鉄道計画
王都から戻り、ようやく一息ついた私は、セーバ〜ドワルグ間の街道整備、線路の敷設のために、積極的に動き出した。
魔獣?
いなくなったよ。
あのゴーレム討伐の後、魔法を解かれて目覚めたサラマンダーは、ただの鉄クズと化したゴーレムにすっかり興味を失い、そのまま元居た大森林の深部へと帰っていった。
それによって、大森林の秩序はすっかり回復したようで、今では大森林の南に凶悪な魔物が姿を見せることは殆ど無いそうだ。
そんな訳で、早速街道の整備と線路の敷設を開始した。
今回の工事に関しては、必要な資材はほぼ全て現地調達できるからね。
呪鉄は、例のゴーレムの身体を使えば問題無い。
残りの金属については、全てドワルグの鉱山組合から格安で提供してもらえる。
今回のゴーレム討伐と、ウーゴさんの呪鉄の問題の解決。
その後の叙爵云々は確かに大変だったけど、結果としては今までの諸々の問題が全て解決したのだ。
今は息子も世話になっている訳だし、セーバの街には足を向けては寝られないと、街道工事にはギルド長改め辺境伯のブリツィオさんも大変協力的だ。
王都の鉄鋼組合そっちのけで、ほぼ原価でじゃんじゃん必要な資材を提供してくれている。
木材は大森林から切り出せばいいから、それこそタダだしね。
そんな好条件も重なって、セーバ〜ドワルグ間の街道整備は、凄まじいスピードで進んでいる。
それから、線路に乗せる列車の方も完成間近だ。
こちらは、ウーゴさんの参戦が大きかった。
元々の列車の基礎設計自体は、魔動エンジンの開発の段階でできていたのだ。
ただ一つ問題だったのが、資材の強度。
船体の殆どが木材で作られている船と違って、列車の主要部分の大半は金属で作られる。
車輪一つとっても鉄製で、走らせる線路も鉄。
強度に違いがあったりすると、あっという間にすり減って、脱線事故とかになりかねない。
おまけに、巨大な列車を動かすための魔動エンジンはかなり強力で、これを作るための金属も、その動力を伝えるための歯車も、この世界基準の製錬技術では不安があったのだ。
もうタキリさんに頼んで、倭国から腕の良い鍛冶師(刀匠)でも呼んでもらうしかないかとも考えていたんだけどね……。
金属の専門家であるウーゴさんが来てくれたことで、その辺りの問題が一気に解決に向かった。
私の場合はどうしても頭でっかちなところがあって、知識はあっても実際のイメージが伴わない。
その点、ウーゴさんは物心つく前から金属や鉱物に馴染んでいて、鑑定魔法こそ使えないものの、金属に魔力を流すだけで、感覚で金属の状態を理解してしまえるらしい。
それに加えてセーバ産の科学技術を学んだことで、今ではこと金属に関する見識は、私を超えてセーバリア学園一だ。
そんな彼の鉄道計画参入によって、これまで行き詰まっていた問題が一気に解消された訳。
おまけに、今までは王都の鉄鋼組合の意地悪で手に入りにくかった資材も、簡単に調達できるようになったし、列車を走らせる許可も既に取ってある。
皆にも、弾みがつこうというものだ。
列車が走るところを一日でも早く見たいと、スタッフ一丸となって作業に勤しんでいる。
あと、陣頭指揮をするレジーナのやる気が凄い。
次こそはと、何やら燃えている。
何と戦っているのやら……。
私が王都から戻った時には、既にトッピークでのアメリア商会開設の目処をつけたレジーナが、祖父のマルドゥクさんと共にセーバに到着していた。
そして、私やレオ君、サラ様からドワルグや王都での顛末を聞いたレジーナは、かなり荒れた。
今回のゴーレム騒動、一般にはあまり知られていないが、ある程度国の運営に関わる者達の間では、国家存亡に関わる大事件と認識されている。
更に一部では、かつて勇者様が倒した伝説の巨人の復活を阻み、世界を救った幼き王女とその仲間達の活躍が、まことしやかに語られている。
今まで何も知らず、ゴーレム問題を放置してきた王家。
貴族でありながら碌に魔力を持たず、それで国防の義務を果たせるのかと、何かと風当たりの強い私。
今まではただの平民でありながら、魔力も無いくせに爵位と王家の保護を得たドワルグ辺境伯家。
それらに対する物言いを回避する為の情報操作。
それが、昨今の貴族のお茶会やパーティーで話題の、あのゴーレム討伐戦の英雄譚である。
一定の効果は認めながらも、「恥ずかしいからやめて!」という当事者に対して、当事者でない者は当事者でないが故に別の感想を持つらしい。
『どうして私は、その時アメリア様の横にいなかったのでしょう……?』
『えぇと、トッピークにいたからじゃない?』
『レオ様も、サラ様もいらっしゃったのに……?』
『う、うん。たまたまかな……』
『………………』
どうも、噂の物語の中に、自分だけが登場しないのが気に入らないらしい……。
まぁ、自分だけ仲間はずれって感じは、どうしてもしちゃうんだろうけど……。
『あっ、マルドゥクさんはどうしてる?』
必殺、話題転換法!
『えぇと、祖父ですか? 午前中はハーべさんと実験農場の作物について話されていたようですが、今は多分大賢者様のところだと思います』
そう、レジーナと一緒にセーバの街に来てもらったマルドゥクさんには、ハーべ君についてもらって、この街の農業の発展に協力してもらっている。
私の知識や魔法を取り入れたこの街の農業は、どこよりも先鋭的で、それでいて少し間が抜けていたりする。
例えば、南の暖かいユーグ領ではよく育つ葡萄が、セーバ領ではあまり育たない。
土地の養分は足りているはずなのに……。
よし、鑑定魔法で寒さに比較的強い種子だけを取り出して、品種改良をしよう、とか……。
恥ずかしい……。
マルドゥクさんに、そもそも葡萄の出来不出来に温暖な気候とかはあまり関係ないって言われた時は、ショックだった……。
元々のセーバの農家組の人達も、ユーグ領では普通に育っていた農作物がセーバでは不作になるのは、豊穣魔法とこの土地の寒さが原因だって、ずっと思っていたみたい。
私もそう思っていた。
葡萄と言えばフランス、地中海、燦々と降り注ぐ太陽、みたいな……。
よ〜く考えたら、山梨や長野でも葡萄作ってたよねぇ……。
甲州ワインとか……。
分かってはいたけど、セーバの農業は非常にアンバランスだと、マルドゥクさんに指摘されてしまった。
そんな訳で、マルドゥクさんには、この街で行われている農業の見直しをお願いしている。
マルドゥクさんにしても、今まで想像もしなかった発見もあるそうで、お互いにいい刺激になっているそうだ。
ちなみに、マルドゥクさんとお祖父様は歳も近くて、平民でありながら貴族待遇という立場も似ているせいか、会ってそうそう意気投合していた。
今では、すっかり茶飲み友達だ。
よく、二人で予想の斜め上の行動をする孫達の話をしているらしい。
まぁ、楽しそうで何より。
そんなこんなで、セーバの街の勢いは今日も健在だ。




