アメリアには手を出すな 〜カルロス国王視点〜
(カルロス国王視点)
別室で仕事をしていたディビッド兄上がやって来ると、私は人払いをした上で兄上に席を勧めた。
「実は、アメリアの事で兄上に折り入って御相談があるのですが……」
事は非常にデリケートな問題だ。
娘を溺愛する兄上に、迂闊にアメリアの婚約者や後見人の話などしようものなら、それこそ今の執務を全て放り出して、自分がアメリアの補佐としてセーバの街に行くとか言い出しかねない。
「ああ、アメリアに婚約者か後見人をつけたいとか、そういう話か?」
えっ? どうしてそれを?
いや、少し考えれば当然か。
このような状況下で、国王である私が言い出すことなど、兄上が理解できていないはずがないのだ。
これでも兄上は生粋の王族だ。
いくら娘が可愛いとはいえ、元王族として何を最優先にすべきかの判断は、私以上にできているはずだ。
これは、思ったよりも話は簡単かもしれない。
「ええ。兄上もご存知の通り、昨今のセーバの街の発展には目覚ましいものがあります。
それらがアメリアの実績であることは重々承知しているのですが、だからといって、これほど重要度の上がってしまったセーバの街を、今後も子供のアメリア一人に任せっぱなしにする訳にもいきません。
兄上にはご不快な点もあるでしょうが、ここは私情ではなく国益を優先していただきたいのです」
そう言った私に対して、呆れたような視線を向ける兄上……。
えっ? 何で?
「だからお前は考えが浅いというのだ。
貴族どもの言葉を鵜呑みにするのではなく、もっと広い視野でものを見るようにせねば大局を見失うぞ。
どうせザパド侯爵辺りが横槍を入れてきているのだろうが、お前は本当に今のセーバの現状とアメリアの力を理解しているのか?」
いくら人払いをしているとはいえ、仮にも国王に対して随分な言い草である。
「べ、別にザパド侯爵に言われたからという事ではなく、私自身が以前から考えていた事なのです。
セーバの街については私も部下をやって密かに調べさせました。
ですから、昨日のサラの言を待つまでもなく、アメリアの実力については私も把握しています。
同時に、我が国の経済に与えるセーバの街の影響力の大きさも、他国との関係におけるセーバの街の重要性もしっかりと理解できています。
理解できているからこそ、今後のことを考えれば、子供のアメリアをいつまでも今のまま放置するのは、あらゆる面で危険だと判断したのです」
私は、他の貴族達のようにアメリアを過小評価はしていないつもりだ。
思い起こせば数年前、アメリアに爵位と領主の権を与えた謁見の時。
あの時から、既にアメリアの中では今のようなセーバの街の発展計画があったのではないだろうか。
あの時の皆の言動は、妙に不自然だった。
散々兄上から優秀だと聞かされていたアメリアは、妙に子供っぽかった。
本来なら私と兄上がいれば十分なはずの場にベラやアリッサ先輩までがいて、話の流れも、その後のセーバの街の発展に妙に都合の良いものだった。
その場で作られた書類は完璧で、今になって改めて見直してみると、誰もセーバの街にも、セーバの街の貿易にも、口を挟めないものになっていた。
今なら分かる。
あの時、偶々貿易の許可を得たからセーバの街が発展した訳ではない。
初めからセーバの街を今のような貿易都市にするつもりで、私から他国との貿易の許可を取ったのだ。
実際、その直後に発売されたウィスキーは瞬く間に我が国に浸透し、アメリアが作った羅針盤はその後の世界の海上輸送を短期間で大きく発展させた。
もし、ウィスキーや羅針盤のことを知っていたら、あの時私も簡単にセーバの街の統治権や貿易の許可をアメリアに渡したりはしなかっただろう。
つまり、初めから計画的だったわけだ……。
そんなアメリアを、子供とはいえ過小評価などできるわけがない。
だが、だからこそ、この国を統べる国王として、アメリアを制御する手綱は必要だと思うのだ。
そんな風に真面目に国のことを考える私に、兄上はとんでもないことを言い出した。
「そんなことをして、アメリアが機嫌を損ねたらどうするつもりだ?」
えっ? ここにきて感情論ですか、兄上!?
「アメリアは、あれでアリッサに似て非常に自由人だ。
昔から知識欲は強いが物には執着しない。
元々魔力が少なく立場も不安定だったことへの反動か、この国の価値観や常識を初めから疑ってかかる傾向がある。
貴族との付き合いを全くしてきていないせいか、国に対する忠誠心も依存も見られない。
ここだけの話、アメリアにとっての我が国は、自分の所属する組織ではない。
商売上の取引相手だよ。
そういう意味では、アメリアの統治するセーバの街は、三侯の統治する侯爵領以上に独立性の高い領地と言える」
「ならば、尚更手綱が必要では?」
微妙に不穏当な言葉に、思わず口を挟むと……。
「まぁ、手遅れだな。
アメリアの立場が安定するまではと様子を見ていたが、流石は私の娘というべきか、成長の速度が完全に想定外だった。
今となっては、精々アメリアの機嫌を損ねないように、よき理解者としてアメリアとの協力関係を築く以外に方法はない」
「???」
「アメリアから無理矢理セーバの街を取り上げたら、どうなると思う?」
兄上の言葉に首を傾げる私に、兄上がそう問いかける。
そして、その後に続いた兄上の説明は、私の理解を遥かに越えたものだった。
「自分の安住の地を奪われたアメリアは、きっと新たに別の場所に安住の地を求める。
ただし、その時に選ぶのはこの国ではない。
この国の別の場所で新たに街を作っても、また取り上げられるのは分かっているからな。
そうなると、次の移住先は他国だ。
本来なら、そんなに簡単に何の足場もない他国に移住などできない。
だが、今のアメリアにはセーバの街での実績がある。
実際、ウィスキーでも魔道具でも、アメリアがセーバの街で作り上げた物を一つでも提供すると言えば、連邦も倭国も喜んで村の一つくらい差し出すだろう。
そして、そこには新たなセーバの街ができる。
ついでに言うと、今のセーバの街を支えている人材は、全てアメリアが自分で育て上げたアメリアの子飼いだ。
元々何もないところで、彼らに衣食住を与えたのはアメリアだからな。
アメリアが移住するとなれば、下手をすれば街の住民全員がアメリアについて行くのではないか?
そうなれば、そんな抜け殻のような街には誰も寄り付かん。
早晩セーバの街は廃墟に変わるだろう。
そして、今あるセーバの技術は、全て他国に奪われることになるわけだ。
一人一人が下級貴族並みの魔法を使える数千人の人材と一緒にな。
ついでに言うと、その中には私やアリッサ、先生も含まれるぞ。
娘が幸せに暮らせないこの国には何の未練もないからな」
私は、自分が国王になった経緯を思い出す。
無理矢理王妃にさせられるなど真っ平だと、あっさりと兄上の求婚を断ったアリッサ先輩と、次期国王の地位を捨ててアリッサ先輩を追いかけようとした兄上。
父である先王は、兄上をこの国に何とか留まらせるために、苦肉の策として公爵家の制度を特例として作り上げた。
アメリアは、その二人の娘……。
呆然とする私に、兄上は更に追い打ちをかける。
「それからもう一つ。
これは他言無用だが、国王として知っておけ。
今、セーバには倭国から来た若い魔道具技術者の女性が長期滞在している。
アメリアとも非常に仲がいいが、彼女の正体は倭国の第一皇女だ」
「なッ!!」
「彼女はアメリアを非常に可愛がって……というより、むしろ崇拝しているらしい。
同じ技術者、為政者として、アメリアの資質に惚れ込んでいるということらしいが……。
この件に関しては、私にも詳細は分からん。
だが、事実として、倭国はクボーストの国境を使う事を自国の商人に禁止し、明らかにセーバの街に、というか、アメリアに有利になるように動いている。
初めは倭国がセーバの街を足がかりに王国への侵攻を企てているのかとも考えたが、その考えはサマンサがきっぱりと否定した。
詳しい事はサマンサも話さなかったが、どうもアメリアの夢の中に出てきた女神様というのが、倭国皇家に縁のある女神であるらしい。
そのせいで、アメリアは倭国皇家にとっては身内同然なのだそうだ。
それこそ、下手にアメリアに手を出せば、倭国との戦争に発展しかねないくらいのな」
「……………………」
「分かったら、アメリアの機嫌を損ねるようなことは絶対にするな!
下手をすれば、国が滅ぶぞ。
別に特に警戒する必要はない。
今まで通りに自由にさせてやれば、それだけで国が潤う。
倭国とのこともそうだ。
倭国がアメリアに害を及ぼす者を敵とみなすということは、裏を返せば、アメリアがこの国に居続ける限りは、倭国はこの国には決して手を出さないということだ。
身内に倭国との太いパイプを持つ者がいると考えれば、心強いだろ?」
兄上が次々に語った衝撃の事実は、国王としての私を震撼させるに十分な破壊力を秘めていた。
これはもう、ザパド侯爵がどうとか他の貴族がどうとか、そういうレベルの問題ではない。
アメリアを守ることが、我が国の最重要課題だ。
正直言って、我が国にとっては国王である私の命よりも、アメリアの命の方が余程重いのではないだろうか……。




