魔術回路
今日の私も禁書庫通い。
日々神殿に通って祈りを捧げる貴族のご令嬢……。
まるで聖女のよう。
ごめんなさい! 嘘です!
また書庫通いですかぁって、周囲には呆れられています。
でも、楽しいんだから仕方が無い。
新しい知識!
落ち着く空間!
これで美味しいお茶かコーヒー、お菓子があれば完璧だけど、流石に飲食は禁止だって……。
筆記用具の持ち込みは許可してもらったけどね。
ここでの研究の時間は思いの外快適で、最近の私は周囲が呆れるほどにここに通い詰めている。
まぁ、実際、あまり時間がないのも確かだしね。
ここに足繁く通えるのも、学院長として王都に滞在している間だけ。
そう考えれば、残された時間はあと2年ちょっと……。
年度の変わり目にある長期休暇の予定は既に決まっているから、それを考えれば既に2年も無い!
ここの書籍は膨大だし、その全てが神様語で書かれている。
ざっと目を通すだけでも相当な時間がかかるだろう。
そもそもの話、ここへの入室許可自体が魔法無効化の魔道具の研究のためだから、それが終わればここには来れなくなる可能性すらある。
他にもやることはあるし、通える時に通っておかないと、いつ忙しくなるか分からないしね。
そんな訳で、かなり根を詰めて研究に打ち込んでるんだけど……。
最近は、ちょっと停滞ぎみで……。
当面の研究課題は魔法無効化の魔道具の強化で、そのための方法は既に見つけてあるんだけどね。
それは、例の累乗魔法。
あれを使えば、魔石程度の出力でも十分な効果は確保できる。
出力最大の魔石を使えば、一度の魔法で使える魔力は10MP。
これに最大効率で累乗魔法を組み込んだ魔法無効化の魔法を籠めれば、魔道具1個でおよそ4000分の1に威力を無効化できる。
従来のレベルの魔法なら、たとえ王族クラスの放つ最大出力の攻撃魔法でも、完全無効化できるってこと。
現状の魔道具が、単体だと最大出力の物で精々10分の1程度と言えば、その性能がどれだけハイスペックか分かると思う。
もっとも、王族の魔法も余裕で無効化っていうのも、従来の感覚任せの魔法の場合で、上級貴族が正確な魔力操作と効率的な魔力運用を覚えてしまえば、話は変わってくる。
その場合、2000MPの魔力を“発生”に1000MP、“拡大”に1000MP使ったとして、その威力は100万!
従来のおよそ500倍!
それこそ、闘技場はおろか王都丸ごと壊滅の威力だ。
ただ、それだって魔法無効化の魔道具を2個重ねれば問題無い。
余裕で無効化することが可能だ。
問題は、そんな超超高性能な魔道具なんて、確実に悪目立ちするってところで……。
確実に、世界中の権力者が欲しがるよね。
しかも、軍事目的で……。
今現在、国家向けで、一般人では手に入らない特別な魔法無効化の魔道具でも、その性能は最大出力で10分の1程度。
一般人が買える物など、精々3分の1程度だ。
それを複数重ねて、なんとか実用に足るレベルにしているのが今の魔法無効化の魔道具。
そこに、たった1個で4000分の1って……非常識にも程があるって話だよね。
きっと、売ってくれって人間が殺到する。
そうなれば、私一人ではとても製造が追いつかないから、その呪文を他の人にも教えなければいけなくなる。
累乗魔法込みの、それこそ王族の魔法すら一瞬で無効化できてしまう呪文をだ。
教える相手は選ぶにしても、今度はその人間が拉致される、なんて危険性も考えられるし……。
どうにも悪い予感しかしないよねぇ……。
それに、他にも問題がある。
魔法無効化の呪文の石板がある神殿って、実は世界中に1箇所しかないんだよねぇ……。
連邦の、とある領地にある神殿1箇所だけ。
だから、身内で使う分程度ならともかく、明らかにハイスペックな物を複数他国に売ったりしたら、確実にその呪文をどこで?って話になる。
私の周囲ではもう暗黙の了解だけど、一般的には石板抜きでは魔法の発音は覚えられないことになっているからね。
きっと、そこもツッコまれることになる。
まぁ、そんな訳で、闘技場用にこっそり1個だけ作るならともかく、他の訓練施設等にも設置しようと思えば、もう少しその辺も考えたいんだよねぇ……。
そんな事を考えながら、目に付いた本を適当にめくっていく。
(ん〜? これって魔法陣?)
魔法陣というより、セフィロトの樹に近い?
複数の単語や文字列を囲った図形を線で繋いでいて……。
これは光魔法で、こっちは闇魔法……。
火水金木土の五大魔法以外にも、強力魔法や軽量魔法なんかもある。
知らない単語も多いけど、この囲ってあるのって、多分全部魔法名だよねぇ……?
そうなると、この大きな図形丸ごとで一つの複合魔術ってことで……。
そうすると、これはフローチャートとか回路図みたいなものなのかも……。
でも、もしそうなら、誰がこんな魔法唱えられるんだろう?
こんな数十個もの違う魔法を同時にイメージして、個々の魔法に適切な魔力を込めてって……絶対無理!
呪文を順番に唱えるだけでも舌噛みそう……。
神話の時代の魔術師って、一体何者?って……いや、神様か……。
椅子の背もたれに体を預けて、思わず天を仰いでしまう。
天井には満点の星空が……。
(ッ!? あれって、回路図!?)
天井に描かれた図形が私の知っている星座盤にそっくりだったから、ずっとただのデザインだと思っていた……。
でも、あの魔石と魔石を繋ぐ線にも魔術的な意味があるとしたら……。
天井にはめ込まれた魔石に籠められた複数の魔法が、複雑に結びついて一つの効果を生み出している!?
それなら、この部屋の特殊性にも納得できる。
劣化しない本、快適な室温と照明、それに時間……。
この部屋の本はちっとも劣化していない。
まるで、本の時間が止まっているように……。
逆に、私の思考は多分加速している。
この部屋では、研究がとても捗るから……。
毎回ほんの数時間のはずなのに、まるで何日も研究室に籠もっていたような気分になる。
あくまで感覚的なものだけど、多分これもこの部屋の効果だ。
一体どんな大魔法をかけたのかって思っていたけど、それが魔石の、魔道具の効果だとは思いもしなかった。
だって、魔石一つ一つの出力はとても弱くて、それで使える魔法なんて高が知れているから……。
この特殊な空間を維持するような魔法と、ただの魔道具なんて、全く結びつかなかった。
魔石を使ったただの魔道具に、こんな凄いことができる訳がないって……。
(あぁ、いつも私が作った魔道具を見て皆が驚くのって、こんな気分なのかも……)
勿論、いくら天井を見ても、その仕組みは全く分からない。
でも、一つだけ分かったことがある。
それは、魔石の、魔道具の可能性。
複数の魔石、複数の魔法をまるで電気回路のように結び付けて一つの機能を生み出す発想は、もう魔道具というよりは魔動機械だ。
これなら、いける!
強化した一つの魔法を一つの魔石に籠めるのではなく、各パーツごとに効果をバラした魔石を複数組み合わせる。
これなら、パーツ一つ一つの魔法を知っていても意味は無いし、分業も可能。
魔法無効化の魔石自体は従来の物と同じだから、他所で仕入れたと誤魔化しも利く。
よし! 次の課題は魔術回路の作り方だね。




