質疑応答
私は、早口にならないよう気をつけつつ、先生っぽい余裕な態度で反撃を開始した。
「キルケさん、でしたか?
あなたの質問に答える前に注意しておきますが、学院内では教師のことは“先生”と呼ぶように。
私のことは、アメリア先生、若しくはアメリア学院長と呼んで下さい。
皆さんも、そのようにお願いします。
年下を先生と呼ぶのは初めは抵抗があるかもしれませんが、これも社会勉強だと思って下さい。
学院を出れば、そのような機会はいくらでもあるのですから。
さて、キルケさんの質問(要求)にお答えします。
最初の質問、2,3年生に試験を受けさせるのは不公平とのことでしたが、実のところ、私にはよく分かりません。
もしかして、キルケさん、あなたはこの2年間、勉強をサボってきたのですか?」
「えっ? あの、いえ、そんなことは……」
「なら、問題無いですよね。
この学院の生徒は、試験に関係なく、今まで真面目に勉強してきているのですから。
この学院で教える一般教養科目は、国王陛下がこの国を支える貴族、上流階級の人間として、最低限知っておいてもらいたいと考えている知識です。
本来であれば、いつ試験をやろうが、できて当然のものなのです。
もしかしたら、中には今まで勉強をサボって学院生活を送ってきた生徒もいるかもしれません。
でも、そういう生徒が今まで楽をしてきた分、残りの学院生活で苦労することになるのは当たり前ではありませんか?
学院の生徒が3年間で学ぶ知識は同じです。
それを何時、どのタイミングで学ぶかは生徒個人の自由です。
与えられた条件も環境も同じなのですから、全く不公平はありません!」
まぁ、そうは言ってもねぇ……。
納得いかないのは分かるよ。
私だって、学生時代に同じことされたら、やっぱりキレる。
抜き打ちテストなんて卑怯だ!とか、点数悪い奴は補習なんて聞いてなかったし!とか……。
挙げ句、試験でいい点を取るための勉強なんて意味無いし!みたいな……。
でも、現実に、「じゃあ、テストしなくても真面目に勉強するの?」って聞かれると、やっぱりしないと思う。
そして、最終的に一番困るのは自分だ。
「そもそも、本当に2,3年生の試験を無しにしてしまってもいいのですか?
たとえ学院でやる単位認定試験を免除したところで、卒業後の職場や結婚先で一般教養の点数を聞かれれば、自分で一般の受験者に混じって検定試験を受けることになると思います。
いつでも教えてくれる教師が揃っていて、受験機会も季節ごと年3回ある学院でがんばった方が、卒業後に仕事をしながら独学で勉強するよりもずっと楽だと思うのですが……。
それでも試験を受けたくないというのなら、別に受けなくても構いませんよ。
0点でも、卒業は、できますから」
壇上から全体を見渡せば、皆が絶望しつつも現実を受け入れたのが分かる。
どうせ逃げられないなら、今がんばるしかないからね。
「次に、平民は貴族に“隷属”するもので、学問など必要ない、という意見ですが……。
もし、皆さんの中にキルケさん以外にもこのように考えている人がいるのなら、それは大きな勘違いです。
“国王陛下”は、我が国の平民を“隷属する者”とは考えておりません。
我が国は、元来実力主義の国です。
魔力の多い国民を国が貴族として優遇するのは、彼らが国にとって有益な存在だからです。
束になっても魔物から町を守れない平民よりも、一人で魔物を追い払うことのできる貴族を国が贔屓するのは、当然のことです。
故に、我が国の貴族には様々な特権が与えられており、それは実力に見合った正当な評価と言えます」
うん、うんと、貴族の子供達が頷いているね。
でも、ごめん。
私はこの学院で、貴族は無条件に偉いという選民教育をするつもりはないよ。
「ですが、これは裏を返せば、国の役に立たない貴族よりも、国に利益をもたらす平民の方が、我が国にとっては必要ということでもあります」
途端にざわつき出す講堂。
多分、ここまではっきりと言われたことなんて、今までに一度も無いだろうからね。
貴族が、わざわざ自分の立場に疑問を持たれるような発言を、平民にする必要はない。
平民は、たとえ思っても、そんな事は口にできない。
そもそも、ここに集まる上流階級の子女の大半は、魔力の多い自分達は魔力の少ない平民よりも無条件に偉いと、何の疑問も抱かずに育ってきているのだろう。
でも、ここにイレギュラーがいる!
王族に次ぐ高位の爵位を持ちながら、この国でも最底辺の魔力しか持たず、おまけに身分制度なんて全く存在しない国で生まれ育った前世を持つ、とびきりのイレギュラーが。
そう、私だ。
私は“機会の”平等主義だからね。
人よりも努力して結果を出している有能な人間が優遇されるのは当然と思っている。
よく、学校の先生は成績の良い子ばかりを贔屓するとか文句を言う生徒がいるけど、そんなの当たり前だ。
だって、生まれたての赤ん坊に知識が無い以上、成績の良い子は必ずどこかの時点でそれを覚える努力をしてきたんだからね。
皆が遊んでいる時に努力したんだから、その分評価されないと逆に不公平だ。
日本にも一時、生徒同士に順位付けをするのは差別に繋がるとか言って、運動会のかけっこは全員一等賞で、なんて意味不明な議論があったけど、お前、共産主義者か!って感じだ。
機会は平等に与えられるべき。
努力と成果は公平に評価されるべきだ。
逆に、何の努力もしないくせに、偶々魔力量が多かったってだけで、他人より偉いとか、そんなのは納得できない!
「あんた、魔力もないくせに貴族じゃん!」とか、「前世知識はチートじゃないんですかぁ?」とかは、聞かない方向で……。
とにかく、頑張って事業を成功させた金持ちはカッコいいと思うけど、親の財産で威張り散らすボンボンは嫌い。
まぁ、そういうこと。
と、いうことで……。
「我が国の現状を考え、今後は魔力量だけでなく、学問も大切になると国王陛下は判断しました。
魔力に優れた人材が学問面でも優れているのが理想ですが、別に魔力が少ない人間は最初から評価に値しないという訳でもありません。
たとえ魔力は少なくとも、学問で国に貢献できるのであれば、それは貴族と同じく、国にとって有益な人材ということです。
我が国は、能力の高い国民を貴族として優遇しているだけで、能力に関係なく初めから決められた上下関係など、元々この国には存在いたしません」
まさか、ここまで否定されるとは思っていなかったんだろう。
キルケさん、ちょっと目が怖いですよ。
ザパド領は、元々魔力量による選民意識の強い領地だからね。
まぁ、こういう反応も無理無いのかも……。
私だって、ちょっと前までなら、こんな貴族批判の過激発言なんてしなかったよ。
でも、今ならできる!
実のところ、ユーグ領とボストク領って、それほど貴族と平民の垣根が高い訳でもないんだよね。
農業で成り立つユーグ領を支えるのは、何だかんだで平民の農民たちだ。
ユーグ侯爵自身、子供の頃は平民であるレジーナのお祖父さんから教育を受けたりしているしね。
昔はともかく、今のユーグ領に平民を無闇に差別するような貴族はいないらしい。
そして、その戦闘力において完全実力主義のボストク領は言わずもがなだ。
最後に王都。
ここは確かに法衣貴族が多くて、貴族の平民に対する差別意識も強いんだけど……。
ただ、我が国の政治経済の中心でもある王都は、この国で一番学問の必要性を感じている土地柄なんだよね。
おまけに今回の一連の改革は、王宮が主導で行っているものだからね。
そんな訳で、私の貴族批判とも取れる過激発言についても、あからさまな反応を示すのは、ザパド領しかなかったりする。
そして、最大の邪魔者だったザパド侯爵は引きこもり中で、学院にはザパド領の出身者は殆どいない。
たとえ大都市クボーストの代官の娘で伯爵とはいえ、学院長の私が気を遣う必要など全くないのだ。
文句があるならお父さんに言えば? どうせ、何もできないけどね!って感じだ。
睨みつけてくる視線を笑顔で跳ね返し、次の質問に移ることにした。




