常識は、教育で決まる 〜サトリ視点〜
(サトリ視点)
「…では、それでお願いします。細かな担当地域の分担は、ヤタカさんとサトリさんの方で直接決めてもらって結構です。では、次に…」
ここは、セーバの街の領主の館、セーバ公爵邸。
私は今、花街の責任者として、出資者であるアメリア公爵様へ事業報告に来ている…ということになっている。
本当の目的は、ザパド領調査に向けての、セーバ首脳陣、倭国の諜報員との打ち合わせだ。
私を含めた傭兵ギルドのメンバーがこの街に到着したのが、今からおよそ1ヶ月前。
アメリア公爵様の船に半月ほど遅れてのこと。
それなのに、私達がこの街に着いた時には、既に花街の建物の大半は出来上がっていた…
(もし、ラージタニーなら、大手工房に依頼しても1年はかかる仕事だよ…)
石畳の通りに、立ち並ぶ妓楼や酒場…
ラージタニーでこちらが注文した通りの街が、既に出来上がっている!?
ラージタニーから魔鳥便でセーバに指示書を出し、細部は私達が来る前の半月で整えたという…
街の感じも悪くない。
基本はラージタニーの歓楽街を真似ているけど…
こちらの方がデザインが洗練されている。
下品でもなく、さりとて堅くもなく、細部に遊び心が見られる私好みの良い花街だ。
こんな花街を一月足らずで作り上げ、それをぽんとくれてしまうなんてねぇ…
この花街は、アメリア公爵お抱えの傭兵部隊の隠れ蓑。
確かにそうだけど、この花街自体が生み出す利益も、恐らく相当な額になるだろう。
それを、そのまま傭兵ギルドの運営資金に充てて構わないっていうんだから、豪気なものだ。
その上で、雇った諜報員や兵隊の給与はしっかり払うって言うんだから、こちらとしては文句のつけようがない…
思えば、ここは本当に変な街だ。
セーバの街に到着してからの1ヶ月…
当初の依頼であるザパド領の調査に入る前に、まずは本拠地となるセーバの街の調査を開始したのだけれど…
最初の頃は、緊張でおちおち眠れもしなかった…
正に、敵地のど真ん中での作戦行動中の気分だった…
セーバの街が、今最も注目される国際貿易都市で、各国の諜報員がしのぎを削る魔境だってのは聞いていたさ!?
それでも、それは世界経済の中心都市、ラージタニーも同じこと。
倭国や帝国、国内各領地の権力者たちが派遣した諜報員が跋扈する、情報戦の最前線!
そんな都市を、長年縄張りとして維持してきた傭兵ギルド本部…
そこで鍛えられてきた私にしてみれば、複数勢力が入り乱れる街など、別に珍しくもなんともない。
そう思っていたのに…
初めてアメリア公爵様に会った時、何この化け物って思ったよ。
だって、この私が相手の心を読めないなんて!
逆に、こちらが読まれそうになるなんて!
そんなことが、お祖母様以外にできるなんて、ふつう思わないでしょ!?
まぁ、あの時は突然のことで、私も少し冷静さを欠いていたのは認めるわよ!
後から考えれば…、まぁ、あの結果も理解はできるし…
アメリア公爵様の魔力は、魔法王国の貴族としては、あり得ないほどに少ない。
というか、私が普段接する妓楼の商人なんかと比べても、考えられないくらいに少ない。
その辺りの裏路地にいる浮浪児の方が、まだましと言ってもいいほどに…
そして、私の読心魔法は、自分の魔力を相手の魔力にぶつけて、その反発から相手の心を読み取る魔法。
相手の魔力が小さくなるほど、その反発も感じにくくなる。
宙を舞う鳥の羽をうまく捕まえることができないように、アメリア公爵様は私の指をすり抜けていってしまう。
それも、意図的に…
ふつうは、固まるのよ…
自分より巨大な魔力に触れられると、小さな魔力は怯えたように一か所に固まり、警戒したように動かなくなる。
だから、別に魔力の少ない者の心は探れない、なんて事は起きない、、ふつうは…
そうならないのは、余程訓練された所謂プロだけなんだけど…
強大な敵を前にしても、肩の力を抜き、自然体でいられる…
これを魔力レベルで可能にするのは、本能を意志の力と訓練で無理やり書き換えるに等しい。
それを可能にしたと思われる技術と訓練方法。
それが、太極拳!
……いや、これ、この街の朝の公園で、ふつうに(太極拳を)練習していた街の人達に聞いたのよねぇ…
直接教えるのはダメだけど、見るだけなら全然いいわよって…
なんでも、この街の学校、セーバリア学園では、魔法の基礎として割と早い段階から教えているみたいで…
魔法も使いやすくなるし、健康にもいいから、学園卒業後もこうして皆で練習しているんだって…
これ、セーバの秘匿技術じゃないの!!??
こちらが掴んでいる情報だと、この太極拳、気功法といった訓練方法が、セーバの街の住人の、非常識とも言える高度な魔力操作技術の根幹にあるのは間違いない。
私の読心魔法を躱したアメリア公爵様の魔力操作しかり。
通常なら完成に1年はかかる花街の建設を、僅か一月ほどで成し遂げてしまった、セーバの職人達の魔法技能しかり。
そんな秘匿技術が、こうも堂々と公開されているのを見ると、逆に疑いたくなってくる。
本当に、こんな体操がセーバ発展の鍵なのか? と…
こんな秘匿技術、一門の奥義のような技術が、当たり前に公開されていたら、皆が達人レベルになってしまうでしょう!?
そこで、ふと思い出す…
初めてセーバの街に来た時のこと…
『なに、この、街… 魔力が、漏れて、いない?
港の職員はおろか、屋台の店主、買い物帰りの主婦、見習いの子供たち…
完全ではない、完全ではないけど… 余分な魔力が、殆ど漏れていない!?』
あの時は、もしや私の魔力感知能力が弱っているのかと、本気で心配したわ…
でも、すぐに気がついた。
ふつうに感知できる者もたくさんいる。
旅人や商人風の男、冒険者…
他所から来たと思われる者たち。
つまり、魔力をうまく感知できないのは、この街の住人だけ…
あの時のことを考えると、今でも寒気がする…
私の中の常識では、あのように日常的に安定して魔力を抑えていられる者など、諜報員や戦闘職だけ。
本気で、敵の精鋭部隊に囲まれている気分だったわ…
『あぁ、この街は、常識(教育)がインフレぎみだから…』
後で、この状況に対して率直に尋ねた私に、アメリア公爵様は苦笑いでそう答えてた…
この街では、程度の差はあれ、住人の全員が魔法、戦闘、学問について、一定の教育を受けているという。
勿論、私が最初に感じたような、住人の全員が戦士、諜報員、なんて事実はない。
それでも、この街の住人がかなり高度な教育を受けているのは間違いない事実で…
もし、この街が攻められるようなことがあれば、恐らく住人全てが優秀な兵士に早変わりするだろう…
非常識なのは、領主様と側近の子達だけではない、ってこと…
急に自分が凡人になった気分よ…
ほんと、自信無くすわ…




