開校式
王立モーシェブニ魔法学院。
王都の郊外にあるこの学院には、毎年国中から優秀な人材が集められる。
子爵以上の貴族は、およそ13歳前後からの3年間、この学院に通わなければならない決まりになっている。
男爵、騎士爵については任意となる。
また、爵位を持つ貴族は、希望があれば一人だけ、自分の従者を連れてくることが許可されている。
ただし、学院内に入れるのは原則生徒と教師のみ。
従って、貴族が連れてくる従者の身分も学生となり、貴族と同じように授業を受けることになる。
本来、貴族のみが入学を許されるこの学院において、貴族ほどの魔力を持たない平民が学院で勉強できるのは、この制度を利用するためである。
この制度を使い、“従者”という名目で将来有望な商人や職人、兵士等もまた、繋がりのある貴族の伝手で入学してくる。
魔法学院はこの国の最高学府であり、学院卒の経歴はこの国の上流階級の人間と付き合う上で必須とも言われているからだ。
国としても、貴族と繋がりのある優秀な平民を教育することには意味があるため、この“従者”の制度を利用した平民の入学方法は、なかば公然の制度となっている。
貴族の生徒が1,000人、平民の生徒が1,000人で、毎年全体で2,000人ほどの生徒がこの学院に在籍し、学院生活を謳歌することになる。
……なるのだが、今年はちょっと違う。
今現在、全校生徒がこの講堂に集められ、本年度の開校式に臨んでいるのだけれど、その数は例年の6割ほど。
見事な定員割れだ。
本来であれば、ライアン王太子殿下、サラ王女殿下が在籍することになる本年度は、入学希望者が殺到して熾烈な受験戦争が勃発すると予想されていた。
それが、いざ蓋を開けてみればこの状況。
理由は単純で、例年であれば最大勢力を誇るザパド領の生徒の大半が、昨年一年間で自主退学。
本年度に至っては、入学が強制となる子爵以上の貴族を除くザパド領からの入学者が殆どいない。
結果が、これである。
元々商業に力を入れているザパド領には、魔力量の多い上級、中級貴族は少ない。
大半が免税目当ての下級貴族で、ザパド侯爵に雇われていたり、商会の顧問(貴族としての便宜を図る代わりに金銭を要求)をしたりして暮らしていた。
学院入学についても、3年間の学費や王都での滞在費は、全て雇用主であるザパド侯爵や商会から出ていたのだが……。
ザパド領の経済は壊滅。
パトロンの商会は撤退、若しくは倒産。
そして、ザパド侯爵は、目下体調不良を理由に絶賛引きこもり中である。
一年前に起きたあの列車襲撃事件以来、ザパド侯爵は一切社交の場に出てこないそうだ。
それまでは、何かと王家や他領に圧力をかけていたのが、あの時期を境にすっかり大人しくなったという。
落ち込んでいるとはいえ、最低限の税は王家に納められているし、懸念されたような大量の難民、暴徒の他領への流出もない。
流石にやり過ぎたと思ったのか、ここ一年はザパド領に目立った動きはなく、低空飛行ながら領内の治安も回復してきているらしい。
とはいえ、それは単に王家が介入するような目立った問題は起きていないというだけで、決してザパド領の景気が回復してきているという訳ではない。
そして、そんな今のザパド領に、たとえ子供とはいえ、大量の高魔力保持者を大金をかけて遊ばせておく余裕はない。
子爵以下の貴族の裁量権は、基本その貴族が所属する領の領主のものだから、ザパド侯爵が今は学業よりも領の仕事を優先せよと言えば、王家や学院がそれに口を挟むこともできないんだって。
将来の我が国を背負って立つ貴族の子女が、経済的な理由で満足に教育を受けられないような状況を放置してもいいのか?
そう尋ねた私に、お父様は不思議な顔で答えてくれた。
「王家の財政は、ザパド領の税収が減った分はセーバからの税収で十分に補填されているから、全体としては何の問題もないよ。
むしろ、アメリアが作ってくれた質の良い武器や新しい農機具、トッピーク〜セーバ間の海上交易路によって、王家の税収は以前よりも増えているくらいだ。
他領に被害も無く、国の財政的にも問題が無いのなら、あとはザパド領の問題だ。
他所が口を挟む問題でもない。
極端な話、このままザパド領が潰れてしまっても、王家としては一向に構わない。
今までただの空き地だったセーバ領と、この国の商業を担っていたザパド領の立場が入れ替わるだけだ。
ザパド侯爵が自領を立て直せるならよし。このままザパド領から人がいなくなるのであれば、鎖国時代のようにクボーストの国境を閉鎖して、そのまま放置して終わりだよ。
アメリアやアリッサに嫌な思いをさせた他所の領地を、何故わざわざ助ける必要があるんだい?」
「………………」
なんか、久々のカルチャーショックというか……。
元々この国は、巨人を倒した勇者と、それに協力した南部の3つの国が集まって建国されたそうで……。
要は、各領地ごとの独立性が強いのだとか。
軍事を司るボストク侯爵領、農業を司るユーグ侯爵領、商業を司るザパド侯爵領、そして、魔石の管理と全体の取りまとめを行うモーシェブニ魔法王家。
各々が各々を補う協力体制をとっているけど、それはあくまでギブ・アンド・テイクの関係とのこと。
ザパド領の役割をセーバ領が担える以上、反乱や難民、暴徒の流出等が起きなければ、後はザパド領がどうなろうが知ったことではないんだって。
お父様の私やお母様に対する気持ちを抜きにしても、それがこの国の一般的な感覚らしい。
要するに、対外的には王国を名乗っているけど、為政者の意識としては、王家と3つの侯爵家による連合王国といった感じなのだろう。
イギリスっぽい感じかなぁ……。
どうりで、いくら証拠がないからって、王家が列車襲撃事件を有耶無耶に放置するはずだ。
仮に、王家がザパド侯爵を処刑したとする。
その場合、王家は責任を持って残されたザパド侯爵領を管理しなければならない。
だって、他国の王が、喧嘩を売ってきた隣国の王を処刑するのと同じだから。
王だけ殺して国民は放置って、そりゃないよね。
それこそ、暴動が起きる。
理由はどうあれ、侯爵を処罰するならその後の責任も負う覚悟が必要ということだ。
でも、これが自然消滅なら……。
危険な隣国(領地)が勝手に消えてくれるなら、その方が面倒がなくていいらしい。
「アメリアだって、元々住んでいた人間が幅を利かせる土地よりも、誰もいない更地の方が開発しやすいだろう?」
えぇと、それはどういう意味でしょう……?
私を帝国主義の侵略者のように言うのはやめてもらいたい。
ともあれ、そんな訳で本年度のモーシェブニ魔法学院の在校生の人数は、例年よりもかなり少ないそうだ。
それでも!
(これだけの人数が一箇所に集まって整列しているのを見るのは、この世界では初めてかも……)
今現在、私の目の前には、1,000人以上の私と同い年か少し年上の少年少女達が並んでいる。
壇上から見える景色は、圧巻だ。
そして、この壇上に私が現れた時から、講堂内がざわついている。
さすがに、育ちの良い貴族や優秀な平民が集まっているだけあって、たとえ子供でも急に大声で騒ぎ出したりはしない。
それでも、あちこちから小さな囁きは聞こえてくる。
『誰だ、あの子? うちの生徒か?』
『いや、見たことない。でも、すげぇ、かわいい!』
『まぁ、確かにな……。でも、あれはダメだろ。あの髪じゃぁ、間違いなく庶民だぞ』
『なに、あの子! 超かわいい! お持ち帰りしたい!』
『また、この子は……。ダメに決まってるでしょ! 大体、制服着てないってことは、うちの生徒じゃないでしょ?』
『そうかぁ……残念。新入生ならうちのメイドにスカウトしたかったのに……』
『……ねぇ、あの子、アメリア様じゃない?』
『『えっ?』』
『えっ? えっ!? アメリア公爵様!?』
『お前、あの子、知ってるのか?』
『あぁ、商会の見習い仕事で、親父に付いていった時に見かけた。あの子、アメリア商会のアメリア様だ……』
『はぁ? それって、あの鉄道作ったっていう? 巨人討伐の英雄じゃん!』
『アメリア様がどうして壇上に? 今年から学院に通われるのは聞いてましたけど……』
『新入生代表の挨拶では? 今年から始められたとか……』
『それなら、代表はサラ王女殿下では? 王女殿下も今年から通われるようですし……。それに、制服を着ていないのもおかしいですわ』
『あれは……間違いなくアメリア様。でも、どうして……? 殿下は何か聞いてますか?』
『………………』
『あの、殿下?』
『……すぐに分かる。本人の口から説明があるだろう』
「えぇ、静粛に。
みなさん、落ち着いて聞いて下さい。
私は、国王陛下より公爵位をいただいておりますアメリアです。
この度、国王陛下より命を受け、当学院の学院長に就任いたしました。
よろしく、お願いいたします
『『『『『ええええぇ〜〜〜!!!』』』』』
……」
その後、混乱が収まるまで暫くかかった。
気持ちは分かるよ。
だから、ここは大目に見よう。
たとえ良家の子女らしからぬ大声を出してしまったとしても、不問にいたしましょう。
同い年の子供が学院長なんて、叫びたくなるよね!
私もそうだったよ。
なんとか、学院編が始まりました。
依然、夏休みの宿題状態ですが、、
そして、昨夜完成させた更新1回分の原稿は、保存の操作ミスで消滅しました…
グレそうです。
ともあれ、今後ともがんばる予定ですので、応援のほど宜しくお願いいたします。
(できれば、応援は目に見える形でお願いします)




