通えばいいのよ
「…………はぁ!?」
ベラドンナ王妃殿下に対して、思わず素で叫んでしまった……。
ここは、王宮。
最近ではすっかりお馴染みとなった、王族専用の庭にひっそりと佇む四阿だ。
魔法学院入学を半年後に控えたある日、私は王妃様からのご招待で王都に来ていた……。
鉄道の弊害だ……。
覚悟はしていたけど、王都〜セーバ間が片道2日になったことで、王妃様からの呼び出し(お茶会)が増えた。
この世界の感覚だと、高々2日で行ける距離なんて、ちょっと離れた隣町に行く程度のものだからね。
連絡なんて、通信を使えば一瞬だし……。
まぁ、一応こちらの事情とかにも配慮して下さるし、色々と気にかけてもらっているからいいんだけどね……。
偶に無理難題を押し付けられたりもするけど、後から振り返ってみると、ちゃんと私にも利のあることだったりするし……。
悪い人ではないんだよ、悪い人では!
ちょっと、怖いだけで……。
「それで、ベラ様。今回はどのようなお話でしょう?
通信では難しいお話ですか?」
覚悟を決めて問いかける私。
「アメリアには、来年度から魔法学院の学院長をやってもらいたいの」
「…………はぁ!?」
そして、冒頭に戻る。
はい、覚悟が足りませんでした!
「あのぉ……ベラ様。私は来年度、その学院に“生徒”として通わなければならないのですが?
学院を卒業するのは、この国の子爵位以上の貴族の義務ですよね!?」
「いいえ。正確には、12歳を過ぎたこの国の子爵位以上の貴族は、3年間モーシェブニ魔法学院に通わなければならない、よ」
「なら!?」
「“通えば”いいのよ。別に“生徒として”という決まりはないわ。
あなたは3年間、学院長として学院に通って、その間に我が国の最高学府をもう少しマシな状態に立て直してちょうだい」
「それは……。王都の学院をセーバリア学園のようにして欲しいということでしょうか?」
う〜ん、全ては無理ですよ!
正直、今のセーバリア学園には迂闊に世に広めるとヤバすぎる知識や情報が多すぎる!
いずれは少しずつ広めていくとしても、もう暫くは私の直接の管理下においておきたい。
セーバの街の優位性を維持する意味でもね。
知識は財産なのだから、セーバの街の領主としては、そう簡単に貴重な知識を他所に渡すわけにはいかないのだ。
そんなことを考えていると……。
「勿論、そこまでは望まないわ。
セーバの街の成果を横から奪い取るような事をするつもりはありません。
ただ、普通に勉強するようにさせて欲しいだけ。
教える内容は、今の魔法学院で教えているレベルで構わないわ。
それ以上を教えてもらえるなら嬉しいですけど、その判断はアメリアに任せます」
話によると、昨今の魔法学院のレベルの低下はかなり酷いらしい。
生徒の自主性を尊重し、自由な発想で自分の望む学問を極めてもらいたい。
そんな感じで、決まったカリキュラムも存在しないんだって。
必修科目は、魔法や格闘に関する実技訓練と、一般教養、それに礼儀作法。
この3教科だけは、全ての生徒が受けなければならない。
これらの必修科目はクラスも貴族科、一般科で分かれていて、普通に授業が行われる。
逆に言えば、それ以外の科目は任意。
魔法理論、魔道具工学、魔道具作成、神話学、王国史、世界史、地理、芸術、農学、数学、商学、魔獣学、魔物学、薬学、etc.
とにかく、国中の研究者、学者が集まっていて、学生たちはそれらの教師の元を訪ね、興味のある学問を自由に勉強できるんだって。
だから、特定の学問を極めたいと考えている一部の平民の生徒なんかは、在学中ずっとこれはという教師の研究室に入り浸って、卒業後は一端の学者になったりするらしい。
でも、大抵の生徒は……全く勉強しない。
試験が無いから。
学院には、個々の生徒の実力や到達度を測るシステムが全く無いらしい。
あるのは、生徒間、教師間の噂話だけ。
どこそこの生徒が実技訓練で見せた魔法は凄かったとか、誰それが先日開いた茶会は素晴らしかったとか、○○先生の研究室に最近出入りしている生徒が優秀らしいとか……。
そんな中で、特に大きく生徒の評価(評判)に影響するのが、闘技大会と各領地主催の御茶会。
この2つは、学院内だけでなく、学院外からのお客様もお招きしてのイベントとなるため、ここで目立てるかどうかが、ほぼ優秀な学生かどうかの評価基準なんだって……。
実技訓練の評価は、年に一度行われる闘技大会の結果で決まる。
礼儀作法の評価は、生徒が主催するパーティーやお茶席の評価で決まる。
そして、一般教養については、上流階級、為政者の家に身を置く者の常識として、社交の場で恥をかかない程度の教養を示せれば、それ以上は個々の知的好奇心の問題なんだって……。
それって、ただこの学院を卒業すればいいのなら、魔法や格闘の訓練をしつつ、後は御茶会やパーティーを楽しんでいれば、それで卒業できるってこと?
なんか、びっくりだ。
「確かに、貴族にとっての御茶会やパーティーは大切な社交の場だし、それを自分達で企画するとなれば、それなりに総合的な能力を求められるから、全く無駄というわけでもないのよ。
ただ、現実問題として、魔法戦闘と貴族の社交にしか興味のないお馬鹿さんを量産してしまっているのも事実ね」
王妃様、かなりお怒りのご様子……。
とはいえ、
「えっと、事情は分かりました。
ですけど、だからといって私を学院長に、というのは流石に周囲が納得しないですよねぇ?」
そういう私に、王妃様は事も無げに言う。
「そんなの、あなたが学院に乗り込んで、教師達に実力を見せてやれば簡単よ。
あそこの教師達は良くも悪くも自分の研究が第一だから、自分達が知らない知識を提供してもらえると思えば、喜んで従うわ。
文句を言いそうなのは、もう全員クビにしてるから問題無いわね」
そういうものですか……。
「それに、アメリア。あなた、今更セーバの学園よりずっとレベルの低い学校に通って、何を勉強するの?
人生の無駄遣いよ。
それに、学院長になれば、学院の教育方針をある程度自由に決められるわ。
例えば、人の能力は魔力量だけで決まるものではない、みたいなことを分からせる教育もできるわね」
そう言って、悪どい笑みを浮かべる王妃様……。
確かに、もしそれができれば、この国の魔力至上主義もだいぶ変わるだろう……。
「くっ、わ、分かりました!
学院長の仕事、喜んでやらせていただきます!」
「そう? じゃぁ、よろしく頼みます」
王妃様は、やっぱり私の天敵だ!




