ゴーレム視察
その後、ブリツィオさんから詳しく聞いたミスリルゴーレムの特徴に唖然とする私達。
高さは2階建ての建物ほどの大型のゴーレムって!?
全身がミスリルで覆われていて、サラマンダーの炎や牙、爪でも無傷って!?
今は休眠状態で、石像と化しているらしいけど、その状態でも外部からの攻撃を一切受け付けないため、誰も手出しができないって……。
ゴーレムが休眠状態に入ると、発する魔力も弱くなり動きもないため、サラマンダーも攻撃を止めてしまうらしい。
そして、十分な魔力を補充して再びゴーレムが移動を開始すると、またサラマンダーもやって来て怪獣大戦争が始まるんだって……。
そんな事がここ数年で何度も繰り返され、サラマンダーを押しのけつつ少しずつ南下を繰り返したゴーレムは、既にドワルグの街まで半日足らずの場所まで来ているらしい。
「今はゴーレムは休眠状態ですが、もういつ動き出してもおかしくはありません」
「……何か打つ手はないのですか?
ずっと、手をこまねいていたわけではないのでしょう?」
「それは、勿論……」
鉱山組合としても、思いつく限りの手は打ってきたらしい。
休眠中のところを狙って、一斉に攻撃魔法を仕掛けるとか、大人数で引きずって大地の裂け目に落とすとか……。
「でも、無理でした。
休眠状態の巨人に近付こうにも、そうすると今度はサラマンダーを始めとした周囲の魔物達に襲われるのです。
魔物達は別に、私達人間の味方というわけではありません。
単に自分達のテリトリーに入り込んだ敵を攻撃しているに過ぎないのです。
それはゴーレムも人間も同じです。
サラマンダーの攻撃を回避しつつ、いくら動かないとはいえあの巨体をどうこうするなど不可能です」
確かに。
こんなの、たかが街の自警団辺りで何とかできる問題ではない。
Aランクオーバーの特大サラマンダーに、Sランク指定のミスリルゴーレムなんて、それこそ国が一軍を以て対処する問題だ。
私が視線を移すと、ジーノ伯爵が真っ青な顔で俯いている。
サラ様の前で、改めてこの街の情況を聞かされて、やっと現実を自覚できたんだろうね。
馬鹿みたいな話だけど、割とよくある話だと思う。
最初は部下からのちょっとしたトラブルの報告で、面倒だし下手に上司に報告して自分の管理能力を疑われてはマイナスだし、何かあれば自分で対処すればいいだろうくらいに考えていたら、問題を先送りにしている間に問題がどんどん膨れ上がって、気がついたらもう自分では全く対処不能ってパターン。
今更上司にも言えないし、こんな情況になるまで放置してたなんて知れたら、もうただでは済まないし……。
で、眼の前の現実から目をそらして、どうか任期が終わるまで問題が起きませんようにと、祈る日々を過ごしていたと……。
まぁ、ジーノ伯爵の処遇はこの際どうでもいい。
問題は、眼の前のミスリルゴーレムだ。
これを何とかしないと、ドワルグの、いや、もし伝承が本当なら、世界の危機だ。
さて、どうしたものか……。
「アディさん、アディさんはミスリルゴーレムの討伐とか経験ありますか?」
まずは、本職の意見を聞いてみよう。
上級冒険者のアディさんなら、ミスリルゴーレムの倒し方も知っているかもしれない。
そう思ったんだけど……。
「申し訳ありません、アメリア様。
私にも経験がありません。
そもそも、ゴーレム自体が非常に珍しい魔物で、その対処方法もとにかく心臓の位置にある魔石を砕くということしか分かっていません。
ミスリルゴーレムに至っては、もう実在すらも怪しいレベルです。
大昔にどこかの国に現れた時には、軍が総がかりで押し込み、谷底に叩き落として倒したという記録があるだけです。
魔法も武器も効かず、実質対処不能ということでSランクに指定されていますが、もうほとんど伝説上の魔物ですから」
そうかぁ……。
ミスリルゴーレムって、前世のゲームや小説では割と有りがちなモンスターだから、強敵だとは思ってもそれ程珍しい魔物だとは思わなかった。
そういえば、オークだってこの世界では決して雑魚モンスターってわけでもないし、ミスリルゴーレムについても色々と前世の思い込みがあるのかもしれない。
戦うにしても、まずは敵の正確な情報が必要だ。
「ブリツィオさん、お話から判断するに、鉱山組合ではそのゴーレムを監視し続けているんですよね?
もしそうなら、そのゴーレムを見れる所に案内してもらいたいのですが……。
あと、ゴーレムに関する資料などがあれば全て見せて下さい」
その日はもう日も沈んでいて、行っても暗くて何も見えないからということで、翌日改めて私達はブリツィオさんの案内で、ミスリルゴーレムを見ることのできる鉱山に向かった。
「木に隠れて見えにくいですが、ここからなら少しはゴーレムの姿も見えるはずです」
大地の裂け目にほど近い小高い丘の上から、ブリツィオさんが指差す方向に視線を向ける。
見えた!
ぱっと見、馬車くらいの大きさの巨岩のようだけど、よ〜く注意して見ると分かる。
あれは確かに、ゴーレムに見える。
体を丸めて体育座りしているというか、“考える人”って感じだ。
もうかれこれ1年近く、ずっとあの状態らしい。
ブリツィオさんに渡された資料によると、ゴーレムの休眠期間は回を重ねるごとに段々と長くなっている。
前回の休眠期間は208日で、その前が83日か……。
恐らくだけど、魔力の濃い森の深部から離れることで、魔力のチャージにかかる時間が段々長くなっているんだと思うんだよね。
それでも、、今日で335日目かぁ……。
これは、ブリツィオさんが言うように、いつゴーレムが動き出してもおかしくない状態だよねぇ……。
と、それにしても、今朝ブリツィオさんから渡されたこの資料、恐ろしくしっかりしている。
今回のゴーレムが発見されてから今までの観測データや、そこから考えられるゴーレムの特徴等の考察。
とてもただの鉱夫やギルド職員がまとめた物とは思えない。
これだけのレポートなら、セーバリア学園の研究クラスでも十分通用するだろう。
こんな情況でなければ、ぜひともセーバリア学園にスカウトしたいところだ。
ともあれ、今は世界の危機の方が重要だ。
私は腰のポーチから小型の望遠鏡を取り出すと、ゴーレムの細部を確認していく。
あの光沢は、確かにミスリルに見える。
サマンサやアディさんの剣と同じ感じだ。
でも、硬質な感じは全然しない。
もっとこう、艶めかしいというか、皮膚っぽいというか……。
うん、確かにあれは、ゴーレムというより、巨人って感じだ。
結構リアルな人型をしている。
最初のイメージでは、ゲームみたいに直方体のブロックを、魔力か球体関節みたいので繋ぎ合わせたのを想像していた。
でも、あの感じだと、どちらかと言えば動く石像系のモンスターって感じだ。
それに、あの体育座り姿勢。
もし普通に立って行動していた巨人が、あんな人間みたいな姿勢をとれるなら、それって人間並みの柔軟性があるってことだよねぇ……。
学園の実験で確認したミスリルは元々かなり硬い物質で、しかも魔力を通す程にその硬度は上がっていた。
しかも、金魔法での変形にはかなりの魔力を必要としていた。
そんな金属だから、最初にミスリルゴーレムって聞いた時に、私は石像ではなくブロック型のやつを想像したのだ。
でも、そうなると……。
「あ、あのォ!
スミマセン、それは何でしょうか?」
私がゴーレムを観察しつつ考察を繰り返していると、突然ブリツィオさんと一緒にここまで案内をしてくれた男の子に声をかけられた。
男の子といっても多分タキリさんと同じくらい、恐らく成人はしてそうだけど……。
特にブリツィオさんに紹介もされていないし、ただのお手伝いの人かと思っていた。
「ウーゴ! 黙っていろ」
「……はい」
「申し訳ありません、アメリア公爵。
どうかお気になさらないで下さい」
「いえ、構いませんよ。
えぇと、ウーゴさん?
これは望遠鏡といって、遠くにある物を大きく見せる道具なんですよ」
この望遠鏡も、この世界ではまだ存在しない道具だ。
そのうち商業ギルドに登録して正式に売り出そうと考えているけど、望遠鏡は軍事品にもなるから、今のところは自分たちで使う分だけで様子を見ているんだよね。
そんな道具だから、きっと一体何をしているのかと単純に興味を持ったのだろう。
どうせそのうち時期をみて売り出そうと思っている道具だし、製造方法さえ知られなければ、それほど秘密というわけでもない。
ブリツィオさんはギルド長という立場で、多分最低限の貴族との付き合いもある。
だから、しっかりと紹介もされていない平民が貴族に話しかける無礼を気にしたのだろうけど、私はそういうの全然気にしないからね。
そんな気軽な気持ちでウーゴさんの質問に答えてあげると、それを聞いたウーゴさんの表情が一変する。
「そ、それを貸して下さい!」
「黙れ、ウーゴ!」
「でも、父さん! あれがあれば、もっとゴーレムについて分かることもあるかもしれないだろ!
あのゴーレムは不自然だ。
しっかりと観察できれば、何かゴーレムを止める方法が見つかるかもしれないじゃないか!」
突如始まった言い争い、というか、親子喧嘩。
全然そんな素振りは見せなかったけど、どうやらこの2人は親子らしい。
で、ウーゴさんの言動から察するに、恐らくここに来る前に渡されたゴーレムに関するレポートを書いたのは、ウーゴさんで間違いないだろう。
で、あれば、むしろ彼のお願いは願ったり叶ったりだ。
こちらこそ、ぜひ彼の忌憚のない意見を聞かせてもらいたい。
「ブリツィオさん、落ち着いて下さい。
それよりも、先程見せて頂いたレポートは、そこにいる息子さんが書かれたものではありませんか?
もしそうなら、むしろ、ウーゴさんにはこちらからゴーレムの確認をお願いしたいのですけど」
貴族である私の意見に異を唱えられるはずもなく、ブリツィオさんが引き下がったところで、私は改めてウーゴさんに望遠鏡を手渡した。
「これは、凄い!」
望遠鏡を渡されたウーゴさんは望遠鏡に驚くも、早速巨人の観察を開始する。
そして暫くの時が過ぎ、ウーゴさんは望遠鏡から目を離した。
「間違いありません。
あのミスリルは体表だけで、恐らく内部は“呪鉄”です」




