休暇?
各領地での通過儀礼を終えた3年生の学院への帰還で、本年度のモーシェブニ魔法学院の全課程は無事終了した。
通過儀礼に限っていえば、“無事”ってわけでもないけどね……。
今回の通過儀礼において、公式に発表された死者は3人。
キルケ嬢と、その取り巻きのザパド領貴族。
勝手に野営地を出ていった彼女達の消息は不明。
状況から考えて、帰る途中で魔物に喰われてしまったのだろうという判断で落ち着いた。
そして、それに対する学院やセーバ領、つまり、私やレジーナへのお咎めは一切無し!
事前の根回しも勿論あるけど、死亡した3人については完全に自業自得だからね。
命令無視に作戦放棄。
その証人は学生とはいえ、上位貴族数十人に王太子殿下まで含まれる。
文句など出ようはずもない。
身勝手なザパド領貴族に眉をひそめる者はいても、監督責任云々なんて言い出す者は誰もいない。
何より、自分の子供を失ったはずの領地の親たちが、誰も文句を言ってこない。
ただ通知を受け取っただけで、完全に沈黙している。
もう、こうなると、ザパド領の貴族はこの国から離反しようとしているって、そう思えてくるね。
今回死亡した3人は、公式には存在しないことになる。
でも、多分生きてると思うんだよね、あの3人。
少なくとも、キルケ嬢は生きていると思う。
で、今回の魔物襲撃事件の実行犯は、状況的に考えてキルケ嬢で間違いないだろう。
ただし、方法は不明。
野営地襲撃の後、レジーナも原因の調査は行ったらしい。
妙な魔道具はないか? 薬の痕跡は? 野営地の周辺に怪しい人影は?
“圏”や鑑定魔法も駆使して、可能な限りの調査はしたみたいだけど、結局原因は分からなかったって……。
今のところ、一番可能性が高いのが薬の類。
魔物を引き寄せる薬というのは聞いたことがないけど、魔物避けの薬というのは普通に存在する。
効果の範囲はそれほど広くないし、魔物が嫌がる匂いというだけで、目の前の魔物を退けられるほどの効果はない。
それでも、魔物が嫌がる薬があるのなら、その逆があっても不思議ではないからね。
ただ、それでも不自然なのが、その有効範囲。
オークやウルフ程度ならともかく、地竜なんて森の相当深いところじゃないと棲息していないはず。
持ち運べる程度の少量の薬で、そこまで匂いの成分が届くとも思えない。
匂いの成分は、拡散していくわけだからね。
大体、それほどの量の匂いの成分なら、レジーナの鑑定魔法で発見できなかったのもおかしい。
レジーナは、“気体”の概念も理解しているし、空気の組成に関する知識もある。
たとえ目に見えず、匂いを感じることができなくとも、それを鑑定魔法で認識することは可能だ。
空気中に不自然な匂いの成分があれば、レジーナなら見つけられる。
そう考えると……。
たとえば、細菌兵器とか?
空気に触れると急激に増殖して周囲に広がり、特定の魔物に影響を及ぼす。
ただし、その寿命は短く、1日程度で全て死滅してしまう、とか?
そんな薬が実在するとして、王都やセーバの街でそれを使われれば……。
すご〜く不味いことになる。
なるけど……。
でも、現実になってはいない。
今回の“敵”の狙いが、王家かセーバかは不明。
でも、そんな便利な薬があるなら、初めから王都かセーバの街で使えばいい。
そうしないってことは……つまり、“街”では使えないってことだ。
王都やセーバの街の郊外にだって、魔物の住む森はある。
勿論、数や強さは大森林とは比較にならないけど、魔物がいないってわけではない。
大森林と街中の違い……。
魔力かなぁ……。
魔力と反応して広がっていく類のものなら、土地の魔力濃度が桁外れの大森林で、あれだけの広範囲の魔物に影響を及ぼしたのにも納得がいく。
う〜ん、ただの仮説で希望的観測に過ぎないけど、状況的にみて今すぐ街に魔物が押し寄せて来る心配はないかなぁ……。
とりあえず、今後は、森の中や魔物の多い土地での行動には要注意だね。
ともあれ、今回の事件……。
ザパド領が競争相手のセーバを潰そうとか、王家に嫌がらせをしようとか、自分達の復権を目指してるとか、そういう話なら問題無い……いや、十分問題だけど。
でも、王家とかセーバとか関係無く、ザパド領が内乱や国からの独立を考えているとなると話が違う。
最悪、この国は、東の帝国と西のザパド領からの挟み撃ちに合うことになる。
今回の事件がキルケ嬢の、ザパド領の仕業として、それが私の予想通りなら、鉄道計画云々を抜きにしても、やはり早急に対処が必要だ。
そう考えると、むしろ今回の旅はグッドタイミング!
決して、私の“旅に出たい病”が悪化した結果ではない!
学院では、通過儀礼の終了と同時に3年生は卒業となり、1,2年生は3ヶ月の長期休暇に入る。
そして、私は旅に出る!
目的地は、ビャバール商業連邦の首都ラージタニー。
この世界に生まれて、初めての外国旅行!
いや、勿論遊びではないよ!
仕事だよ!
鉄道計画の打診とか、ザパド領内偵のための人材確保とか……。
そうは言っても、“旅”には違いないからね。
わくわくするのは仕方がない。
今回の旅の同行者は、いつものメンバー。
レジーナにレオ君、それに……サラ様。
流石に王女殿下が他国訪問なんて、大騒ぎになること確定!
それでは、私の自由な旅が!?
いや、いや、王女殿下をそのような危険な旅に連れて行く訳にはいかない!
そう言って反対したんだけどね……。
「非公式なお忍びの旅だから問題ありません。お母様の許可もいただきました」って……。
既に、根回しも済んでいるらしい。
一応、今回の旅にはサマンサと上級冒険者のアディさんも同行するし、多分大丈夫?
あっ、いや、元冒険者か……。
実は、アディさんにはこの度、正式にセーバの街の自警団の団長に就任してもらった。
冒険者アディさんへの依頼ではなく、正式雇用だ。
福利厚生は任せて欲しい!
ご主人であるセーバの街の商業ギルド長ルドラさん共々、末永くお付き合い願いたいものだ。
今回の旅、アディさんだけでなく、ルドラさんも同行することになっている。
実はルドラさん、商業連邦最高議長のご子息なんだって!
つまり、王子様?みたいなもの?
ただし、勘当された……。
詳しくは聞いてないけど、簡単に言うとこういうこと。
『なに!? 冒険者の女と結婚!? 許さん! 出ていけ!!』
まぁ、こんな感じらしい……。
その後、アディさんと結婚して移り住んだ港湾都市バンダルガで頭角を現すも、地元の権力者ダルーガ伯爵に目をつけられて閑職へ。
その後、なかば押し付けられるかたちで他国の辺境の田舎町、セーバにやって来たと……。
私にとっては、ルドラさんアディさんご夫妻がこの街に来てくれて大助かりだったけど、改めて聞くと大変だったんだろうなぁって……。
そんなルドラさんも、今では世界有数の貿易都市セーバの商業ギルド長。
その妻アディさんは、セーバの街の領主の信用も厚い領軍の最高責任者。
親子関係云々を抜きにしても、商業を基軸とするビャバール商業連邦最高議長としては、決して無視できる相手ではないらしい。
そんな経緯もあって、今回の旅にはルドラさんとアディさんにも同行してもらうことになった。
親子喧嘩とかにならないか心配だったんだけど、ルドラさん曰く、そういった心配は無用らしい。
『連邦議長は根っからの商人ですからね。
妻との結婚も、商人としての利が無いからと反対したに過ぎません。
アメリア様に重用されている今の妻の立場なら、あの男は反対などしませんよ』
そういう事らしい。
で、今回の会談では、ルドラさんに間に入ってもらうことになったって訳。
これで、非公式のこっそり訪問でも、こちらの身元を疑われることはないはずだ。
後は、途中までだけど、タキリさんも一緒に来ることになった。
というか、連邦まではタキリさんの船で送ってもらう予定。
本当は自分の船で行きたいところだけど、今回はお忍び旅行ということで諦めた。
別に、サラ様が同行するからって訳ではないよ。
最大の懸念は、ダルーガ伯爵。
どうもザパド領の協力者として、連邦の有力貴族ダルーガ伯爵の影が見え隠れする。
そう考えると、今回の私の連邦訪問を、ダルーガ伯爵の耳に入れるわけにはいかない。
もしザパド領とダルーガ伯爵が結託していた場合、状況次第ではダルーガ伯爵の排除も含めて、連邦議長と相談する必要があるからね。
最悪、我が国と商業連邦の関係悪化にまで発展するデリケートな問題だ。
できれば、非公式に処理したい。
そんな訳で、今回の旅ではセーバ船籍の船は使わず、タキリさんにこっそり乗せていってもらうことにした。
で、私達が連邦で用を済ませている間に、彼女は里帰り。
倭国で諸々の報告を済ませてくるんだって。
ついでに、私の大陸横断鉄道計画の打診もしてきてくれるって!
本当は私も一緒について行って、倭国観光もしたいんだけど、流石に両方だと日数的に難しい。
今回は連邦だけで勘弁しといてやろう。
余裕のない旅はつまらないからね。




