王家の血? 〜アリッサ視点〜
(アリッサ視点)
「ごきげんよう、アリッサ」
「ごきげんよう、ベラ様」
ここは、王宮の奥深くにある中庭。
そこにひっそりと佇む四阿が、ふたりのいつもの密会場所。
ここなら、周囲の目を気にする必要もない。
まぁ、そういう話をしたい時に呼ばれる場所、とも言うけど……。
もっとも、最近は私よりも娘の方がここの常連みたいだけど。
「で、どうしたの? アメリアじゃなく私と密会なんて、珍しいじゃない。
サラちゃんのことなら、私に言っても無駄よ」
「別にサラのことではないわ。用件は他のこと」
あれ?
てっきりサラちゃんのことだとばかり……。
いくらベラドンナ様でも、流石にあの歳の娘を他国に放り出すのは心配かと……。
そう思ったんだけど。
学院の年度替わりにある3ヶ月の長期休暇。
これを利用して、アメリアはビャバール商業連邦に行ってくるという。
ちょっと前までなら年単位の時間がかかると言われていた旅も、アメリアが作った羅針盤と魔動エンジン搭載の大型船なら、1ヶ月程度で往復が可能って……。
うちの娘って天才!!とか思ったけど、これは旦那のような親バカとは違う!
実際、あの子、天才だし……。
それこそ、生まれた時からあの子の非凡さは際立ってたしね。
サマンサの言う“ヒノモト”云々の話がどこまで本当かは知らない。
それでも、あの子の持つ知識や発想が、この世界のものとは明らかに異なるのは疑いようのない事実。
小さい頃から大賢者に連れられて、世界中を旅してきた私が言うんだから間違いない。
あんな知識や発想なんて、見たことも聞いたこともない。
これって本当に私の子供?とか、偶に思ったりする時もあるけど……。
まぁ、あの知識欲と旅好きの血は……大賢者の家系だろうね。
ともあれ、アメリアは私の理解の範疇を超えているから。
下手に口を出すよりも、黙って好きなことをさせる方がいいだろう。
それが、ディビッドとも話し合った我が家の教育方針だ。
今回の旅にしても、私や大賢者が言っても説得力が無いしね。
ディビッドはアメリアのいないところで大騒ぎしていたけど……。
まぁ、うちの事はいいい。
問題は、その旅にサラちゃんも同行するってところ。
あの子、一応私の姪にはなるわけだけど……王女殿下だよ!
セーバの街に来てからは私と会う機会も結構増えて、割と気さくな関係を築いてはいるけど……。
あの子、この国の王女様だから!
私もそれとなくは止めたんだよ。
外国は危ないんだよぉって……。
無駄だったけど……。
あの子の思いっきりの良さって、間違いなくベラ様の血だよね。
全然説得できる気がしなかった。
だから、説得は無理って初めに断ったんだけど。
どうも、別の話らしい。
そうかぁ、サラちゃんはいいのか……。
王家も、大概放任主義よね。
でも、他に、ベラ様が私にお願いするようなことって、あったっけ?
アメリア関係なら、直接交渉するはずだけど……。
「ねぇ、アリッサ、あなた、養女をとる気はない?」
「……はっ?」
えっ? 誰を?
サラ様を養女にってこと?
それって、意味あるの?
“養子”なら分かる。
将来サラちゃんを国王にして、ライアン殿下にセーバ領を継がせる。
アメリアの扱いが気になるところだけど、今のセーバの街の重要性を考えれば、公爵家ではなく王家の直轄地にしておきたいという気持ちも理解できる。
でも、女性王族のサラちゃんじゃあ意味無いよね?
女性王族は、他領に降ると王族ではなくなる。
それは、結婚でも養子縁組でも同じこと。
男性王族なら、例えばディビッドのように、公爵を名乗りながらも同時に王族としても認められる。
だけど、女性王族は違う。
一旦他領に降嫁してしまえば、後は他領の人間と見做される。
つまり、サラちゃんを養女に差し出す意味が、全く無いんだけど……?
「別に今すぐってわけでもないんだけど、レジーナを養女にすることは可能かしら?」
えっ?
レジーナ?
サラちゃんではなく?
あっ、なんだ、勘違いかぁ!
そうだよね、おかしいとは思ったんだ。
こいつ、何言ってるんだろうって……。
ん? でも、レジーナ?
レジーナって……アメリアの側近のレジーナよねぇ?
「なんで?」
「ライアンが気にしているからよ」
先日、セーバ領での通過儀礼から帰って来たライアン君。
その通過儀礼がどれだけ過酷なものだったか、どれほどの戦いだったかを誇らしげに語ってくれたそうだが……。
「その戦闘で、地竜を倒した時のレジーナが、どれほど凛々しく美しかったかって……。
本人に自覚は無いようだけど、学院時代にアリッサの話をするディビッド様にそっくりだったわ」
「あぁ〜」
殿下が大賢者の押し掛け弟子として我が家を訪れてから、結婚までのあれこれが走馬灯のように甦る。
「あの子、昔からディビッド様に憧れていて、将来はディビッド伯父上のような決断力、統率力のある国王になりたいとか言っていたけど……。
でも、タイプ的には陛下よりなのよ。
流石は親子とか思ってたんだけど……。
ライアンにも、ディビッド様と同じ“王家の血”が流れてたってことね」
笑い話のように言ってるけど、それって大丈夫なの?
「……それって、ライアン君が望めば、レジーナと結婚させてもいいってこと?
レジーナを公爵家の養女にって、そういうことよね?」
「そうねぇ……。勿論、当人同士の気持ち次第だけど……。
ライアンがそれを望んで、レジーナが了承するなら、私は構わないと思っているわよ。
実際、あの子なら王妃も務まるわ。
ライアンより頼りになりそうだし、養女とはいえ公爵家とアメリアの後ろ盾がつくのなら、そうそう舐められないでしょうしね?」
「でも、魔力の問題は? あの子、平民の中でもかなり魔力量は少ない方よ?」
この国の貴族なら真っ先に問題にしそうな点なんだけど?
身分と魔力量。この2つには私もアメリアもかなり嫌な思いをしてきた。
レジーナには娘も世話になっている。
不幸な結婚はさせたくない。
高い魔力を持つ血統の維持。
これがこの国の身分制度の根底にある以上、周囲の反発は私の時以上だろう。
そんな私の心配を余所に……。
「多分、大丈夫よ。あなたの時とは時代が違うから」
この女は!
「私と年齢、変わらないよね!」
「まぁ、そうね。
でも、それって、あなたの娘のせいよ。
アメリアのせいで、この国の価値観は急激に変わりつつあるわ。
実際、ここ最近、あなたやアメリアが魔力云々で嫌なことを言われたこと、あった?」
「それは、ないけど……。
でも、それって、セーバの影響力のせいでしょう?」
「そうね。そして、今もっとも影響力を持つセーバの街は、魔力の少ない平民によって支えられている。
もう、ただ魔力量が多いというだけではやっていけない。
この国の貴族は、その事を理解し始めているわ。
これからの時代、どれだけ魔力が多いかより、どのように魔力を使えるかの方が重要になってくるってね。
大体、地竜を瞬殺できるような相手に、国を守る力は無いなんて言えるわけがないでしょう?」
確かにねぇ……。
実際、ここまで単なる魔力量だけに拘りを持つ国って、他に無いしね。
これから他国との関わりが増えていけば、魔力至上主義の価値観はどんどん廃れていくと思う。
あんまり、気にすることもないのかも……。
「まぁ、いいわ。
養女の件は、あくまでも本人次第ということで。
レジーナが望んで、それが必要なら、公爵家としては全然構わないわよ」
そうかぁ……。
レジーナもアメリアも、学院を卒業すれば、いつ結婚してもおかしくないものね……。
時代が違うかぁ……。
なんか、急に年取った気がしてきたわ。




