魔法魔道具研究会
「ねぇ、聞いた? 新しいクラブの話」
「あぁ、サラ様が代表の研究会でしょ?
アメリアちゃんが顧問だって聞いたけど……」
「そう、それ!
なんか、入会希望者殺到だったらしいけど、全員この前の試験の結果で断られたって……。
私も入りたかったなぁ〜」
「いや、あなたは普通に無理でしょ?
王女殿下が会長を務める研究会に、平民が入れる訳ないって」
「それがそうでもないんだな!
なんと、副会長はあのレジーナ様なんだって!
会則でも、入会において身分や魔力量は一切考慮しないってあるらしいし……。
わたしも次の試験がんばってみるかなぁ〜」
「まぁ、そうね。
入会できたら憧れのレジーナ様ともお近づきになれるだろうし……。
がんばる理由としては十分なんじゃない?」
「また他人事のように言って!
実は、あなたも狙ってるでしょ?」
「えっ? いや、私はそこまで身の程知らずじゃないし!」
「そう言いながら、今も参考書にかじりついてるし……。
はっきり言って、試験の前より今の方が熱心に見えるよ?
まぁ、あなたがアメリア先生の指導を直接受けられる機会を見逃すはずないしね!」
「う〜、まぁ、そうなんだけど……」
「うん、決めた! わたしも次の試験がんばる!!
がんばって、レジーナ様に叱ってもらう!!」
「ちょっと、叱ってもらうって……」
………………
単位認定試験の結果が貼り出されてより数日後。
そのクラブは発足した。
魔法魔道具研究会。
発起人の初期メンバーは3人だけで、新たに加わったメンバーを入れてもたったの4人。
名前の通り、魔法や魔道具の研究を目的とする、この学院ではよく見かけるお友達グループ的な小さなクラブである、が……。
会長:サラ王女殿下
副会長:レジーナ
会員:レオナルド男爵、ソフィア侯爵
顧問:アメリア学院長
メンバーは破格である。
王族から平民まで身分もバラバラ。
魔力量も上は3100MPから下は10MP(顧問)と3000MP以上の開きがある。
そして、単位認定試験の順位は全校生徒中のトップ4。
“当研究会は身分も魔力量も一切考慮しません。広く優秀な者を望みます。”
会長の宣言通り、このクラブでまず重要視されるのは学力。
1年生で6科目以上、2年生で8科目以上、3年生は全科目の試験に合格していることが、この研究会に入会できる最低ライン。
その上で、会長、副会長による面接にパスして、初めて入会を認められるという狭き門!!
後に、セーバリア学園王都校とも、アメリア・ファンクラブとも呼ばれるようになるこのクラブは、モーシェブニ魔法王国の政治、経済、軍事と、あらゆる分野に優秀な人材を輩出する、強大な発言力を持つ組織に育っていくことになる。
これは、その始まり。
「本日より、この研究会に参加させていただきますソフィアです。
皆様、よろしくお願いいたします」
私やサラ様だけでなく、レジーナやレオ君にも深々と頭を下げるソフィア嬢。
本当に、ザパド侯爵の娘とは思えないね……。
ちょっと聞いた話だと、自分に良くしてくれる使用人達に対して、たまに領地に帰ってくると文句ばかり言う父親を見て、自分が使用人達を守らなければと思うようになったとか……。
所謂、反面教師というやつだ。
分かってはいたけど、レジーナやレオ君に対しても反発心とかはないようで一安心だ。
むしろ、レジーナやレオ君の方が、態度は硬いように見える。
もっとも、2人のソフィア嬢を見る目は、微妙に違うようだけど……。
レジーナは、これから相手をどう鍛えようかという鬼教官の目で、レオ君は純粋に私の護衛として相手を警戒する目だ。
ついでに言うと、サラ様のソフィア嬢を見る目もちょっと厳しい。
サラ様はレオ君やレジーナと違って、私とザパド侯爵との言い争いを直接見ているからね。
頭では分かっていても、感情的には割り切れていない様子。
サラ様とレジーナは、入会審査でソフィア嬢とは既に直接話をしているから、サラ様もソフィア嬢はいい子だってことは分かっているはずなんだけどね……。
それでも、そこは流石は王族と言うべきか、そのような態度は決して見せないよう気をつけているみたい。
相手だってこちらに負い目を感じているのだから、こちらを警戒させるような態度は決して取らないようにと、3人にはしっかりと言い含めてあるからね。
「私が当研究会の会長のサラです……と、紹介は不要ですよね。
レジーナ先生も面接で会ってますから……。
あと、こちらがレオ先輩……いえ、レオさんです。
学院の成績は今ひとつですけど、一応セーバの学園では教師もしてましたので、少しは学べることもあるかと思いますよ」
笑顔でメンバーの紹介をするサラ様だけど……。
がんばって砕けた感じを出そうとして、結果、レオ君をディスっちゃってるところが何とも……。
そして、そんなサラ様の挨拶に、ソフィア嬢が混乱している?
「えっ? (レジーナ先生? 先輩で教師? 学友ではなくて? サラ王女殿下とレオナルド男爵って仲悪い?)」
「ほら! サラ様が変な紹介するから、混乱しちゃったじゃないですか!
えぇと、レオナルド、です。
俺とレジーナはセーバの街では教師もしていたから、その関係でサラ様がさっきみたいな紹介をした訳で……。
別に、サラ様と俺が不仲ってことではなくて……。
つまり、ライバル関係というか……」
レオ君も混乱しているねぇ……。
妙な誤解をされないよう説明しようとして、逆にややこしい感じになってるみたい。
ここにいる全員、身分や立場、関係性なんかが相当複雑で、お互いにうまく距離感が掴めない様子。
王女様と、その王女様に先生と呼ばれる同い年くらいの平民の女の子に、王女様にタメ口で口答えをする下級貴族の男の子。
そして、そんな3人とソフィア嬢の父親とは、目下冷戦状態である、と……。
まぁ、私が言っておいてなんだけど、いきなりみんな仲良くねって言われても困るよね。
共通の趣味とか目的とかがあると、バックグラウンドの違う初対面の人間同士でも仲良くなりやすいけど、そうじゃないと会話のきっかけって、なかなかに難しい。
子供同士なんだから、自然に仲良くなれるのではって?
いや、いや、うちの子たちって、普段年上の大人達に指示を出したり、何かを教えたりといった機会の方が多いから……。
むしろ、“子供らしい”会話の方が苦手なんだよね。
私は、中身があれだしね……。
これは、私の指示が悪かったかなぁ……。
「えぇ、コホン。ちょっといいかな?
改めて、当研究会の顧問を務めますアメリアです……って、建前なんだけど、ソフィアさんにはぶっちゃけちゃいますね。
この研究会を“私が”作った目的ですけど、私自身が自分の魔法を教える人間を選びたかったからです。
たとえ教師でも、将来自分に敵対しそうな相手に塩を送る気はありませんからね」
そう、普通に魔法の授業をするのではなく、わざわざ研究会を作った理由。
それは、教える人間を自分の都合で選びたかったから。
だって、授業にしたら生徒を選べない。
私の優先順位は、まず第一に自分の安全、次に魔力至上主義の価値観の打破で、この国の発展とかは一番最後。
私が幸せに暮らせる国が発展するのは嬉しいけど、発展することで住み難くなるなら今のままでいい。
国の発展を考えるのは国王陛下の仕事で、私が頼まれたのはもうちょっと生徒に勉強させることだけだ。
そして、それは今回の単位認定試験の導入で、十分に果たされた。
それ以上の教育は、私の裁量だ。
私は、自分が育てたい生徒だけを育てる!
というわけで、
「そして、この研究会で一番に教育したかったのが、他でもないソフィアさんです」
と、ここでひと呼吸空けて、
「実は、かねがねセーバから連邦まで行ける鉄道を引きたいなぁと考えてまして、そのためにはザパド領との協力関係が不可欠なんですよ。
初めはザパド領もセーバに取り込んでって考えたんですけど……。
流石に管理が大変ですし、他領や王家に妙な警戒をされても困りますし……」
思いもしない私の告白に、蒼くなるソフィア嬢。
「でも、ソフィアさんの話を聞いて、魔力の低い平民とも偏見無く話せるソフィアさんなら、私ともうまくやっていけるのではと思ったわけです。
理由はどうあれ、今のザパド領の原因を作った私がこんなことを言うのもなんですけど、どうでしょう?
私と、協力関係を結ぶ気はありませんか?」
「そ、それはザパド領にとっては願ったり叶ったりですが……。
理由が分かりません。
国境まで繋がる鉄道を引いてもらえれば、ザパド領はとても助かります。
でも、それでは折角港を作って得たセーバの優位性が崩れてしまいませんか?」
おぉ、すぐにそこに気づくとは流石だね。
すぐに美味しい話に喰いつかない慎重さは大切だ。
でも、それは杞憂だ。
そもそも、私はセーバの街一つでこの国の貿易の全てを担えるなんて、初めから思っていない。
それ以前に、私はそんなに働く気はない!
「別に、セーバの街だけでこの国の貿易の全てを独占しようなんて、初めから考えていません。
今はともかく、今後のことを考えれば、陸路と海路で分散するくらいで丁度いいです。
それに、私がザパド領に鉄道を引きたい理由は、利益のためではありませんから」
「えっと、それは?」
「それは、私が陸路で自由に旅をしたいからです!」




