修学旅行?の打ち合わせ
講義と研究の日々。
おお! なんか学生っぽい!
ちゃんと学院に通っているって感じだね。
“学生”ではなくて、“学院長”だけど……。
そして、最近は恒例となった、王宮での訓練後の王妃様とのお茶会。
今日の話題は、来月に迫った通過儀礼……修学旅行?、卒業旅行?について。
「では、ソフィアさんはそのままセーバの街に残すのね?」
「はい、そのつもりです。
通過儀礼が終わって王都に戻れば、その時点で正式に学院は卒業ですから……。
一旦学院を卒業して正式な貴族になってしまえば、ザパド侯爵の意見を無視はできませんし……」
「アメリアとソフィアさんが納得しているならいいわ。
こちらにとっても、悪い話ではないもの。
国の意向としては、今回のソフィアさんの件を特例とはしないで、継続して学院の卒業生を受け入れてもらえると嬉しいのだけれど……」
王妃様からの圧をひしひしと感じるね。
ソフィアさんの例を突破口に、今後も継続して他領の貴族をセーバリア学園で受け入れてもらいたいって……。
実は、ソフィアさんには王都の学院での3年間の修学の後、そのままセーバリア学園で継続して学んでもらうことになっている。
今後予想される魔法や魔道具の高度化。
複雑化する他国との関係。
そういった状況を踏まえれば、現状の3年間の貴族教育だけでは、今後は不十分になっていくのでは?
そこで、魔法学院で優秀な成績を修めた生徒に、世界的な魔法研究の権威でもある大賢者が学園長を務めるセーバリア学園で、引き続きより高度な学問を学ばせてはどうか?
そのテストケースとして、セーバ領出身者以外で大変優秀な成績を修めたソフィア嬢には、今しばらくセーバの街で継続して学業を続けてもらう事とする。
これは王家からの正式な依頼であり、これに従うのは我が国の貴族として当然の義務である。
と、まぁ、ザパド侯爵が娘を領地に戻せと言ってきた場合の言い訳は、大体こんな感じの予定。
勿論それは建前で、実際は次期ザパド領主に据えたいソフィアさんの保護が目的だ。
正直、今のザパド領には、とてもソフィアさんを返せないからね。
貴族の義務教育期間内の学生は、王家と学院の預かりで、たとえ親であっても学院の許可無く勝手に学業を中断させることなどできない。
王家からの正式な要請で、学費もこちらで出すというのだから尚更だ。
たとえ義務教育期間が伸びたとしても、義務教育期間内である以上、親の勝手は許されないって理屈。
いや、はっきり言って屁理屈なんだけど……。
こんなの、本来なら他の貴族達からも非難轟々だ。
一歩間違えれば、親の意向を無視して子供を掻っ攫うのと同じだからね。
でも、王妃様曰く、今回は大丈夫らしい……。
なぜなら、セーバリア学園で学びたいと考えている貴族は、相当数いるから。
彼らにしても、今回のソフィアさんの進学が突破口となって、他領の貴族の入学も受け入れる流れができればって考えている訳で……。
それを敢えて邪魔しようとは、誰もしないそうだ。
可能性があるのは、ザパド侯爵だけだって……。
なんか、私が言い出した事とはいえ、このまま王妃様にゴリ押しされそうな予感……。
ただ、これも現段階では未発表で、ザパド侯爵や周囲の貴族へは事後報告の予定。
途中で邪魔されても困るからね。
「では、ソフィアさんは帰りの列車には乗せず、通過儀礼を継続するかたちで、そのままセーバの街に残ってもらう事にします」
「ええ、それでいいわ。ザパド侯爵には、後日王家から正式に通達します」
その辺は、王妃様にお任せで問題無いだろう。
問題は……。
「ところで王妃様、ライアン殿下の通過儀礼は、本当に“セーバ式”でいいのですか?
安全には配慮しますけど、大森林の魔物って、かなり強いですよ?」
「流石に死なないようにはして欲しいけど、万が一の事があってもアメリアを責めたりはしないわよ。
我が国の貴族の通過儀礼というのは、本来は命懸けのものなのだから。
それで命を落とすようなら、それはその程度だったという事でしょう」
王妃様、なかなかに厳しいね……。
通過儀礼、それは王都の学院での3年間を終了した貴族の生徒が、正式な貴族と認められるために最後に臨む試練。
卒業を間近に控えた3年生は、原則自分の出身領地以外の希望地に向かい、そこで与えられた課題をこなすことになる。
その内容は向かう領地によって異なるが、大抵は魔物や盗賊の討伐等。
ただ、それだけでは危険なので、最近は戦闘の代わりに農地開拓や、実務研修等をする場合もあるという。
そして、与えられた課題をクリアした者だけが、この国の貴族として正式に認められることになる。
昔は、この課題をクリアできず、貴族として認められなかったり、試練に失敗して命を落としたりも、当たり前にあったんだって……昔はね。
今はそれもすっかり形骸化しちゃってて、内容はぶっちゃけただの卒業旅行、贔屓目に言って修学旅行だ。
魔物討伐と言っても、それは限りなくレジャーに近い狩りとキャンプみたいなもの。
現地の使用人達によって整えられた野営地で、弱い魔獣を狩り、一晩泊まって帰ってくるって、それだけ……。
まぁ、それでも、普段よりは相当に質素な食事や、地面に布を敷いただけの寝床、風呂は勿論トイレも無い環境、そして森の暗闇と、特に王都育ちで他所を知らない生徒にとっては、それなりの訓練にはなるらしい……。
後は、初めて訪れた他領の街を見学したりして、王都に帰ってくれば通過儀礼は終了だ。
まんま林間学校+修学旅行なんだけど、最近は特にその傾向が強かったらしい。
原因は、またもザパド侯爵……。
通過儀礼でやって来た生徒達に対して、これでもかってサービスしたらしいよ。
魔物討伐とは名ばかりの、郊外の保養地を使っての狩猟大会。
商業都市での実務研修、社会見学という名目での観光やショッピング。
もう、そのまま卒業旅行。
そんなだから、研修先にザパド領を希望する生徒が殆どで、結果優先順位の高い上位貴族の大半がザパド領に向かうことになったんだって……。
人脈作りや自領の影響力アップって意味では、なかなかに有効な手段だと思う。
本来の目的を、完全に無視してるけどね。
ただ、一昨年からはそれもなくなっている。
ザパド領の政情が不安定なため、現状、通過儀礼の研修地からザパド領は外されているからね。
で、ザパド領の代わりに、今年からセーバ領が研修地の一つに加えられることになった。
結果、希望者殺到……。
まぁ、これは仕方が無い。
今話題のセーバの街というだけでなく、移動はなんと鉄道!
実は、上位貴族が列車に乗れる機会は、それほど多くは無い。
頻繁に仕事で国内を移動する貴族はともかく、普通の貴族が遠方に移動するとなれば、立場的にも身一つとうわけにはいかないらしい。
護衛や従者は勿論、身の回りの世話をする侍女や料理人まで連れて行く必要があるんだって……。
参勤交代の大名みたいなものかなぁ……。
貴族の旅では、何台もの馬車を仕立てて向かうのが普通で、どこぞの公爵令嬢や王女様のようなことは、決してしないそうだ。
で、そうなると、たとえ列車で移動するにしても、少なくとも車両一台を丸ごと貸し切る必要があり、たとえ上位貴族であっても、そうそうおいそれと利用できるものではないんだって。
鉄道の利用客の大半が国内外の商人や下級貴族なのは、そういった理由もあるらしい。
その辺は、旅に対する認識が変わるまで待つしかないと思う。
と、まあ、そんな訳で、なかなか乗れる機会の無い列車に乗れるだけでも、セーバ領を希望地に選ぶには十分な理由だとか……。
結果、セーバ領が受け入れることになった数十人の生徒全員が上位貴族!
その中には、王太子殿下も含まれるという……。
これ、全員死ぬようなことになっても、通過儀礼だから仕方が無いって、許してもらえるのかなぁ……。
ザパド領のせいで通過儀礼の意味が完全に形骸化してしまった事に加えて、昨今の世界情勢、帝国の問題もある。
王妃様としては、この辺りで将来この国の中心的立場となる貴族達に、現実というものを見せておきたいとか……。
だったら、自分でやればいいのに!
王妃様なら、できるよねぇ!
自分で上位貴族引き連れて、ブートキャンプとかすればいいのに!
よりにもよって、王太子殿下に対してセーバ式のブートキャンプとか……。
超不安なんですけど!




