに違いありません。
そのような情況ですので、私どもとしましては、是非ともこの機会にダルーガ伯爵様とアメリア公爵様との誤解を解いておきたいのです」
まぁ、その気持ちは分かる。
私自身は然程気にしてはいないが、最近のバンダルガの税収は確かに落ち込んでいたからな…
だが、そんなものはセーバの街自体を奪ってしまえば、どうとでもなることだ。
実際、ギルド長の話を聞く限りでは、セーバの街を急襲した部隊というのは、ゲイズの部隊で間違いなかろう。
となれば、セーバの街の制圧は、半ば成功したということだ。
その辺り、この男はどう考えている?
セーバの街が何者かに落とされたのなら、今更アメリア公爵との関係を改善しても意味はなかろう?
そもそも、セーバの街の襲撃が私の仕業であると分かっているのか?
私の襲撃と知った上で、今後の交易を考えて両者の和解を望んでいる?
……いや。
「貴様、アメリア公爵を私に売るつもりだな?」
そう問いかける私に、ギルド長はニヤけた笑みを漏らす。
「そんな滅相もない。
ただ私は、ここで伯爵様とアメリア公爵様が仲を深めておけば、(伯爵様による)今後のセーバの街の復興もだいぶ楽になるのではと愚考したに過ぎません」
ここでアメリア公爵を押さえておけば、今後のセーバの街の統治もスムーズになるという訳か…
つまり、全てを承知の上で私に協力すると…
「ふっ、まぁいい。そういうことにしておくとしよう」
「アメリア公爵様にはこちらの準備が整い次第、迎賓館の方に移っていただく予定です。
…今日の午後には、商業ギルドから馬車で出発されるでしょう」
つまり、その時を狙えということか。
かつて壊滅させられた子飼いの人身売買組織では、魔力量の多い者が乗る馬車に催眠ガスを充満させ、馬車ごと連れ去るという手口がよく使われていた。
あの組織を潰した若造は、確か商業ギルドの所属だったはず。
つまり、あの組織が使っていた手口も、私がバックにいたことも、商業ギルド長であるこの男は全て承知しているということ…
まったく、喰えん男だ。
ギルド長との面談を終えた私は、早速手練の部下に指示を出し、アメリア公爵の拉致に向かわせるのだった。




