入国
タキリさんの天鳥丸は、旅立っていった。
私達をポールブの役人に引き渡して……。
まぁ、別に警邏の役人に引き渡されたとかじゃないよ。
入国審査のためにやって来た役人にね。
元々ポールブ、というか、連邦に用があったのは私だけで、タキリさんの方に連邦に立ち寄る用は無いからね。
私達を降ろせば、“長居は無用”なんだって……。
『ここで正式にポールブに入港しちゃうと、セーバ〜倭国間無寄港航海が達成できないからね!
それに、往路のことを考えるとねぇ……。
このまま港に停泊すると、多分大変なことになるし……。
アメリアちゃんも目立つと困るでしょ?』
そう言って苦笑していたタキリさん。
いや、実際目立つんだよ! あの船……。
とにかく、大きいし!
一応マストはあるものの、帆は全て畳まれたままで……。
スクリューが作り出す波しぶきも派手だしね。
しかも、そんな船に倭国船籍の旗なんかがあると、もう一発で誰の乗る船か丸わかりらしい。
『いやぁ、この辺って倭国とも近いから、倭国と取引のある商人とかも多いんだよ。
それに、セーバに行く時にも注目浴びちゃったから……。
この街だと、技術者としての私も、国元での私も、どっちもそこそこ有名っていうか……』
ちょっと立ち寄るだけなら私達の目眩ましになるけど、逆に滞在が長引くと、一緒に来た私達まで注目されることになりかねないとか……。
そんな訳で、ポールブでの入国審査には、私、レジーナ、レオ君、サマンサ、それにサラ様の5人で臨むことに。
えっ? ルドラさんとアディさん?
2人は元々この国の人だから、私達のような入国審査の必要は無いよ。
そもそも、2人とは偶々船が同じになっただけで、初めから別行動だし。
まぁ、そういうことにしておいて、実際には首都ラージタニーで落ち合う予定なんだけどね。
いや、だって、ルドラさんも連邦では有名人、みたいだから。
元々ここポールブから北のラージタニー一帯は、ルドラさんのお父さんが直接治めている地域らしくて、今でもルドラさんの顔を覚えている人も多いんだって。
そんなルドラさんが、セーバから一緒にやって来た年若い女性を案内していれば、それをセーバの街の若い領主と結びつける人も少なくないだろうって……。
ここは確かにルドラさんのお父さんの勢力圏だけど、だからといってダルーガ伯爵の息のかかった者がいない訳ではない。
私の正体を知る者は、極力少ない方がいいだろうってことになって……。
で、今の私はただの平民。
魔法王国の王都で有名な、とある大商会の商会長の娘。
ただし、隠し子。
諸事情で、今は魔法王国から遠く離れた街、ラージタニーに住んでいるはずの母。
その母に会いに来た少女。
それが私だ。
ややこしい?
設定凝り過ぎ?
だってねぇ……。
私の見た目って、誰が見ても魔力低いの丸わかりだし……。
連邦では、それがいきなり差別に繋がるって訳では無いらしいけど、私の国籍は魔力至上主義で有名なモーシェブニ魔法王国だからね。
そんな国から少人数とはいえ、侍女や護衛を連れて一人でやって来た魔力底辺の娘。
すご〜く怪しいでしょう?
そんなの、噂に聞くセーバの街の領主くらいでは?ってなりかねない。
で、今回の設定。
魔力の低い使用人との間の子。
一応自分の娘でありながら、大っぴらにはできない故の中途半端な護衛。
王都から遠く離れた地に住む母親。
その母親に一人で会いに来た娘。
事情は察せられるが、あまり深くは突っ込めない雰囲気……。
うん、完璧だ。
そんな訳で、連邦最高議長との面談用とは別に、魔法王国王都にあるマシュー商会の娘という偽の身分証も用意してきた。
ちなみに、マシュー商会というのは、勿論実在する。
今でこそ貿易の中心がセーバに移り、それもあってフェルディさんのレボル商会と私のアメリア商会が有名になってるけど、それまでは魔法王国を代表する商会と言えばマシュー商会だったらしい。
だから、連邦でも“マシュー商会”の名は、そこそこ知られているという。
そんなマシュー商会も、一時はセーバの台頭で傾きかけたらしいけど……。
その経営を立て直し、今の商会の影の支配者として君臨しているのがアニーちゃん。
魔法学院の生徒で、魔法魔道具研究会のメンバーの一人だ。
そのアニーちゃんの全面協力で作り上げた設定に、国王陛下の裏書きがされた身分証だからね。
大商会と王妃様全面協力の身分詐称。
まずバレることはないだろう。
『もしバレたら、アメリア先生を父の養女にしてしまえば問題ありませんよ。
王家の協力もありますし、黒を白にする方法なんていくらでもあります。
あぁ、アメリア先生が私の姉妹になれば、レジーナ様も私のお姉様みたいなもの……云々』
(わざとバラすとか、しないよね?)
そんなこんなで、準備万端整えて臨んだ入国審査は問題無くクリア。
初めは少し怪訝な顔をしていた役人も、私の(嘘の)家庭事情を聞いて、納得と同情の目を向けていた。
この国では、魔力の有無で一方的に差別されるようなことはないからと、逆に慰められてしまった……。
どうも、魔法王国の行き過ぎた魔力至上主義は、連邦ではあまり良く思われていないらしい。
うん、やっぱり、もし魔法王国でトラブったら、他国に脱出しよう!
ちなみに、私以外の4人は、サラ様も含めて私の従者兼護衛ということで処理された。
サラ様については少し心配だったけど、少し剣の腕を披露したら、あっさり信用してくれていた。
どうも審査官が不審に思ったのは、護衛としては若過ぎるサラ様の年齢の方で、魔力量についてはあまり疑問に思わなかったみたい。
護衛の魔力が高いのは当たり前だし、見た目で判別できる魔力量はかなり大雑把だからね。
一定以上の魔力量になれば、ただ“強い魔力”と認識できるだけで、その違いなど分からない。
それに、魔法王国の人間は皆魔力が多いってのは有名だから、私のように魔力の少ない人間と比べて、サラ様の魔力量は然程不自然には映らないみたいだった。
まぁ、無事入国が認められて何よりだ。
ともあれ、これで晴れて入国!
入国手続きを終えた私達は、ゲートをくぐって港の一般地区へとその一歩を踏み出した。




