読み合い 〜サトリ視点〜
(サトリ視点)
上得意客のみが通されるお座敷で、客の愚痴や自慢話に心の内で今日も溜め息をつく。
この妓楼のお客で、上級妓女である私を酒の相手に呼べるだけあって、この客たちも一廉の商人には違いない。
でも、だからこそ、その自己主張の強さにうんざりする。
別に声を荒げるわけでも大声で怒鳴るわけでもない。
商人らしく、当たりは柔らかで、口もうまい。
一見品良く振る舞う様子に、騙される妓女も多いだろう。
それでも、もし目の前の客たちが纏う魔力を少しでも感じることができれば、そんな妓女たちも裸足で逃げ出すに違いない。
人一倍強い自己顕示欲に支配欲、色欲、こちらを妓女と見下す感情には、少なくない嗜虐趣味も見え隠れする。
今日の客は特に酷い…
その絡みつくような魔力の波長に悪酔いしそう…
内心でそんなことを思いつつ、これも情報収集、仕事の内と割り切り、代わり映えのしない話に適当な相槌を打つ。
「失礼いたします」
と、そこに大祖母様の側近がやって来て、私に耳打ちしてくる。
「(総帥がお呼びです)」
これは、良い流れかも…
客たちに形ばかりの挨拶を済ませ、私は大祖母様の執務室に向かう。
後ろで突然席を立った私に対する文句が聞こえるが、そんなことはどうでもいい。
今、大祖母様のところには、セーバの領主様が来ているはず。
アメリア公爵…まだ成人すらしていない少女でありながら、その名は遠く離れたこのラージタニーにおいてすら、知らぬ者はいないほどに有名だ。
ウィスキーやカフェラテは裕福な庶民の間でも、ちょっとした贅沢品として定着してきている。
食品の長期保存を可能とする冷蔵庫の魔道具は、この国の食文化そのものに多大な影響を与えている。
水道設備や給湯の魔道具が普及してから、幼子や年寄が体調を崩すこともなくなったという噂もある。
そもそも、今も続くこの一帯の好景気自体が、セーバの街との交易によるところが大きいのだから、民がセーバの街の領主様に注目するのも当然のことだ。
そうして伝えられるアメリア公爵の噂…
魔力の少ない者を見下す魔法王国の貴族でありながら、殆ど魔力を持たない娘。
辺境の村に追放されながら、自力でその村を発展させ、わずかな期間で世界有数の貿易都市を作り上げた手腕。
魔力や身分に関係なく民に教育を与え、数々の発明品を世に送り出し、今も民の生活向上に尽力して下さっている領主様…
正直、どこまでが本当かは分からない。
一般に伝わるアメリア公爵の功績が、噂通り全てアメリア公爵個人のものとは流石に思わないが…
それでも、現実にこれだけの結果を出している以上、少なくとも優秀な領主であることは間違いないだろう。
魔力の少ない可愛らしい少女が、魔力偏重の王国貴族に虐げられつつも孤軍奮闘。
街を作り、商売を成功させ、民の生活を豊かにする。
そんな物語に、民が興奮しないはずがない。
いや、正直に言えば、私ですら興奮した…
願望を排し、常に事実を客観的に見定める立場の私が、つい事実であればと、期待してしまうほどに…
大祖母様の執務室にいた少女は、話に聞いた通り、ひと目で分かるほどに魔力の少ない容姿で…
でも、その色素の薄い透明で静謐な雰囲気は、どこまでも深く澄んだ水底を覗くような、得体の知れない怖さを感じさせた。
(魔力の波動を感じない…)
生き物が無意識に発散させている自分の魔力。
一般にはそれは雰囲気と呼ばれ、魔力の多い者、好戦的な者、意志の強い者などが纏う魔力は、それだけで人を威圧し、従わせる力を持つ。
それは人を率いる者にとって必要不可欠の要素で、戦闘にしろ交渉事にしろ、実力者同士のぶつかり合いでは、この纏う魔力の威が重要になる。
例外は、私達のような諜報や暗殺を生業とする者で、それ以外の者があそこまで完璧に纏う魔力を抑え込めるはずがない。
まさか、アメリア公爵のフリをした暗殺者?
それなら、大祖母様が気が付かない訳がない。
いくら魔力量が少なくとも、薄く弱くなるだけで、魔力自体は皆同じように滲み出るはず…
特別な訓練をした者でなければ…
「あら、もしかして、あなたがアメリア様? わたくしの想像通り、なんてお可愛らしいんでしょう!
あっ、はじめまして。わたくしはサトリと申します。
以後、お見知りおきを」
大祖母様が何も言わないことから、少なくともこちらに直接的な攻撃は無いと判断した私は、相手の虚を衝くように自然な流れでアメリア公爵の前に立つと、当然のように右手を差し出した。
私の掌にアメリア公爵の掌が触れた瞬間、私はそこに微弱な魔力を流し込む。
素人には、いや、玄人ですら殆ど判断できない極僅かな魔力。
身体に纏う魔力を探れないなら、体内の魔力を探ればいい。
細く研ぎ澄まされた魔力は、他者の魔力の侵入を拒む魔力障壁を指し貫き、相手の体内に侵入する。
侵入した私の魔力は、訓練により常時発動している読心魔法によって、目の前の少女の内面を丸裸にしていく…
…していく、はず…?
アメリア公爵の魔力を捉えられない!?
手応えが無い!?
押されたら押し返す、、これは人の本能で、他人の魔力が干渉してくれば、それを無意識に押し返そうとする魔力が働くはず。
私の読心魔法は、その反発を読み取って相手の魔力の質を判断する。
その反発が、無い…
確かに、私の魔力がアメリア公爵の魔力に触れているのは感じる。
でも、捕らえようとすればすり抜け、ぶつかろうとすれば受け流される。
まるで水のように柔軟で、捉えどころがなく変幻自在…
それどころか…
(えッ!? ちょっと!? 逆に読み取られてる!?)
自分も使っている魔術だから分かる。
この感覚は、読心魔法!?
いや、でも!? 読心魔法は一族の秘伝!
幼い修行時代ならともかく、もうこの歳になって自分の心を読み取られたことなんて!?
読心魔法で読み取れる情報の深度は、術者の技量で決まる。
表層的な感情や魔術特性から、果ては幼少期のコンプレックスやトラウマまで…
(この子、どこまで読めるの!?)
相手の技量が分からない以上、私の情報がどこまで読まれているかは分からない。
こちらも防戦はしてるし、別にやられっぱなしってわけでもない!
うまく受け流されてはいるけど、それでも収穫ゼロってわけでもない。
少なくとも、この子のことを信用してもいいと思える程度には、その人となりも読み取れている。
それでも、その情報と引き換えに、私の情報がどれだけ相手に伝わったかは分からない…
いつものような一方的な侵食ではなく、互いの陣地の奪い合い。
そんな状態がどれだけ続いたのか…
一瞬か、数秒か、数十秒か…
「そこまでだ!」
大祖母様の声に、ふと我に返った私とアメリア公爵の視線が合う…
ほんの一瞬、お互いに気まずそうな顔を浮かべ、私達は初対面の挨拶を終えた。
その後の話は順調に進み、私はアメリア公爵お抱えの諜報機関の長として、セーバの街への移動が決まった。




