不吉な影
「アメリア様、お話ししたいことが」
そう言って私の学園の執務室を訪ねて来たのは、冒険者のアディさんと、商業ギルドのギルド長のルドラさん。
「あら、ご夫婦一緒なんて、珍しいですね」
アディさんにはセーバリア学園、自警団の指導教官をお願いしているし、有事の際には自警団の隊長もお願いしている。
サラマンダー討伐隊の時にも、先日の列車襲撃事件の時にも、セーバの街の自警団を率いてもらっている。
もう、お世話になりっぱなしだ。
で、ルドラさんの方とは、一応持ちつ持たれつの関係ということにはなっている……が、私の感覚では迷惑のかけっぱなしだ。
食品の長期保存を可能とする冷凍庫に、魔動エンジンを使った船や列車。
どれも社会的影響力が大きく、しかも簡単に軍事転用が可能。
迂闊に技術を一般公開すれば、商業ギルドの特許縛りなんて無視して、予想外な方向に利用されかねないものばかり、らしい……。
私の感覚は前世基準で完全に麻痺しちゃってるけど、この世界の感覚では、私の考え出すもの一つ一つが、今までの常識や社会制度をひっくり返しかねない大発明なのだそうだ。
そして、その極めつけが“通信設備”。
魔力抵抗0の呪鉄は、生活魔法レベルの金魔法さえ使えれば、どのような大きさであっても簡単に成形できる。
どのような大きさであっても、だ。
呪鉄に魔力を流すと、魔力は一瞬で呪鉄全体に浸透する。
それが、たとえ数十Km、数百Km先まで伸びていたとしてもだ。
何の抵抗もなく自分の魔力が行き渡った状態というのは、感覚としては、自分の指先が数百Kmの長さに伸びた感じだろうか。
要は、長く伸びる呪鉄の先まで自分の身体になった感じだから、別に見えなくても自由に操作できる。
長く伸びる呪鉄の線の先の、どの部分にある板状の先端を、どのような形に変形するのか。
百足の足が絡まないのと同じ。
自分の身体の一部なのだから、動かすのに何の問題も無い。
遥か遠くで繋がる呪鉄のプレートに、手紙のように文字を刻むのも簡単だ。
これを利用して作ったのが、有線による通信設備ってわけ。
元々の悪しき伝承に加えて、粘土のように柔らかく、いくら加工しても何度でも簡単に形を変えてしまう呪鉄は、何の役にも立たない無価値な金属として、見向きもされてこなかったけど。
ウーゴさんに呪鉄の話を聞いた時、これだ!って思ったね。
その後、実験を繰り返し、別途進行中だった鉄道計画と組み合わせることで、安全に呪鉄の線を引く方法も確立された。
最初は、電信柱を立てるか、地面に埋めていくかと、結構悩んだんだけどね。
どちらも、管理の面とかで色々と不安があって……。
で、思いついたのが、鉄道の線路の中に通信用の呪鉄の線を通すという方法。
これなら、柔らかい呪鉄は鉄道用の硬い鋼鉄に保護されるから、簡単に切られてしまう心配もない。
逆に、線路が破壊された場合には通信も遮断されるため、線路の破損による列車事故も防げる。
まさに、一石二鳥だ。
駅舎に通信室を作れば、別途通信用の建物を建てる必要もないしね。
それに、この方法なら、鉄道網の建設という名目で、同時に“通信”という技術をうまく隠しながら情報網を広げることができる。
“通信”というものについては、少しずつ広めていきたいと考えている。
でも、その技術については、しばらくはセーバの街の独占にしておくつもりだ。
情報を制するものは戦いを制す。
現状でのセーバの街の最終兵器だからね。
社会的な影響も大きいし、安売りはしません。
そう、兵器といえば、呪鉄を使ってゴーレム操作をやってみた。
最初は、ゲーム感覚で。
お〜、自由に動く! これ、土木作業用ロボットに丁度いいかも、なんて思ったんだけど……。
作業用ロボットの兵器転用は、SFの定番でしたね。
これを見た周囲の反応は……。
「アメリア様が、ゴーレムを従えている!」
「呪鉄があれば、いくらでも生み出せるって!?」
「これで不死の軍団を作れば、世界征服も可能だって!?」
ストォ〜ップ!!
なんか、ヤバい方向に盛り上がり始めるのを慌てて止めて……。
幸いなことに、私がゲームのキャラを動かす感覚でする簡単な操作は、この世界の人の感覚では恐ろしく難しいらしくて、“ゴーレム操作”は私だけが使えるオリジナル魔法みたいな扱いになった。
世界征服の野望を抱かれるよりマシかな……。
ただ、時折遊びや工事の手伝いで私がゴーレム操作を行うことで、“通信”の仕組みを知らないセーバの街の一般市民や他所の人達が、私が呪鉄を大量に確保しようとする理由を誤解してくれた模様。
曰く、セーバの街や鉄道の防衛のために、大量の呪鉄を必要としているのだろう、と。
これで、各々の駅の倉庫に大量の呪鉄を保管していても、それが通信技術と結び付く心配が無くなった。
代わりに、私が世界征服の野望を抱いていると、一部で噂になってしまったのは、些細なことだ、よね?
閑話休題。
そんな私の発明をどこまで公開して、どのように商業ベースに乗せていくか……?
これを世に出した場合の、世の中の、他国の反応はどうか……?
そういった事を、他国(連邦)から来ているルドラさんには相談に乗ってもらっている。
ルドラさんの秘書をしているサリーさんによると、私が持ち込むたいへん魅力的かつ非常識な商品を前に、ルドラさんがよく頭を抱えているのを見かけるそうだ。
大変、申し訳ない。
そんな、何かとお世話になりっぱなしのアディさん、ルドラさんご夫妻の話って?
「実は、列車襲撃の時に賊のリーダーが使った毒煙には、見覚えがあります」
そう言って、アディさん、ルドラさんが話してくれたのは、二人がまだ連邦の港湾都市バンダルガにいた時のこと。
当時、バンダルガの商業ギルドで辣腕を振るっていたルドラさんは、バンダルガに古くから根を張る違法な人身売買組織の壊滅に成功したという。
ただ、その人身売買組織のスポンサーになっていたのが、バンダルガとバンダルガの西方一帯を領地に持つダルーガ伯爵。
彼の恨みを買ったルドラさんは、バンダルガの商業ギルド内で閑職に追いやられることになったそうだ。
「人身売買組織の摘発には、私も冒険者として参加していたんですけど、その時に組織の幹部が逃走に使ったのが、あの煙玉でした」
「あれって、私は初めて見たんですけど、連邦でも珍しい道具なのですか?」
アディさんの口ぶりからして、あれは一般に売られている武器ではないのかもしれない。
「はい、あのように煙を出す魔道具も珍しいのですけど、何よりあの毒煙です。
あのような特殊な毒の調合のできる者は、滅多にいません。
敵を麻痺させ、味方には無害。煙状にして一瞬で場を制圧。
あのようなものを見たのは、人身売買組織に攻め込んだ時と、今回の2回だけです」
「あの時の煙使いと今回の犯人が同じなら、恐らく黒幕はダルーガ伯爵です。
くれぐれも、お気をつけ下さい」
アディさん、ルドラさんから聞いたダルーガ伯爵というのは、かなりの危険人物らしい。
野心家で、犯罪まがいの事も平気でする。
連邦内でもそれなりの発言力があるため、連邦議会も迂闊には手を出せない。
港湾都市バンダルガから我が国との国境までの一帯を統治する、連邦設立前から続く古い貴族だとか……。
それが、ザパド侯爵と手を組んだ?
すご〜く面倒な可能性を残して、ひとまず列車襲撃事件は終息した。
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(ザパド侯爵視点)
「貴様! どの面下げて舞い戻った!?
王家も証拠までは掴めていないようだが、明らかに私を疑っていたぞ!
一体、この不始末、どうつけるつもりだ!?」
「不始末も何も、今回の“王女殿下と公爵の殺害”を企てて失敗したのは、ザパド侯爵ではありませんか」
「なにっ?」
私の怒りを恐れる様子もなく、目の前の男、ゲイズは、薄ら笑いを浮かべる。
「それにしても、侯爵も大それたことをなさいましたね。
王女と公爵の殺害など、明らかに国家に対する反逆でしょう。
事が露見すれば、あなただけでなく、一族郎党まで皆処刑は免れないでしょうね」
「な、なにを言っている?」
「そういえば、侯爵からお預かりした“通行許可書”ですが……。
他国の“軍”を自由に呼び込める侯爵の署名入の許可書ですから、これは“外患誘致”という事になるのでしょうねぇ」
「そ、それは!? 小娘を拉致したお前たちを国外逃亡させるためのもので……」
「“公爵”の拉致ですか……。
いずれにせよ、死刑確定ですな。
勿論、ご家族も……。
王都の屋敷で娘さんも見かけましたが、可哀想に……」
「くッ、誰か! 誰かいないか!?」
「あぁ、無駄ですよ。
侯爵様には余程人望がないんでしょうねぇ……。
このままでは大変なことになりますよと話をしたら、皆私に賛同して下さいましたよ」
「ッ!?」
「別に、ザパド侯爵をどうこうするつもりはありません。
それどころか、私達は苦境にあえぐザパド領の現状を立て直すために来たのですよ。
ザパド侯爵にも、ぜひご協力願いたいですね」
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
今後の展開を匂わせつつ、一応一区切り。
次回から学院編スタートの予定ですけど、目下プロット8割、貯金ゼロ。
何とか今まで通りの更新を目指す所存ですが、もしかしたら来週の更新は間に合わないかもです…
でも、何週間もあけるつもりはありませんので、どうかブックマークはそのままで。
評価ptは更新を加速させるかも?
ともあれ、今後とも宜しくお願い致します。
m(._.)m




