買う奴が悪い?〜ダルーガ伯爵視点〜
(ダルーガ伯爵視点)
ゴト、ゴト、ゴト、…
巨大な金属の塊が、ゆっくりと真新しい駅舎に入ってくる。
重厚でありながらしなやかで美しい造形。
見るものに畏怖の念さえ起こさせるこの佇まい。
これほどのものが魔石のみで動いていると聞かされ、一体誰がそれを信じるというのか。
魔石は魔力の出力が弱く、魔石を使った魔道具には生活魔法の代わり以上のことはできない、というのがこの世界の常識のはず…
まさか、極小さな魔法しか再現できないはずの魔石を使って、巨大な船や列車を動かすことができるなどと、一体誰が考えると言うのか。
「素晴らしい!」
この未知の技術を前に、思わず声を漏らしてしまうのも、仕方のないことであろう…
ここは首都ラージタニー。
その郊外に新たに建てられた鉄道の駅舎。
倭国の都キョウと商業連邦の首都ラージタニーの間に引かれた我が国初の鉄道。
その完成式典、所謂鉄道のお披露目への招待状が突然届けられたのが、およそ一月前。
急遽集めた情報では、この鉄道自体が僅か1ヶ月程度で作られたという…
いくらなんでも、早過ぎだろう!
しかも、この鉄道はこれで完成ではなく、最終的にはキョウからセーバの街まで引かれる予定だという…
この計画がいつから始まり、どこまで進んでいるのかは知らないが…
この技術、是が非でも欲しい!!
セーバの街や連邦議長がどこまで今のザパド領の現状を把握しているのかは不明だが、いずれにせよザパド領の掌握はほぼ完了している。
セーバ領との領境に展開中の軍は、もういつでもセーバの街に向けて進軍が可能な状態だ。
このままセーバの街を制圧できれば…
この鉄道技術を含む、セーバの街の全ての知識が手に入る!
だが、もしあの娘が失敗するようなら…
その時は、鉄道を我が領に通すことを条件に、アメリア公爵に技術の開示を求めればよい。
魔法王国から連邦や倭国に鉄道を引くためには、必ず我が領を通る必要がある。
セーバの街が、鉄道による連邦や倭国との交易を考えているのであれば、私の意見を蔑ろにはできないはずだ。
まぁ、それも、キルケ嬢とゲイズが失敗した時の話だが。
アメリア公爵と議長の間でどのような話がされたのかは知らんが、セーバの街を制圧してしまえば関係無い。
仮に失敗したとしても、その時は全ての責任をキルケ嬢に押し付け、私は鉄道敷設の許可を交渉材料に、アメリア公爵に技術の開示を求めるだけだ。
まずは、議長の言う大陸横断鉄道計画そのものに難癖をつけ、計画実施を遅らせる。
その間にセーバの街の制圧が完了すれば良し。
もし失敗したとしても、初めから私が鉄道計画に反対していると分かれば、その後の交渉でアメリア公爵の譲歩も得やすいだろう。
議長は、最近目に見えて魔法王国との交易量が減っている我が領や内陸西部の領地が、この話に異議を唱えるとは思っていないのだろうが…
私にとっては、連邦の繁栄どころか、我がダルーガ領の繁栄すら些事に過ぎん。
どうせ、他領の権力者共への薬の販売だけで、十分な研究資金は確保できるのだ。
アメリア公爵の知識さえ手に入れば、金など後からどうとでもなる。
知識の本当の価値を知らん商人共は、精々目の前の利益に右往左往していればよいのだ。
このままセーバの街の制圧が成功した場合と、うまくいかなかった場合…
両方の可能性を考慮しつつ、今後の動きについて検討していく。
少なくとも、議長から連邦初の鉄道のお披露目と連邦最高議会開催の連絡を受けた一月前の段階では、計画は順調に進んでいた。
だとすれば、今回の招集とザパド領の事は、無関係とみてよいだろう…
アメリア公爵と議長は、今のザパド領の現状をよく知らないまま、大陸横断鉄道の計画を立てた可能性が高い。
いや、多少は知っていたからこそ、私に隠れて話を進めたのか…
このままダルーガ領とザパド領の結びつきが強くなるのを危惧して、“大陸横断鉄道”という国家規模でのプロジェクトを立ち上げることで、議長が連邦代表という立場で我が領やザパド領に干渉できる口実を作ろうとしたか…
商業連邦は、その建国理念として各領主、各商人の自由な商取引を尊重する。
他者、他国への直接攻撃は市場と顧客を失う行為として厳しく制限されるが、それが商取引であれば大抵のことは許される。
別に他国に大砲を売ろうが兵士を貸そうが、それをとやかく言われる筋合いはない。
大砲が駄目だと言うのなら、剣や槍も駄目だろう。
兵士と傭兵と何が違う?
“薬”にいたっては、そもそもこの世界に製薬という発想自体がないのだから、それを取り締まる規則などあるはずもない。
逆らう貴族を娼婦、男娼にしたのだって、それはザパド領内の問題で、私はただ客を紹介したに過ぎん。
体を提供する貴族の事情も、生まれた子供の行き先も、私には関係のない話だ。
全ては領地経営に悩むキルケ嬢の求めに応じ、客の欲しがるものを提供したに過ぎん。
恐らく、明日の連邦議会ではザパド領の件についての追求もあるだろうが…
いくら議長辺りが喚こうが、どうということもあるまい…
連邦西部の主だった議員は、既に薬漬けにしてある。
特殊な製薬技術で作られる私の薬を、鑑定し理解できる者などいようはずもない。
つまり、一度使ってしまえば、一生解毒は不可能。
奴らは、死ぬまで定期的に私から薬を買い続けるしかない。
完全に、こちらの言いなりというわけだ。
薬についてもザパド領の件についても、明確に私を処断できるような法はなく、多数決による採決でも過半数の賛同は得られない。
あの議長のことだ。鉄道や、セーバの街と自分との関係を見せつけて、議会で事を有利に運ぼうという腹積もりだろうが…
鉄道も、セーバの街の知識も、誰にも渡すつもりはない。
外堀は既に埋められ、こちらはセーバの街の喉元に刃を突きつけているのだ。
今更議長が議会で何を喚こうが、無駄なのだよ。




