闘技大会終了
「無事に終わってよかったです」
私はまだ興奮冷めやらぬ闘技場の様子を眺めながら、正直な感想を漏らす。
全て想定の範囲内とはいえ、一歩間違えれば大惨事になりかねない状況だったことに違いはない。
ライアン殿下やソフィア嬢を引き立てつつ、穏便にセーバが勝利する方法としては、あの試合展開が最適だったのは分かるんだけどねぇ……。
見ている方は気が気じゃなかったよ。
「全くね。あの様子だと、ライアンも直前で自分がやろうとしていることの危険性には気が付いたみたいだし、一応今回は及第点としておきましょう」
カップを手にそんな事を言うのは王妃様。
ここは、闘技場にある王族専用の観覧室。
軍関係のトップであるベラドンナ王妃殿下の闘技大会視察に、学院長である私が解説役として付き添っているって訳で……。
王妃様には当然、事前に決勝戦の危険性についても報告済。
もっとも、息子がその危険性に気付き思い留まれると信じていたのか、息子がやらかしても私が何とかすると考えていたのかは不明だけど、王妃様に焦った様子は全く見られなかった。
それどころか……。
「でも、今後のことを考えると、魔法無効化の魔道具の強化は必要でしょうね。
今回の問題の発端はアメリアの魔法教育にあるのだし、しっかりと後のフォローもお願いね」
そんなことを仰る。
何やら、地味に新しい仕事を振られているような……。
まぁ、それも仕方がないけど……。
一回戦で見せたソフィア嬢の攻撃魔法。
あれにライアン殿下が対抗しようとすれば、真っ先に思いつくのが同威力の魔法による迎撃で……。
だから、3人にはそうなった場合の危険性についても、しっかりと伝えておいた。
もし、そのような状況になったら、さっさと安全に試合を終わらせるようにと。
実は今回、セーバが大会に参加するにあたり、レジーナ、レオ君、ソフィア嬢にはいくつか注意したことがある。
一つ、試合では極力ソフィア嬢を目立たせ、ソフィア嬢個人に価値があることを周囲に見せつけること。
二つ、見ただけで種が割れてしまうようなセーバの秘匿魔法は使わないこと。
三つ、勝利することは構わないが、王太子殿下や貴族の権威を失墜させるような勝ち方はしないこと。
最後に、参加者の安全第一で。
これらの点を踏まえて行われたのが、先程の決勝戦。
サラ様とレオ君が使っている魔法自体は一般的に知られているもので、その練度はともかく、それ自体には特に問題は無い。
戦っているのが王族と下級貴族とはいえ、サラ様は本来戦いに不慣れな女性王族で、レオ君は下級とはいえ一応はこの国の貴族。
そして、2人ともゴーレム討伐の英雄だ。
だから、2人して多少派手な戦いをしても、それで貴族の反感を買うことも、平民に王家の権威が疑われることもない。
ソフィア嬢に侯爵領の領主として十分な実力があることは周囲に示せたし、レジーナも上手く動いてくれた。
レジーナが多少悪者になってしまったのは申し訳ないけど、結果は最善と言えると思う。
そう、この試合、陰の功労者は間違いなくレジーナだ。
試合開始後、こちらに近づいてくる敵兵を、光魔法の大山鳴動で視界を揺さぶり戦闘不能に。
その後、自分の虚像をソフィア嬢の側に置いた状態で自分はその場を離脱。
ステルスモードでこっそり王太子殿下に近づき、状況を注視。
予想通りソフィア嬢と殿下の睨み合いになったところで、手遅れになる前に試合にけりをつけたと。
まぁ、そんな感じだ。
ステルスモードと虚像を解除し、突然殿下の側に現れたことについては、今のところ大して話題にはなっていない。
気が付いた者も、ただの見間違いだろうで済まされてしまっている。
実際、あの場でレジーナに注目していた者など、誰もいないだろうからね。
片や英雄2人による手に汗握る接近戦。
片や見たこともない巨大な火球を宙に浮かべての睨み合い。
ソフィア嬢、ライアン殿下とそのファイアボールには注目しても、その周囲を見ている者など誰もいない。
この大会、殆ど戦闘らしい戦闘もしていない平民など、完全にノーマークだ。
そんな訳で、自分の胸の薔薇を奪われたライアン殿下でさえ、魔法に集中していてうっかりレジーナの接近を見逃したと思っているくらいだからね。
元々レジーナの光魔法を知っている者でもない限り、よくて目の錯覚、たんなる見間違いで話が終わってしまうってわけ。
誰もレジーナの凄さには気が付かない。
そんな認識だから、結果だけを見れば合同チームの作戦勝ち。
でも、実力的にはこの決勝戦は引き分けっていうのが、一般的な評価だ。
王太子寄りの貴族に言わせれば、決闘の美学を理解できない無粋な平民が、高位の者同士の神聖な戦いに卑怯な横槍を入れた、ということらしいけど……。
分かってるのかなぁ?
レジーナが止めに入らなかったら、最悪あんたらも吹っ飛んでいたんだよ。
ともあれ、当初の目的だったソフィア嬢の立場安定も上手くいった。
これで万が一、ソフィア嬢の侯爵領継承についてザパド侯爵が難色を示しても、王家がソフィア嬢を擁護することができる。
あれほどの実力を持つ者を廃嫡にするなど国益に反するって感じで。
これで少しはソフィア嬢の足場も固まったかな……。
さて、ザパド侯爵はどうでるか……。
「ところで、王妃様。お願いしていたザパド領の調査の方は何か分かりましたか?」
そう尋ねる私に対して、王妃様の返事は珍しく歯切れが悪い。
「一応こちらからお見舞いの名目で使者を送って、ザパド侯爵の生存は確認したわ。
体調が悪いというのは本当らしくて、使者の話だと会談中もぼぉっとしていることが多かったって……。
ただ、最低限の受け答えはできていて、実務の方も側近の貴族や執事が手伝っているから、特に問題は無いみたいね。
領都に活気は勿論無いみたいだけど、それでも治安が悪化して無法地帯になっているとか、そこまで酷い状況では無いらしいわ」
「それって、王家の判断としては、ザパド領には現状特に問題は見られないってことでしょうか?」
「……そういう事になるかしら……。
いえ、アメリアには知っておいてもらった方がいいわね」
小さなため息と共にそんな事を言って、王妃様は今の王家の抱える裏事情について語りだした。




