悩める王太子殿下 〜ライアン王太子視点〜
(ライアン王太子視点)
私はライアン。
この国の次期国王であり、今年度の通過儀礼におけるセーバ領派遣グループのリーダーをしている。
今は通過儀礼の目的地であるセーバの街へと向かう列車の中。
この通過儀礼を終えれば、私の3年間の学院生活も終わりとなる。
学院卒業後は、国王である父上の補佐をしつつ国王としての仕事を学び、いずれは三侯爵家の縁故の誰かを妻に迎えて王位を継ぐ事になるのだろう……。
国外では帝国の暗躍、国内ではアメリア……セーバ領の躍進と何かと不穏だが、次期国王としての私の役割は変わらない。
国内の貴族を上手くまとめつつ、この国と民を守る。
それだけだ……。
元よりこの国の王太子として生まれた私に自由など無いことは、学院入学前から分かっていた。
学院での3年間は、それほど己の立場を気にすることもなく、同年代の友人達と気兼ねなく過ごせる唯一の時間なのだと……。
実際には、学院生活最後の1年間は、決して気の休まる時間ではなかったが……。
単位認定試験に闘技大会、王宮での訓練と、アメリアが王都に来てからのこの一年は、それまでの平和な学院生活とは程遠いものだった。
お陰で、最初の2年間の学院生活で取り戻しつつあった自信も、木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。
王宮で開かれた晩餐会で、それまでは格下と思っていたサラに実力を見せつけられ、信じていた魔術教師に失望し、その後も耳に入ってくるのはサラやアメリアに対する称賛ばかり……。
自分では決して自惚れているつもりはなかったが、アメリアやサラと比較される立場になって、自分が如何にアメリアやサラのことを見下し、自分は特別な存在だと思い込んでいたかが自覚できた。
ただ、そうして失いかけていた自信も、2年間の学院生活でだいぶ回復はしていたのだ。
アメリアやサラは確かに特別かもしれない。
でも、自分は次期国王として、決して劣っている訳ではない!
学院での私の評価は、客観的に見ても常にトップだった。
教師、生徒ともに、誰も私ほどの魔術の腕は無かったし、一般的に王族は不得手と言われる剣術においても、私は学院全体でも上位に位置していた。
皆が、私のことを流石は次期国王と褒めてくれた。
アメリアやサラが特別なだけで、他の貴族達と比べて私が劣っている訳では決して無い!
そんな私の張りぼてのプライドも、この一年ですっかり叩き潰されてしまったが……。
アメリアやサラだけではない。
レオナルド男爵にソフィア侯爵、それにレジーナ嬢……。
最近は、ユリウスとの模擬戦も負け越している。
全員が研究会のメンバーで、アメリア一派であることに違いはない。
それでも、身分も血筋も関係無く、これだけの人間に上を行かれて、王族である自分は特別などと、どうして考えられる!?
自分などは所詮、偶々国王の子供として生まれて来ただけの、魔力の多いだけの凡人に過ぎない……。
以前は、国王でありながら周囲の貴族やアメリアの顔色を伺う父上に反感を持ったりもしたが、今なら父上の行動も理解できる。
国王だとか人より魔力が多いだとか、ただそれだけでできることなど、高が知れていると……。
そんな中で、如何に周囲の貴族達をまとめ上げ、国の舵取りをしていくかが、国王に課せられた仕事なのだと……。
「レジーナ先生、この列車というのは本当に凄いですね。
速さや乗り心地も凄いですが、その動力が魔石のみというのが今でも信じられません!」
「そうですね。アメリア様は本当に素晴らしいです!
これをザパド領にも作ることができたら、民の生活も劇的に変わると思います。
このような偉業を成し遂げたアメリア様を認めないなんて……娘として本当に情けないです!」
楽しそうだな、ユリウス!
先程からソフィア嬢と並んでアメリア公爵を褒め称えている……。
お前は私の護衛騎士だろ!
そして、2人の相手をしているのはレジーナ嬢。
今回の通過儀礼における、セーバ領側の案内役であり現地責任者でもある。
この通過儀礼にアメリアは同行していない。
彼女は学院長で、本年度の通過儀礼全体を監督する立場であるため、不測の事態に備えて学院で待機している。
王太子である私が通過儀礼に参加している以上、本来であればセーバ領側の案内役はアメリア公爵かディビッド伯父上なのだが、彼女は学院長で伯父上はこの国の宰相だ。
どちらも、役目上王都を離れる訳にはいかない。
そこで、アメリアに代わって案内役を任されたのが、今ユリウスと話しているこの娘だ。
魔力の少ない平民でありながら、アメリアの側近であり、今は王宮でのアメリアの魔法指導の助手もしている。
国王である父上も参加している訓練でだ!
それがどれほどの事なのか、本当にこの娘は理解しているのだろうか?
母上もこの娘の事は気に入っているようで、訓練の合間に母上の方から声を掛けたりもしている。
たとえ平民であっても、王妃自ら声を掛ける人間に対して、表立っての批判などできる訳がない。
訓練に参加する一部の貴族が、その事で私に苦言を呈する事もあるが、逆に言えばその程度だ。
実際、彼女の指導は適切で、彼女の助言を真摯に受け止めた者と、平民の助言などと一笑に付した者で、最近は明らかな差ができてきている。
それに焦りを感じた者達が、何とかその差を埋めようと躍起になっているが、それでもレジーナ嬢の助言を素直に受け入れる事は難しいらしい……。
正直、彼らの気持ちは分かるのだ。
私自身、彼女の実力を素直に認められないのだから……。
思い出すのは今年の闘技大会の決勝戦。
突如私の前に現れた彼女は、ごく自然な動作で私の胸の薔薇を手に取り、とても戦闘中とは思えない優美な微笑みとともに、無慈悲に私から奪い取った薔薇を握りつぶしたのだ。
結果、放たれれば大事故に繋がったかもしれない私の火魔法は霧散し、私の敗北と引き換えに多くの民の命は救われた。
あの時の状況を後から改めて母上に聞かされた時には、冷や汗が止まらなかった……。
だから、周囲の貴族達が言うように、あの時のレジーナ嬢の手段が卑怯だったなどとは、勿論私は考えていない。
この娘には、正直助けられたと思っている。
だが、それでも、素直に彼女のことを認めることが私にはできない。
あの場面で誰にも気付かれず私から薔薇を奪えた事、王宮での訓練における適切な助言、私の側近候補で若手貴族の実力者でもあるユリウスのレジーナ嬢に対する態度……。
その全てが、彼女の実力を証明している。
それだけでなく、今回の通過儀礼におけるここまでの段取りも完璧だ。
上位貴族ばかりが参加するこのグループに対して、上手く引率の学院教師や護衛騎士と連携を取りながら、決して生徒の好き勝手を許すことなく、全体をまとめ上げている。
その差配は流石と言うしかなく、あのアメリア公爵の右腕というのも決して嘘ではないのだろう。
そう、理屈では分かっているのだ。
魔力量とか平民とか、そんなことは関係なく、彼女の実力は本物だと……。
あのサラやユリウスが、“先生”と呼ぶに値する実力だと……。
次期国王である私よりも、余程王らしい実力を備えているのだと!
だから、彼女を認められないというこの感情に、大した意味は無い。
悔しさ、嫉妬、負け惜しみ……。
魔力の高い者には人々を守る力があり、故に王とは至高の存在であるという自分の存在価値に対する不安……。
魔力の低い平民である彼女を認めることは、魔力の高い者こそが民を率いるべきという国王の正当性を否定することだから……。
「……レジーナ先生のご指導のお陰で、最近は私もだいぶマシになってきたのではと感じてますから、今回の大森林での魔獣討伐はとても楽しみです」
「訓練と実戦は別物です。
それに、ユリウス様には殿下の護衛騎士としての役割も期待されているのですから、そこを忘れるべきではないのでは?」
「はい! 留意いたします!」
ユリウスは本当に楽しそうだなッ!
私がこれ程悩んでいるというのに……。
こいつはサラの研究会に入ってから、だいぶ性格が変わったと思う。
以前はもっと理屈っぽくて、私の方がユリウスは難しく考え過ぎだと苦笑する役割だったのに……。
最近のユリウスは、何か憑き物が落ちたみたいに楽しそうにしている。
羨ましい限りだ。
私だって、できればサラが作った研究会に入りたかったのに……。
王太子である私が特定のクラブやサークルに加入することは、禁じられている。
私が研究会に加入することは、たとえクラブ内の事とはいえ、次期国王の上位に他の生徒を置くことになるのだから……。
教師ならともかく、同じ生徒同士でそれは許されない。
それがたとえ同じ王族のサラであったとしても……。
もういっそ、サラが王になればいいと思う。
昔はともかく、今はサラの方が明らかに実力は上なのだから……。
(そうすれば、私も目の前の3人の中に入っていられたのに……)
凄いスピードで流れ去る車窓の景色を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていた……。




