治癒魔法
敵の大方を掃討した私は、散り散りに逃げた数人の襲撃者を無事な兵達に任せ、さっきの毒煙にやられた人達のところに駆けつけた。
みんな倒れて動けないようだけど、意識はしっかりとしてるっぽい。
これなら、毒の種類さえ絞れれば何とかなるか……。
私は周囲を探して、地面に転がるソフトボール状の物を発見する。
魔道具?
鑑定魔法を使って確認すると、それは風魔法でボールの中に詰められた毒物を煙状にして吹き出させる魔道具だと分かる。
聞いたことのない毒だけど、それがどのような毒かは“認識”できた。
これなら、治癒魔法が使える。
あまり一般には知られていないけど、実はこの世界の治癒魔法って、ただの土魔法だったりする。
あの、鉱夫が土中から望みの地下資源を取り出す基本魔法だ。
変だと思ったんだよねぇ……。
火水金木土の基本魔法は、どこの神殿の石板にも必ず書かれている文字通り基本だ。
私が思うに、これは人が生活していく上で最低限必要なものってことだと思うんだよ。
それなのに、鉱夫以外には使い道のない魔法が、“基本魔法”に含まれるって、明らかに変でしょう?
実はこの答え、倭国の皇女であるタキリさんが持っていた。
結論から言うと、元々土魔法とは治癒魔法、病気を治す魔法だったらしい。
仕組みは単純で、病気の身体から“病気の元”を取り出すというのが、本来の土魔法の使い方なんだって。
その治癒魔法としての使い方は、もうず〜と昔に失伝してしまっていて、知っているのは本当に一部の者だけだったらしい。
で、その一部に含まれたのが、倭国皇家。
治癒の御技は正に神の御技で、古い時代の倭国皇家の権力基盤だったんだって。
ただ、人の命に関わるそんな貴重な情報を倭国皇家が秘匿していたのにも訳があって、倭国皇家には治癒魔法を使った事故の記録が、かなり残っているらしい。
例えば、こういうの。
全身に酷い痛みを訴える患者を治療しようと、術者が治癒魔法を使って祈ったんだって。
『患者の全身から“痛み”が消えて無くなりますように』って……。
で、どうなったか?
患者の身体から“痛み”は消えたらしい。
ついでに、痛覚も。
それ以降、患者はあらゆる“痛み”を全く感じなくなって……。
しかも、“痛み”を引き起こす原因が消えて無くなった訳ではないから、何日かして患者は突然死んでしまったそうだ。
前世の医学でも、熱や痛みには意味があるから、無闇に解熱剤や痛み止めを使うのは良くないって言われていた。
もっと酷い例だと、大きな火傷を負った男の治療で、黒く炭化してしまった皮膚をきれいにしようとしたら、患者が消滅してしまったなんていうホラー話もあるらしい。
それって……身体から“炭素”を抜き取れって指示に取られたんだと思う。
生き物の身体って、有機物、炭素でできているからね……。
土魔法は確かにどこの神殿でも覚えられる魔法だけど、医学知識の全く無いこの世界の人間が曖昧な“認識”で使うと、大事故に繋がる危険性があるのだ。
太古、皆が当たり前に持っていた医学知識が消失し、それが原因で医療事故が頻発したとしたら、土魔法による治療行為が禁止されても不思議ではない。
で、土魔法の本当の使い方は長い間秘匿されていたらしいんだけど、そこに起こったのが200年前の“大災厄”。
疫病の世界的大流行だ。
疫病は土魔法で体内の“邪気”を取り除けば簡単に治せる。
ただし、治癒魔法としての土魔法を使える人間が、圧倒的に足りない。
まさか、秘密を知る皇族が、国中を治療して回ることもできない。
ここで、倭国皇家は秘匿していた土魔法の本来の使い方を、民に公開する道を選んだそうだ。
土魔法の危険性を考慮して、倭国では資格試験を行う等して無闇に土魔法で医療行為を行わないよう規制はしているそうだけど、完全秘匿の情報ってわけではないんだって。
ちなみに、お祖父様も知っていた。
魔法大全に、土魔法が治癒に使える事を書かなかったのは、やはり素人知識で医療事故が起こる可能性を考慮したからだって……。
タキリさんに、「資格持ってない私にそんな事教えていいの?」って聞いたら、「叔母上様より人の身体についての知識をお持ちの医官は倭国にはいません」って……。
それって、この世界の正式な医者が使う治癒魔法でも、結構なギャンブルってことなのでは……?
ともあれ、そんな土魔法を“治癒”に使う為には、鉱物を掘り出すのとは異なる条件が付く。
相手に、こちらの魔力を受け入れる意思があること。
これは他の魔法にも言えることだけど、対象に魔法を使う為には、その対象に魔力を通さないといけない。
魔力の通りやすい物ほど魔法をかけやすく、その最たるものが“呪鉄”だ。
で、通常生き物には魔力は通らない。
生き物が持つ魔力が、外から体内に入り込もうとする魔力を拒絶するからね。
でも、その身体の持ち主が受け入れる意思を見せれば、その限りではない。
結局のところ、同意のない相手には、治癒魔法はかけられないってこと。
だから、ただ動けないだけで意識があって、ほっとした。
これで、もし意識がなかったら、こちらの治療行為を認識させるために、無理矢理にでも目を覚まさせる必要があったから……。
眠っている患者の治療はできないって、この世界の治癒魔法はリスクだけでなくて、色々と不便だよね。
神々には、もう少し使い勝手を考慮してもらいたいものだ。
それはさておき、急いで毒を抜いてあげないと……。
「大丈夫? 私のことは分かりますか?」
「うっ、ア、メリア、さま」
「ええ、アメリアです。
今からあなたに治癒魔法を使いますから、身体の中に私の魔力を流しますけど、拒否しないで下さいね」
相手が目で頷くのを確認して、私は魔石に貯めてある自分の魔力を注意深く相手に流していく。
例の女神様にもらった設定の本に埋め込んである魔石の魔力。
呪鉄に魔力を流すのとは訳が違う。
いくら相手の同意があるとはいえ、生き物に魔力を流すのには本来それなりの魔力量が必要だ。
闇魔法では魔力量自体は増えないから、足りない魔力は技術でカバーするしかない。
普通なら、ざぁっと流し込んで終わりの魔力を、魔石を使いながら一滴一滴と水滴を染み込ますように注いでいく。
その都度感じる微細な抵抗を、太極拳の推手の要領で受け流していく。
本来なら、魔石の魔力なんかでするような作業ではないんだけど……。
私の場合は、全力で自分の魔力を使っても、最大出力で10MP……。
魔石の出力と変わらん!
そんな訳で、私にとっては自分の魔力を直接使うのも、ストックしてある魔石の魔力を使うのも、それほどの違いはないのだ。
周囲には、女神様の本から大量の魔力が流れ込んでいるかのように見えるんだろうけど、実はぎりぎりの自転車操業だったりする。
ともあれ、何とか必要な魔力は浸透させた。
まずは、鑑定魔法……。
やっぱり、さっきの毒が原因みたい。
これなら、この毒を抜き取るだけでいいから、医療事故の心配も無さそうだ。
『Извлекаю то, что я хочу』
先程鑑定した煙の毒を抜き出すようイメージする。
うん、大丈夫なはず……。
「動けますか? どこか身体におかしなところはありませんか?」
「はい、問題ありません! アメリア様、ありがとうございます!」
よし、問題無し!
私は、レジーナとレオ君にも毒についての説明をし、治癒の手伝いをしてもらう。
二人には、前世の一般常識程度の医学知識は教えてあるし、“治癒魔法”についても教えてある。
何より、この人数を私一人では、流石に無理だ……。
風の単一属性で土魔法自体使えないサラ様が、協力できなくて悔しそうにしてるけど、これはしょうがない。
サラ様には、まだ息のある襲撃者の捕縛の方に回ってもらった。
私達が治療に専念している間に、セーバの街から一緒に来た職人達によって線路の修理も終わったようで、私達はその日のうちに無事セーバの街に戻ることができた。




