ゴーレム討伐2
よし、十分に距離が開いた!
サラマンダーが足止めされていることを気にする様子もなく、これ幸いと前進を続けるゴーレムとサラマンダーとの距離は、ざっと20メートル。
これだけ距離があれば、サラ様やサラマンダーがこちらの魔法に影響される事はないだろう。
『広域焦熱魔法』
私は広域凍結魔法と同じ風魔法を使いつつ、正反対の現象を引き起こす。
空気を膨張させるのではなく、圧縮する。
膨張した空気の温度が下がるように、圧縮した空気の温度は上昇する。
熱気が、ここまで伝わってくる。
今、ゴーレムの周囲の温度は、相当に上がっているはずだ。
ゴーレムの周囲の地面が、赤く溶け出しているのが見える。
ゴーレムの動きが止まる。
このまま溶けちゃえば楽なんだけど……。
まぁ、無理だよねぇ……。
ゴーレムは動きを止めたけど、ただそれだけ。
この結果は予想できていた。
実験でも、流石にミスリルは無理だったけど、ただの呪鉄なら溶かすことができた。
でも、それは、“ただの呪鉄なら”の話。
金魔法で魔力を通してもらった状態の呪鉄は、溶かすことができなかった、というか、形を崩すことができなかった。
魔法が形を維持しちゃうから。
極端な話、液状になっても魔力を通している間は、人形を維持できちゃうんだよね。
だから、広域焦熱魔法で倒すのが無理なのは知ってた。
とはいえ、全くの無傷ってわけにもいかないよねぇ?
金属は熱すると体積が増える。
ミスリルは熱にも強いからほとんど変化しないけど、鉄は違うよねぇ?
よく見ると、ゴーレムの身体を隙間無く包んでいたミスリルのタイルに、隙間ができている。
剣で刺し貫けるほどの大きさはないけど、所々に赤い線が走っていて、表面を熱せられた真っ赤な鉄が確認できる。
ただ、それも、少しずつ修復されてきている。
ミスリルのタイルが溶けるように広がって、できた隙間を埋めているのだ。
やがて、切り傷が塞がるように、ゴーレムの表面は元通りに修復されてしまう。
うん、計算通り。
私は、再度ゴーレムの周囲の空気を操作する。
ただし、今度は圧縮ではなく膨張。
鉄をも溶かそうという炉の中のような空気が、全てを凍りつかせる極寒の吐息へと変わる。
ピシッ、ピシピシッ、ピシピシピシピシピシピシ……。
ゴーレムの体表を覆うミスリルの鎧に亀裂が走る。
所々、身体に貼り付いていたミスリルのタイルが弾け飛ぶ。
膨張した身体に合わせて隙間無く薄く貼り直したミスリルは、突然収縮した鉄の身体に対応できない。
呪鉄と違ってミスリルは魔力を通し難い。
いくらゴーレムが自分の魔力で金属を変形させて動いているとはいえ、魔力抵抗0の呪鉄と違って、ミスリルの表皮はそうそう自由にはならないはずだ。
それは、先程の外皮の修復スピードを見ても一目瞭然だ。
うん、うん、だいぶボロボロになったねぇ。
これなら問題なく感電してくれるだろう。
あまり時間をかけては、サラ様の方がもたない。
ちょっともったいないけど、ここは一気に畳み掛ける!
ゴーレムの周囲にそよ風が起こる。
私の合図で飛び出したサマンサが、ゴーレムの反撃を危なげなく躱しながら、所定の場所に担いでいた大きな麻袋を降ろし、その袋を切り裂いた。
難しい強力魔法や加速魔法を当たり前のように使って、あんな重たい袋を担いだ状態でゴーレムの攻撃をあっさり躱すなんて……。
流石はサマンサ教官だ。
サマンサがゴーレムから離脱したのを確認し、私は闇魔法で先に唱えていた風魔法の効果をブーストする。
ゴーレムの周囲の風が急激にその速度を上げ、竜巻となってゴーレムの巨体を包み込む。
先程サマンサが置いた麻袋の中身を巻き上げながら……。
麻袋の中の一見砂のように見える物は、主に倭国に棲息するある魔獣の骨や牙なんかを細かく砕いた物だ。
非常に貴重な素材で、最初に見たのはお祖父様の研究室。
羅針盤を作る際に、何とか磁石を作れないかと試行錯誤した時に発見した素材だ。
魔獣の名は鵺。
雷獣とも呼ばれ、雷を操ると言われるAランク指定の強力な魔獣だ。
この世界には電気に関する知識は無いけど、雷自体は普通に見られるから、鵺の発する電撃も“雷”と認識されているみたい。
で、そんな魔獣の身体なら、さぞ静電気も発生しやすいだろうと試してみたら、これが大正解。
容器の中に風の渦を作ってその中に鵺の粉を入れたら、見事に放電現象が起きたってわけ。
今現在、セーバの街で製造している羅針盤に使われている磁石は、その放電現象を利用して作られているんだけど、初めの頃は鵺の素材を手に入れるのに非常に苦労した。
今では、タキリさんが倭国から大量に取り寄せてくれたおかげで、その問題も解決済み、だったんだけど……。
今回のサラマンダー討伐にはサラ様が参加することもあり、万が一に備えてその貴重な素材をごっそり持ってきた。
それが今、盛大に巻き上げられている砂粒だったりする……。
これって、経費として王妃様に請求できるのかなぁ……。
>
(ドゴール将軍視点)
目の前で起きている戦いに、私の理解が追いつかない。
子供に驚かされるのは、ベラ様で十分に慣れていると思っていたが、私もまだまだということか……。
国王陛下(ベラ様)の命により、早馬を飛ばしに飛ばしてドワルグの街に到着したのが数刻前。
聞けば、一足違いで王女殿下とアメリア公爵はゴーレム討伐に向かったとの事。
しかも、たった5人で!!
そして、件のゴーレムは、既に動き出しているというではないか!
こうしてはおれないと、慌てて後を追って来てみれば、目の前には予想外の光景が広がっていた。
あの巨大なサラマンダーは、死んでいるのか?
いや、確かにあのサラマンダーからは強い魔力を感じる。
寝ている?
いやいやいや、サラマンダーはたとえ眠っていても、表皮の炎が消えるようなことはない。
あれは、サラ様が封じているのか?
思えば、先日の晩餐会でもサラ様はジェローム殿の魔法を完全に封じていたように見えた……。
同じ魔法なのか!?
あのような魔獣を、小さな子供が、いや、人に封じることが可能なのか?
それに、サラマンダーがサラ様によって本当に封じられているなら、なぜ周囲の者はその隙にサラマンダーにトドメを刺さない?
サラ様を守る少年と、冒険者風の女性。
どちらもかなりの手練のはずだ。
今斬り伏せられた魔獣も、周囲に転がる魔獣の死骸も、みな熟練の兵が数人がかりで対処にあたる魔獣だぞ……。
少なくとも、あの女冒険者なら、眠ってる今のサラマンダーなら問題無く倒せるはずだ。
あれではむしろ、あの者がサラマンダーを守っているようではないか……。
とりあえず、サラ様に危険は無いようだが……。
ビシャッ!!!
バチバチバチ!!!
ゴロゴロゴロ!!!
耳を劈くような音が鳴り響き、昼間にも関わらず強い光が私の目を焼いた。
なんだ、あれは!?
先程確認した時には、身体に多くの亀裂の走るゴーレムが、少女と対峙していた。
ゴーレムに、目立った動きは無い。
会ったことはないが、状況から見てあれがアメリア公爵で間違いないだろう。
それから、あれは……サマンサ殿か?
サマンサ殿は元々皇太子であったディビッド様の側近をなされていた方で、その出自は伏せられていたが、かなりの実力者であると聞いている。
彼女がついているなら、あちらは当面は問題なかろう。
そう判断して、サラ様の方の状況を注視していたのだが……。
ちょっと目を離した隙に、一体何が起きた!?
巨大なゴーレムを囲むように、風が渦を巻いている。
あれは……話に聞く竜巻というものか?
そして、先程から鳴り響くこの音と、あの閃光は……雷なのか?
雷とは、雨の日に空から降ってくるものではないのか?
それとも、あれは魔法なのか?
そのような魔法があるなど、聞いたこともない。
いや、他国には雷を操る魔獣がいるという話は聞いたような……。
だが、人の使う魔法にはそのようなものは……。
『私の魔法は、アメリアお姉様から教えていただいたものです』
『夢の中で女神から魔法を習ったなどと、世迷い言を……』
『父上、先日アメリア公爵がボストク領に来られまして、そこで手合わせの機会を得ることができました。
完敗でした。
魔力が全てではないとおっしゃっていた父上の言葉が、ようやく理解できました』
息子よ。
父もまだまだ理解が足りなかったようだ……。
ビャッ!%$ガガ#ド*バ&#%$^&!*!!!!
私の思考を断ち切るように、一際激しい光と轟音が鳴り響く。
頭の中が真っ白になる。
そして、地獄の光景を思わせるような竜巻が、ゆっくりと消えていく。
ドドーーーーーーンンン
そこには、先程まで感じていた強大な魔力は一切感じられず、ただ一部身体の吹き飛んだ壊れた巨大な鉄の人形が横たわっていた。




