一流バリスタへの道
クーフェさんへの指導は、昼夜を問わず続いた…
なんたって、一人の生徒に教師が2人だからね。
サマンサかレジーナのどちらか一方が私に付いていても、もう片方はクーフェさんの指導に当たれる訳で…
私が昼間お出かけしている間も、クーフェさんへの指導は止まらない。
えっ?
宿屋の通常業務?
掃除? ベッドメイキング? 帳簿の管理?
そんなの、サマンサやレジーナが手伝えば、あっという間ですよ。
で、空いた全ての時間を使って、クーフェさんへの指導は続いたと…
もう、女将さん、真っ白ですよ。
サマンサもレジーナも、給仕以外の宿屋の業務については手伝うだけで、クーフェさんのやり方に口は挟まないけど…
横で見ていれば、実力の差は明らかだからねぇ…
仮にも宿屋の娘としてやってきた女将さんのプライドはぼろぼろだ。
それでも、意固地になったり逆ギレしたりせず、素直に教えを乞う姿勢は高評価。
教えていて一番困るのは、物覚えの悪い生徒ではない。
自分のやり方を変えようとしない頑固な生徒だからね。
人間、素直が一番!(教える側的には…)
そんな素直な生徒には、もう一つ教えてあげましょう。
「クーフェさん、カフェラテ淹れてみてもらえますか?
あと、淹れるところも見せて下さい」
いつもの注文とは違う私の要望に、少し緊張しつつも了承してくれるクーフェさん。
コーヒーミルの魔道具で豆を挽き、それをエスプレッソマシーンにセットしてエスプレッソを抽出。
ミルクをエスプレッソマシーンのスチーマーで泡立てつつ温め、それを抽出したエスプレッソに加える。
いつものカフェラテの完成だ。
ミルクと混ざり、薄い茶色になったコーヒーと、その上に乗ったモコモコした泡。
この街のカフェで出される、典型的な“カフェラテ”だけど…
「予想通りですけど… 不合格です。
コーヒーの味が薄すぎますし、ミルクも温め過ぎです。
クーフェさん、セーバ産のエスプレッソマシーンには専用のコーヒーミルがあったと思うんですけど、そちらは購入しなかったんですか?」
「えっ? えぇと、、ミルはここを始める前から使っているものがあったから…
セーバ産の専用ミルは高かったし、わざわざ買い換えなくてもいいかなって…」
この世界のコーヒーミルは、有機物を加工する木魔法を魔石に記憶させた魔道具で、前世のミルのように挽き方の調整機能なんて付いていない。
だから、魔道具職人が最初にイメージし、魔石に記憶させた挽き方にしかならないんだよね。
コーヒーによって豆の挽き方を変えるなんてところまで、この世界のコーヒー文化は発展していないし…
豆の品種や産地によって焙煎の仕方を変えるなんてこともないし、当然焙煎の深さによって豆の挽き方を変えるなんて発想もない。
一部の魔法の得意なコーヒー通は、ミルの魔道具を使わずに、魔法を直接使って自分好みに挽くらしいけど、それは料理人の技術で、誰でも簡単にできる訳ではないからね。
そもそもの話、私の前世知識で作ったエスプレッソマシーンが、オーバーテクノロジー過ぎるのだ。
そして、そんな前世でも、コーヒーミルの重要性を理解している人は少なかった…
知り合いのコーヒー屋さんは、もし予算が限られているなら、エスプレッソマシーンよりもミルの方にお金をかけるべきだと言っていた。
そんな重要なものだから、セーバ産の専用ミルは、きっちりとエスプレッソマシーン用に調整されているんだよね。
私はクーフェさんにコーヒー豆を持ってきてもらい、それに木魔法をかける。
「これが、エスプレッソ用の豆の挽き方です。
違いは分かりますか?」
「……すごく細かいのねぇ」
「はい、飲み比べてみると分かりますけど、舌ざわりも味の濃さも全然違います」
私手ずから魔法で極細挽きに挽いた豆をマシーンにセットして、エスプレッソを淹れる。
「にがぁ〜」
一口含んで顔をしかめるクーフェさん。
「……こんなに苦いの、ふつう飲めないよ。
エスプレッソマシーンは魔法王国で開発されたものだし、アミーちゃんが言うならこっちが正式なのかもしれないけど…
正直、これなら今までのでいいかなぁって…」
まぁ、そうだよねぇ…
なかにはこの苦味が好きなんだっていう人もいるけど、私もクーフェさんと同意見だ。
というか、エスプレッソってそのまま飲むものじゃないし…
「クーフェさん、今度は砂糖を入れてみて下さい……いえ、もっと多めに」
改めて淹れ直した少量のエスプレッソに、今度は多めに砂糖を入れて飲んでもらう。
「えっ! おいしい!!
えっ? なにこれ? お菓子みたい!」
そう、これが本来のエスプレッソの飲み方。
少量のコーヒーに砂糖マシマシ。
ちびちび時間をかけて飲むのではなく、デザート感覚でさっと飲む。
ポールブに着いてから今まで、何軒かのカフェを廻ってみた結果。
エスプレッソマシーンの普及の割に、正しい使い方のされている店は意外と少なかった。
その典型なのが、クーフェさんの使い方。
従来の豆の挽き方で、ドリップでの淹れ方と大差無い濃さのコーヒーを出している店が大半だった。
確かにドリップよりも美味しくはなるんだけど、それでも製作者的には勿体無いって思っちゃうよね。
初めて飲む本来のエスプレッソの味に興奮するクーフェさんを落ち着かせ、次に出したのはカフェラテ。
「かわいい! えっ? でも、これ、いつ描いたの?
あれ? アミーちゃん、ふつうに作ってたよね??」
クーフェさんの前に出されたカフェラテ。
そこには、植物の模様が描かれていて…
まぁ、所謂“リーフ”ってやつだ。
ラテアートの中には、爪楊枝などでミルクを入れた後に改めて絵を描いていくものもあるけど。
今私が作ったリーフやハート等は、単純にミルクの注ぎ方で作り出すもの。
カウンターの中で作業していた私を遠目で見る限りでは、クーフェさんが淹れるカフェラテと、やっている手順は変わらないんだよね。
それなのに、出されたものは全くの別物で…
「とりえあず、飲んでみて下さい」
私に促されて、真剣な表情でカップに口をつけるクーフェさん。
「おいしい… ふつうのカフェラテよりもまろやかっていうか… とろっとした甘み?
わたしのカフェラテよりもコーヒーとミルクはしっかり混ざっている感じなのに…
飲んでも模様は崩れないし…??」
ラテアートのインパクトと比べて、味の方はエスプレッソほど劇的な違いがあるわけでもないからね。
その分、逆に自分の淹れるカフェラテとの微妙な違いが気になるみたい。。
「アミーちゃん、これ、特別なミルクとかじゃないわよねぇ?」
「はい、クーフェさんが使ったのと同じミルクですよ。
違いは、ミルクのスチームの仕方ですね。
ちょっと、やって見せましょうか」
そして始まったカフェラテ講習会。
「…豆は挽きたてのものを極細挽きで……」
「……タンピングは水平に…均等に圧をかけて…」
「……ミルク、温め過ぎです!……もっと撹拌させて…」
「…リーフは奥から手前に引いてきます……ハートは手前から奥に…押し込む感じで…」
……………
………
…
「うぅ〜〜〜、なんでミルクが混ざっちゃうの!!」
「クーフェは温め過ぎだ。ミルクが固まっている。撹拌もされていない」
給仕の訓練と並行して行ったコーヒー講習会。
あの後、料理人のご主人であるラントさんもやって来て、一緒に私のコーヒー講習会に参加していた。
で、流石は一流料理人と言うべきか、私の説明したカフェラテのコツをあっさりと理解し、その日のうちにハートとリーフのラテアートを完成させてしまった…
前世の私は、ネット動画と本での独学だったとはいえ、ミルクが表面に浮くようになるのに1年以上かかったっていうのに…
ポイントは適切なスチームミルクを作ることで、そこをクリアした後、ハートやリーフを作れるようになるのは意外と早かったけどね。
出来不出来は別として…
ちなみに、ハートとリーフだと、実はリーフの方が簡単だったりする。
いや、簡単というか、、リーフの方がごまかしがきく。
きれいなシンメトリーを作ろうとすると、どちらも同じなんだけど…
ハートと違って、リーフだと前後左右のばらつきが、そういうデザインぽく見えるんだよね。
特に、今現在この街でラテアートを描いたカフェラテを出す店は一軒も無いらしいから、誰も上手下手の判断なんてできないからね。
それっぽい感じになってさえいれば、それだけで十分集客に繋がると思う。
セーバの街でアメリア商会がやっているカフェは、どこもラテアートの描かれたカフェラテを出しているから、その噂はポールブにも広まっているらしいけど…
そもそも、どうやってカップの表面にミルクで絵を描くのか?
魔法なのか? 技術なのか?
特別なミルクや道具があるのか?
セーバから戻った商人が写し取ってきた図柄を見て、料理人やカフェの店主が頭を悩ませているのが現状なんだって…
そう言えば、前世でもそういうのに全く興味の無い友人は、お店で見たハートやリーフは、筆とかでケーキみたいに描いていると思っていたしね…
ふつうに知らなければ、あの絵がミルクの注ぎ方だけで描かれているとは逆に信じられないかもしれない…
実際、料理人のラントさんですら、初めて私がカフェラテを作って見せた時には、愕然としていたからね。
もっとも、分かってしまえばそこはプロ。
私が前世で苦労して覚えた特技も、あっさり真似されちゃったけど…
まぁ、ここの飲み物担当はクーフェさんだから、私が教えたカフェラテがお店で出されるのはもう少し先だけど…
今の感じなら、ラージタニーから戻って来る頃には、ここで美味しいカフェラテが飲めるようになっているんじゃないかなぁ…




