広がる噂
カラン、カラン、カラン。
鐘の音が鳴り響く。
出発の合図だ。
慌てて乗り込もうとするような乗客は見られない。
人だかりは全て、動き出す列車をひと目見ようと集まっている見物人達だ。
ここは、セーバの街の外れに作られた駅舎。
建物の1階は乗客用の待合室と切符売り場になっており、2階は事務所になっている。
列車用のホームは無い。
駅舎で切符を購入した乗客は、一旦駅舎を出て、外に停まっている列車に直接乗り込む。
各車両には専属の担当乗務員がいて、乗務員は入り口で乗客の切符を確認する。
降車時も同様だ。
これ、前世の旅行中にはよく見かけたシステム。
初めて海外で長距離列車に乗った時、日本人故の思い込みで、列車に向かうための改札口が無いと駅舎の中を駆け回り、既に到着しているはずの列車に乗り込めずにパニックになったのもいい思い出だ。
この方式が良いのは、ホームを作ったり列車の停車場を囲い込むような柵を作ったりする必要がないところだ。
到着した列車は、そのまま奥にある車庫兼資材搬入用の大型倉庫にも乗り入れられるようになっている。
実際のところ、今はこちらの方がメインだ。
元々街道すらなかった訳だし、セーバ〜ドワルグ間を行き来する乗客など殆どいない。
呪鉄の勉強に来た鉱夫、職人、職員……要するに、今回の鉄道計画に従事する関係者が大半を占める。
彼らには、今後セーバ〜王都間を走らせる予定の列車のモニターをお願いしている。
乗り心地とか色々の確認は大切だからね。
その中に、若干名の上級冒険者や商人等の一般客が混じっている。
彼らの目的は、純粋に列車に乗ること。
要は、珍しいのだ。
なんてったって、世界初だからね!
今までなら、順調に進んでも優に10日はかかっていた道のりを、たったの2日で駆け抜けてしまうのだ。
しかも、大型の馬車十数台分の荷物を運びながら!
一応、切符の一般販売もしているものの、運賃はまだ決して安くはないんだよね……。
列車が到着する度に見学にやって来る人々に、高額な切符に大枚を叩く人々。
そうして実際に列車を見て、体験した人達によって、王都では急激に“列車”の噂が広まっていった。
>
王都のとある酒場にて。
『聞いたか? あの話。
北の大森林に巨大な魔物が出たっていう……』
『あぁ、ミスリルの巨人と火竜を王女殿下と公爵様が倒したって話だろ?
でも、なんか嘘くさいよな!
だって、その2人って、まだ子供らしいじゃん?
いくら貴族は魔力が多いって言っても流石に無理だろ』
『知らないのか?
そもそもその公爵の子の魔力って、庶民並らしいぞ』
『何それ? それで貴族な訳?』
『だから、理由があるんだよ。
その子の両親ってのが、王兄殿下と大賢者の娘でな。
その関係で魔力無しでも公爵と認められたらしい』
『けッ、完全な親の七光りじゃん!』
男は、最近この界隈でも見かけるようになった珍しい魚料理を口に入れる。
『滅多なことを言わないでおくれ!』
そこを偶々通りかかった店の女将が、きつい口調で嗜める。
『一体、誰のおかげでその魚料理が食べられると思ってるんだい!?
その魚を王都まで運んでくれてるのも、平民の私達でも手に入る価格で売って下さっているのも、全部そのアメリア公爵様なんだよ。
あんたが今飲んでるエールを冷やす魔道具だって、アメリア様の発明だ。
うちはアメリア商会の魔道具のおかげで売上も上がって大助かりさ』
『えっ! アメリア商会って、最近王都にできたあのアメリア商会!?
マジか!?
あそこの武器、すげぇいいんだよ!
値段も手頃だし、あそこの武器使っちゃうともう他所の武器は使えないわ……て、エッ? アメリア?
なんか貴族の子供が商会長の珍しい商会って聞いたけど、その子か!
あんな商会作っちまう子供なら公爵名乗ってても、そりゃ文句はないわ』
『そうか……。
あそこはセーバ公爵家か』
女将と連れのやり取りを黙って聞いていた男が思わず呟く。
『ん? どうした?』
『いや、どうしてアメリア商会が、あんな街外れにぽつんと建物を建てたのか気になっていたんだ。
ふつう店を出すのなら、もっと街の中心に出すだろう。
売っている商品を見ても、それなりの資本の商会に見えたしな。
だが、あの商会の主がセーバの街の領主なら納得だ。
あそこの近くには、確か、セーバ公爵家のお屋敷があったはずだ。
つまり、アメリア様は、王都の自分の家の近所に商会を建てたってことだな』
『なるほどなぁ……。
なんか商売っ気があるんだかないんだかよく分からんけど……。
まぁ、あれだけ商品が良ければ、たとえ街外れでも客は来るか。
……そういえば、他にも何かでかい倉庫とかも作ってたけど、あれもアメリア様のか?
あと、道?……とかも作ってなかったか?』
『実は、商会だけでなく、街まるごと作ってたりしてな……』
『いや、流石にそれはないだろ』
笑い合う男二人に、今度は店の女将が口を挟む。
『案外、本当にそうかもしれないよ』
『ん? 女将さん、何か知ってるのか?』
『ああ、最近セーバの街に行って来たっていう別の冒険者がね……。
私には想像もできないんだけど、セーバの街で巨大な鉄の大蛇みたいな乗り物を見たっていうんだよ。
そいつは人とか荷物とかを飲み込んで、とんでもないスピードで地を這っていくって話でね』
『それって、最近北の大森林に出るっていう魔物のことなんじゃないか?』
『その可能性はあるな……』
『で、その荷物や人を運ぶ大蛇だかの乗り物が、そのうち王都まで来るって言うんだよ』
『それ、不味くないか!?』
『それがねぇ、そうでもないんだよ。実際にそれに乗った者の話では、それは馬車よりもずっと快適で速いそうでね……。
本当か嘘か知らないけど、その乗り物を使えば、王都からセーバの街まで2日で行けるようになるって言うんだよ』
『2日!?』
『そりゃ、無理だろ!』
『でも、もし本当なら、噂に聞くセーバの街に、私も一度は行ってみたいと思ってねぇ……。
もし、その乗り物が、アメリア商会とセーバの街を繋ぐなら、新しい街の一つくらいはできるんじゃないかと思うんだよ』
そんな女将さんと客の冒険者の話を、店の隅で黙って聞いている男がいた。




