一流給仕への道
と、いうわけで、早速女将さん改クーフェさんへの特訓が始まった。
えっ?
明日からよろしくお願いしますって?
いや、いや、ダメでしょう!
思い立ったが吉日。
“明日から本気出す”は、やらない子の典型パターン。
こういうのは、気分が盛り上がっているうちに、少しでも始めてしまうのが大切だからね。
クーフェさんには初心にかえってもらって、猥雑な酒場ではなく、上品なカフェでの給仕の仕方を一から学んでもらいたい。
そして、早速始まったサマンサ&レジーナの最強タックによる一流給仕への道……。
「音を立てて食器を置いてはいけません! もっと丁寧に!
特に陶磁器の扱いには注意して下さい。
焼き物というのは、ちょっとした衝撃でも目に見えない小さなヒビが入るものです。
ですから、普段から高級な物に触れる機会の多い商人ほど、陶磁器の扱いには気を遣います。
そういう仕事のできる商人にとって、クーフェさんの給仕は、ストレス以外の何ものでもありません。
当然、そんな給仕をする店に、自分の大事な取引相手を連れて来ることはないでしょう。
それこそ、自分の商人としての質を疑われることになります」
とりあえず、やってみましょうということで、私達の座るテーブルに料理を運んできたクーフェさん。
あっ、実際に料理は載っていないよ。
あくまで練習だから、今はお皿だけ。
で、早速説教されてるね。
サマンサからのダメ出しに、今度は音を立てないよう恐る恐る皿をテーブルに置くと……。
「もっと自然な動作を心がけて下さい。
この食器はいかにも高級ですと、お客様に感じさせるのは美しくありません。
重いものは軽く、軽いものは重く、貴重なものほどさり気なく、ありふれたものほど丁寧に扱います」
ただ皿をテーブルに置く動作を、ひたすら繰り返すクーフェさんだけど……。
まぁ、難しいよねぇ……。
音をさせないように気をつけると動作が遅くなるし、自然に置こうとすると音がする。
それに、大切なのは皿を置く瞬間だけじゃない……。
「皿を置いた手を皿から離す時には、終わったやれやれではなく、もっとゆっくりと離します。
恋人と離れるのを惜しむように、名残惜しい気持ちで皿から手を離すのです」
「……?」
「レジーナ、やってみせなさい」
「はい、サマンサ様」
どうもサマンサの言う事がピンとこない様子のクーフェさんを見て、サマンサがレジーナにお手本を見せるように言う。
そして、レジーナが見せたのは、ただ一枚の皿をテーブルに置くだけの動作で……。
「……きれい」
それを真剣な目で見ていたクーフェさんの口から、思わず言葉が漏れる。
実際、レジーナの見せた何気ない動作は、注意してみればその凄さがよく分かる。
単なる置き方だけではない。
その姿勢や、肘、掌、指先の角度まで、全てが緻密に計算されたもので、改めて公爵家の侍女のレベルの高さを思い知らされるね。
いや、これはむしろ、倭国のレベルと言うべきか……。
私は偶に、サマンサやタキリさんに、茶道のお稽古をしてもらっている。
明治以降にできた新しいお点前や、現代的な発想についての知識はあるものの、ベースとなる技術については、私よりもサマンサやタキリさんの方が圧倒的だ。
なんたって、倭国皇家の茶道って、この世界の本家本元だからね。
茶人としても有名な井伊直弼が開祖で、その技術を本気で伝えてきた一族……。
まさに、家元!
私が趣味で習ってきた“なんちゃって茶道”とは、モノが違う。
倭国皇女であるタキリさんは勿論、たとえ分家筋とはいえ、同じイィの御技を継ぐ一族だったサマンサの技術も一流だ。
そして、その技術が、公爵家の侍女部隊にはきっちり叩き込まれている。
当然、レジーナにも……。
魔法王国でも、倭国人の所作の美しさは有名だったりするからね。
その本場(本家?)仕込みの所作は、公爵家はおろか、王家でも他国でも、どこに出しても十分通用するものだ。
「さぁ、やってみて下さい」
「む、無理ですゥ!」
サマンサの言葉に、思わず答えるクーフェさん。
まぁ、それも仕方がない。
私から見ても、レジーナの技術は相当なもの。
少なくとも、私にはできない。
ただ何となく見ただけなら、たんに「きれいだね」で済むだろうけど、今のクーフェさんは違う。
事前に自分でやってみて、それが如何に難しくて高度な技術かが分かっている。
今の自分と、要求されている水準を比較できたことで、その難易度が実感できちゃったんだろうね。
「別にレジーナ並になれとはいいません。
はっきり言えば、このカフェでそこまでの水準は必要ありません。
あくまで、目標とする程度で構わないのです。
それでも、一旦アミーお嬢様が指導をお引き受けした以上、途中で投げ出すことは許されません!
クーフェさんには、最低限の給仕ができるくらいには、頑張っていただきます」
サマンサとレジーナの有無を言わさぬ視線に貫かれ、クーフェさんは蒼い顔でぎこちなく頷いていた……合掌。
サマンサ教官の指導のネタ元は、利休百首という短歌形式の茶道の心得です。
カフェと見せて、実は久々の茶道ネタです。
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