ソルン帝国
「ソルン帝国のことは知ってるわよね?」
「えぇと、一応は……」
ソルン帝国。
この大陸に4つある国のうちの1つ。
大陸の中央を横断するキール山脈の北に位置する大国だ。
といっても、それは国土面積と歴史の話で、今のソルン帝国のイメージは辺境の後進国といったものしかない。
実際、残りの3国、モーシェブニ魔法王国、ビャバール商業連邦、倭国が経済的に密接な結び付きがあるのに対し、ソルン帝国は商業連邦と多少の取引があるだけで、国家としてはほぼ孤立している。
理由は単純。
あの国には魔法技術が無いから。
かつての神聖王国時代、大陸に覇を唱えた大国は、魔法の独占を目論み国中の石板を神殿から徴収するという愚策、世に言う“石板消失事件”によって、その歴史に幕を下ろした。
その後、統治者が代わり、ソルン帝国としてやり直そうとも、国中から呪文の石板が消えた状況は変わらない。
あの国は今、元々豊富にある地下資源を土魔法で取り出すこともできず、人力で何とか掘り出した鉱石を直接商業連邦に輸出して、何とかやり繰りをしている。
国土は広くても、それを開拓する魔術師はいない。
農地はあっても豊穣魔法が使えないから、満足な収穫量は確保できない。
土魔法も金魔法も使えないから、いくら地下資源があっても、それを製錬することも加工することもできない。
決して安くはない旅費、滞在費を出して人員を商業連邦の神殿のある街に滞在させ、そこで呪文を学ばせることで、何とか最低限の魔術師を確保している。
これがかつての大国、今のソルン帝国の現状だ。
全てが魔法で成り立つこの世界で、この状況はキツいよねぇ……。
実際、国内に石板が無いなら、石板のある領地を奪えばいいということで、この200年の間には何度かこの国に攻め込んできている。
この国の王都の神殿には、世界的にみても最も多くの種類の呪文の石板があるし、王都の北には魔石の山、モーシェブニ山もある。
魔力量はともかく、人口や国土面積はそれほどでもないから、物量で押し切ってしまえばって思うのも分からなくはない。
一応、かつては大国だった訳だしね。
でも、それもここ100年ほどは殆ど無い。
一つには、この国が鎖国を解いて、商業連邦との交易を再開したこと。
今の現状で商業連邦との関係が悪化したら、それこそ帝国は生きていけないからね。
そして、何より決定的なのが、国力の差。
大国時代の財力を200年かけて食い潰してきた国と、平和に発展を続けてきた国では、その国力には天と地の開きがある。
最初の頃ならともかく、今の2国の力の差は明白だからね。
はっきり言って、今のこの国にとってソルン帝国は何の脅威にもならないだろう。
「そうとも言えないのよ……」
そんな私の、というか、世間の一般的な認識に異を唱える王妃様。
「アメリアは10年ほど前、ソルン帝国の国王が代わったのは知っているかしら?」
「はい、それは。確か先王が不慮の事故で倒れて、急遽遠縁の娘が王位に就いたと聞いてますけど……」
「あれ、クーデターなのよ」
そんなことをサラッと言う王妃様。
うわぁ〜、不慮の事故なんていかにもな理由だから、ちょっとそんな気もしたけど……。
やっぱり、そういう事が当たり前に起こる世界なんだ……。
魔法があったり、盗賊や魔物が普通に出たりって世界だから、前世ほど平和な世界とは思っていなかったけど……。
でも、戦争だの政変だのの話は全然聞かなかったから、全体としては意外と単純で平和な世界なんだと思っていた。
「まぁ、表に出ないだけで、そういう事はどの国でも多かれ少なかれあることだから、それ自体はいいのよ」
いいんだ……。
どの国でもって……それ、王国もってことだよねぇ!?
うっかり忘れがちだけど、お父様は王兄だし、私も一応は王家の血を引いているわけで……。
王家の血を滅ぼす、みたいな話になったら、もしかして私も対象に入る?
他人事、とも言えないよねぇ……。
「問題は、その新しく王位を就いだ女帝が、なかなかに優秀で過激な性格らしいってところでね」
王妃様が言うには、その女帝様は単に周囲に担ぎ上げられただけの娘ではないらしくて……。
自らの意思で周囲をまとめ、反乱分子を組織し、民が苦しむ帝国の現状を打破するために先王を弑したらしい。
そして、その言葉通り、帝国の民の暮らしぶりはここ何年かで確実に良くなっているとのこと。
「世の中には凄い人がいるんですねぇ……。
それなら、近い将来、帝国との交易も始まるかもしれませんね」
素直な感想を述べる私に、白い目を向ける王妃様。
「ほんの数年であんな街を作り出した子がよく言うわね……。
まぁ、それはともかく、国力が上がれば次に考えるのは、交易ではなく戦争よ。
あの国の根本的な問題が石板の消失にある以上、解決する方法は新たな石板を手に入れることしかないわ。
そして、石板の持ち出しができない以上、あとは神殿のある領地ごと手に入れるしかない。
本気であの国の現状を打破したいなら、他国への侵略以外の選択肢は無いわね」
確かに……。
戦争というのは、一時的には利益になるように見えても、長期的に考えれば損失しか産まない。
前世知識のある私は、そう考える。
魔法にしても、石板に頼らず自由に魔法を使える私からすると、戦争なんてする暇があるなら、もっと魔法について研究すればいいって、そう考える。
でも、それは、恐らく前世の知識を持つ私だけの発想。
この世界の指導者の多くは、そんなのは非現実的な理想論だと笑うだろう。
そして、優秀で民のことを考える指導者が、みな平和主義者であるとは限らない。
いや、むしろ、優秀な指導者ほど、国のためと思えば、敢えて自分が泥をかぶる選択も平気でするだろう。
王妃様が言う通り、この世界の常識で考えるなら、民の将来を本気で憂える指導者ほど、侵略という選択肢を迷わず選ぶかもしれない。
実際、その女帝様は民のために先王を殺しているわけだからね……。
「そんな訳でね、今の王家にはザパド領の調査に割ける人材がいないのよ」
帝国は広い。
それこそ、場合によっては移動するだけで数カ月はかかってしまう場所もある。
ここ100年、殆ど戦闘らしい戦闘もなかったせいで、帝国に対する王国の情報網は必要最低限。
帝都以外には足場すら無い。
商業ギルドも殆ど無いため、ただの手紙のやり取りにも相当な時間がかかる。
少しずつとはいえ、帝国の国力は確実に回復してきていて、でも、その原因は分からない。
今では、その調査範囲は帝国全土に渡っているそうで、王家の抱える密偵は、王妃様子飼いの者も含めて、最低限しか王国内には残っていないらしい。
「国内であれば、多少問題が起きてもすぐに対応は可能だけど……。
もし帝国の女帝がアメリアみたいな相手だったら、情報の遅れは命取りになりかねないわ」
なぜ、私を引き合いに出す?
私は戦争なんてしませんから!?
とはいえ、王家の事情は理解できた。
いくら今のザパド領に怪しいところがあるとはいえ、所詮は目の届く範囲にある侯爵領。
しかも、現状没落寸前。
正直、何の影響力も無い。
そんなところの対処は、問題が起きてからでも十分だと、そういうことらしい。
実は、私も少し変だと思ってたんだよねぇ……。
セーバの街が本格的な港とか作り出しても、王家からは何も言ってこなかったし……。
いくら王妃様が黙認してくれているからって、もう少し何か言ってきてもおかしくないのに……。
ドワルグのゴーレム騒ぎの時も、私達が行くまで全然状況を把握できていないようだったし……。
そうかぁ、王妃様も余裕無いのか……。
これは、ザパド領については、完全にこちらで対処するしかないかもしれないね。
ソフィア嬢のことも心配だし、王家の監視も無いってことは、私が知らないだけではなく、本当にどうなっているのか分からないってことだし……。
う〜ん、調査かぁ……。
何があるか分からない他領に送り込める密偵となると、セーバもそんなに余裕無いんだよねぇ……。
次回の投稿、もしかしてお休みするかもしれません。
この時期はちょっと忙しくて…
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