連邦最高議会 〜ダルーガ伯爵視点〜
(ダルーガ伯爵視点)
「…よって、この大陸横断鉄道によって連邦にもたらされる経済効果は……」
鉄道の完成式典の翌日。
ビャバール商業連邦の各所からやって来た有力領主、大商人といった議会メンバーが集まり、連邦最高議会が開かれた。
その席上で熱弁を振るうのは、連邦最高議長。
議題は勿論、モーシェブニ魔法王国のセーバの街から倭国の都キョウまでを繋ぐ、3カ国にまたがる大陸横断鉄道。
この鉄道が連邦にもたらす影響、経済効果は絶大で、初めてその詳細を聞かされた議会メンバー達は、みな一様に目の色を変えている。
鉄道の可能性に夢を馳せる者。
鉄道が通ることで自分の商売にどのような影響が出るのかを真剣に検討する者。
鉄道敷設のための予算をどうするかと思い悩む者。
その思い、思惑は夫々だが、アメリア公爵が提唱する大陸横断鉄道計画自体は、概ね好意的に受け止められている。
まぁ、当然だろう。
アメリア公爵が今までに開発してきた画期的な発明品の数々。
昨日自分達の目で実際に確認した列車の威容。
そして、今連邦議長の口から語られている鉄道を基礎とした事業計画。
そのどれもが魅力的で、少なくともここに集まる商人の中で、その価値に気付けない者など一人としていはしないだろう。
鉄道だけではない。
今までは噂の域を出なかった通信設備。
また、それらを活用した銀行業。
いずれも、これまでの商売の在り方を根本的に変えてしまう破壊力を持っている…
改めて議長の口から語られるセーバの街の未知の技術の数々に… 私の腸が煮えくり返る!
この議会の直前に、部下からもたらされた知らせ…
『キルケ様より救援要請が届いております! クボーストは現在、ソフィア侯爵の率いる軍に囲まれ、籠城を余儀なくされており、至急応援の兵を求むと…』
聞けば、ザパド侯爵の娘に率いられた兵により、領都ザパドを含む大半の街は既に制圧されたらしい。
私がバンダルガを発ってからまだ一月ほどしか経っていないというのに!?
一体、何をやっているのだ!?
恐らく、このタイミングで開かれた今回の連邦議会自体が、私の目をザパド領から逸らすための陽動だったのだろう。
それでも、あれほど手を貸してやったザパド領制圧を、わずか1ヶ月程度も維持できんとは…
王家の血筋などと息巻いても、所詮はただの小娘だったか…
幸い、ゲイズに任せたセーバ制圧軍は、既にセーバの街へ向けて進軍を開始している。
あの男には、あくまで最優先目標はセーバの街の制圧であると伝えてある。
あの娘からの救援要請を受け取れば、ゲイズなら間違いなくクボーストを囮にしてセーバの街を攻めるだろう…
だが、未だゲイズからセーバの街を制圧したとの連絡は届いていない…
流石にあれだけの装備を持たせた我が軍が負けるとは思えんが、相手も周到に防備を整えている可能性は高い。
これまでの流れを考えれば、議長やアメリア公爵もある程度こちらの動きを把握した上で仕掛けてきているのは間違いない。
(セーバの街の攻略には、時間がかかるかもしれんな…)
ここはやはり、一旦鉄道計画に異を唱え、時間を稼ぐか…
そうしている間にゲイズがセーバの街を制圧できれば良し。
それで、もし万が一ゲイズが失敗するようなら、渋々鉄道計画に同意しつつ技術の開示を求める方向に議会を誘導する…
「…では、アメリア公爵の提唱する大陸横断鉄道計画に賛成の者は挙手を!」
議長の説明や一通りの質疑応答が終わり、採決が取られる。
主に議長派の議員達が次々に賛成の挙手をするなか、私はじっと周囲を見渡す。
幾人もの有力議員達が、じっと私の動向を見つめている。
奴らは既に、私の傀儡だ。
私が手を挙げればそれに倣うし、私がこのままなら奴らも決して挙手はしないだろう。
たとえ己の利になると分かっていても、奴らは私の意向には決して逆らえない。
逆らえば、もう薬は手に入らない。
自分や、自分の身内が、薬の禁断症状で狂うと分かっていて、それでも目の前の利益を優先する馬鹿がいるはずもない。
「なっ!?」
一瞬視線の合った議員の一人が、こちらに不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりとその手を上に挙げた!?
(馬鹿な!?)
プライドを優先させるとでも言うつもりか!?
私に逆らって、無事でいられるとでも思っているのか!?
予想外の裏切りに動揺する私の前で、更に不可解なことが起こる。
それに続くかのように、次々と傀儡であるはずの議員達の手が挙がっていく…
遂には、私以外の全ての議員の右手が、議会を埋め尽くした。
「そんな… 馬鹿な…」
呆然とする私を無視して、議長が大陸横断鉄道計画へのビャバール商業連邦の正式参加を宣言する…
「ふ、ふざけるな! 私を敵にして、ただで済むと思っているのか!?
私に逆らえば、金輪際(薬の)取引はせんぞ!!」
訳が分からない!
想定外の展開に頭に血が登り、思わず立ち上がって怒鳴る私に、議長が冷ややかな目を向ける。
「ダルーガ伯爵、ここに集まる議員はみな、もう貴殿の薬は必要ないそうだ」
そう言い放つ連邦議長の言葉と共に、殺気すら感じさせる複数の視線が突き刺さる。
「貴殿が密かに、有害な薬によってここにいる複数の議員に無理矢理言うことを聞かせていたことは調べがついている。
あぁ、たとえ強い中毒性があるとはいえ、今現在それを違法とする法が無い以上、その扱いは酒と同じだ。
欲しがるから売っただけという貴殿の主張は理解しておるよ。
だから、この件をもって貴殿を処罰することは勿論できん。
だが! 貴殿をこのままビャバール商業連邦最高議会議員の一員として認めるかは、別の話だ。
今後、貴殿の薬を違法薬物として扱う法の制定は当然の事として、貴殿には連邦最高議会及び商業ギルドからの除名も覚悟してもらおう」
その日のうちに、私の2つの薬。使用者の意識を曖昧にする“夢見の薬”と、一定間隔で禁断症状を起こさせる“傀儡の薬”を取り締まる法が制定された。
私は最高議会議員の地位を失い、同時に商業ギルドからも除名された。
これで、少なくとも連邦での表立っての商売はできなくなった…
それだけでなく、今後は私がただあの薬を作るだけで、奴らは私を罪人として処刑できることになる。
これでは、研究資金の確保はおろか、自由な研究すらできなくなってしまう!?
潮時か…
私は軟禁状態の屋敷を抜け出し、密かにダルーガ領への道を急いだ。




