実技教師の苦悩
「我々も、現状を是とは考えていません。
ですが、方法が分からなかったのです」
この学院の実技訓練の教師陣は、主に若い男爵、子爵と、高齢の伯爵で構成されている。
そして、直接生徒たちを指導するのが若い男爵、子爵の先生方で、全体の監督をしているのが軍を引退して来られた高齢の伯爵数名とのこと。
で、直接現場で生徒を指導することの多い若い先生方だが、実際の実力(戦闘力)は精々が軍の平均的な兵士程度。
その選考基準は、戦闘力よりも性格重視なんだって。
実際、この学院を卒業した貴族が、全員軍に入る訳ではないし、戦闘職に就くわけでもない。
この平和な時代、むしろ大半の卒業生は戦いとは無縁の仕事に就くことになるのだ。
だから、有事の際の貴族の義務として最低限の戦闘訓練は行うものの、それはあくまでも最低限。
自分の管理する領地に現れたちょっとした魔物を狩れて、賊から自分の身を守れる。
その程度の実力があれば、一般の貴族としては全く問題無いらしい。
卒業後、軍等に入れば、そこではきっちり専門的で厳しい戦闘訓練が行われるから、学院では基本的な部分を教えればそれで十分なのだそうだ。
だから、そもそもこの学院の実技教師に、それほど高い戦闘力は要求されていないんだって。
それよりも、面倒見の良さとか、平民の生徒に対して差別的な態度を取らないかとか、そういった人間性の部分の方が大切とのこと。
「正直、本当に実力(戦闘力)のある人材は、ボストクの砦や王都軍、王宮の近衛部隊等に最優先で回されますから、素人の子供相手の学院等には回されません……」
確かに……。
まぁ、好意的な見方をするなら、適材適所ってことなんだろうけど……。
「失礼ですけど、その割には先生方の生徒に対する指導は、なんか頭ごなしというか、偉そうというか……。
えぇと……体育会系? 脳筋?
とにかく! あまりしっかりとした指導をされているようには見えなかったのですが?」
「ハハハハ……」
私の指摘に対して、乾いた笑いを見せる実技教師。
他にも、俯いてしまったり、目を逸らしたり、悔しそうにしたりと色々だ。
「あれは、まぁ、自衛手段のようなものでしょうか……。
偉そうにしていないと、生徒に舐められる。
教師を格下と見做す生徒が増えれば、授業も成り立たなくなります。
ただでさえ、教師よりも魔力や爵位の高い一部の生徒は、教師を自分たちよりも下と見ているところがありますからな。
一応、生徒と教師という立場がありますので、こちらを立ててくれますが……。
内心では、ここの教師に教わることなど何もないと考えている生徒も多いでしょう。
実際、彼らに教えられることなど、私達には何もないのですよ……」
そう言って自嘲気味に笑う教師の顔は、酷く疲れて見えた。
実力(戦闘力)では、自分よりも魔力の多い生徒には敵わない。
魔力の少ない生徒に、どうすれば強い魔法が使えるのかと聞かれても、そんな方法は分からない。
そんな方法があるのなら、自分の方が教えてもらいたいくらいだ!
それは持って生まれた才能だから諦めろ……そう言うことしかできない自分が嫌になる。
当初、暑苦しい実技棟と思っていた場所は、実はかなりデリケートで、相当に病んでいたらしい……。
一瞬、その場を重たい空気が包み込む……が、そこに場の空気を変えるように明るい声がかかる。
「でも! アメリア様が来て下さいました!
アメリア様こそが、待ち望んだ私達の希望なのです!」
(えっ? なに? 宗教の勧誘?)
一瞬身構えるも、どうもそういう話ではないらしい。
魔力の多い生徒には指導すべき魔法で勝てず、魔力の少ない生徒にも適切なアドバイスができず……。
半ば諦めムードになっていたところに、その話は届いたそうだ。
『あのブルート男爵が、魔力量で遥かに劣る平民の女の子に、こともあろうに魔法戦で負けた!?』と……。
「私達は、愕然としました。
あの子の実力は知っていましたから……。
初めは信じられなかったものの、詳細が伝わるにつれ私達は考えました。
ブルート男爵を倒したという女の子は、最近話題のアメリア公爵の側近で、アメリア公爵自らが育てた、元はただの平民の子供だと聞きました。
そして、同じく一緒に戦った護衛騎士の男の子も、ただの男爵でありながら子爵相手に圧勝。
そして、その二人を指導したのは、魔力を殆ど持たないことで有名な、あのアメリア公爵……。
私達は確信しました。
アメリア様なら、魔力の少ない私達を何とかすることができるはずだと。
そして、その方法が分かれば、もう魔力量で悩む生徒に、ただ頑張れだの気合いだのの無責任でいい加減な指導をしなくても済むと!」
そこまで言うと、その先生は周囲の教師たちに目配せします。
それに続いて、次々に椅子から立ち上がる先生方。
「「「「「アメリア公爵様! どうか、我々に生徒たちを導く方法をご指導下さい!!」」」」」
そう言って、一斉に頭を下げた。
綺麗に揃っているねぇ……。
もしかして、練習した?
ここまでの流れも、計算ずくかも……。
まぁ、一般的に考えればそれも当然で、彼らの言っている事って、セーバの街の秘匿技術を自分達に教えろ、それを他領の貴族達にも教える許可を寄越せって、そういう事だからね。
何とかこちらの同情を引けるよう、色々と作戦を考えたのかもしれない。
普通は教えないよね、普通は……。
「分かりました。先生方には、早速セーバ式の魔法訓練を受けてもらいます」
「「「えっ?」」」
まさか、そんなにあっさり了承してもらえるとは、思っていなかったんだろうね。
自分達から頼んでおいて、何やら戸惑っているよ。
「ただし、私が許可を出すまでは、私が教えたセーバ式のやり方を生徒に教えることは禁止します。
もし違反する者があれば、その時点で指導は終了です。
来年度以降の生徒への指導については、先生方の訓練の進捗状況を見て、こちらで判断します。
それで、構いませんね?」
「「「「「はい! よろしくお願いします!!」」」」」
先生方、皆うれしそうだ。
泣いている先生までいる。
どうも、こんなに簡単に受け入れられるとは思っていなかったみたいで、もし駄目なら爵位を返上してセーバの街に学びに行くと、思い詰めていた先生もいたらしい……。
なんか、真面目過ぎてちょっと暑苦しいとか思ったのはナイショだ。
まぁ、職務に忠実で、生徒に親身になれる、元々そういう基準で選考された人たちだからねぇ……。
おまけに、問題のある教師は既に王妃様が処分済みだし……。
レジーナの事前の調査でも、言動に問題のある教師はいないってことだったしね。
そう、レジーナには暇を見て学院内の調査をお願いしている。
学院内を色々と見て回って、問題のある教師や生徒がいれば、チェックしておくようにと。
サマンサ仕込みの隠形術に加えて、レジーナさんには光魔法を使ったステルスモードもある。
その気になれば、王宮にだって忍び込めるだろう。
学院など、お散歩気分で自由にうろつけるそうなので、なんの問題もない。
表立っての学院運営には関わらせられないけど、バレなければいいのだ。
というわけで、変な教師がいないのは分かっていた。
あの適当な授業の理由も分かったしね。
先生方がどう思ったかは知らないけど、元々生まれ持った魔力量は絶対の判断基準でないって教育は、私が自分のためにやろうとしていた事だ。
私にとっては慈悲ではなく、たんなる利害の一致ってことなんだけど……。
何やら、一部の教師達のこちらを見る尊敬の眼差しが、怖いんだけど!




