決闘 〜ライアン王太子視点〜
(ライアン王太子視点)
「あなたに、決闘を申し込みます!」
晩餐会の会場にサラの声が響き渡った。
皆が珍しい魔魚の味を堪能し終え、食後の懇親のため、場所を変えての立食形式でのパーティーが行われていた。
その最中に、あの事件は起こった。
きっかけは、私の魔術教師のジェローム先生が、サラに魔法の指導を申し出たことだった。
……
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………………
「では、お兄様は、私はこのまま王宮に留まり、お兄様と一緒にこの方から魔法を学ぶべきだと、そう仰るのですか?」
「そうだ。ジェローム先生は大変優秀な魔術師で、全属性ということもあり、様々な魔法に大変造詣が深い。
風魔法しか使えないサラに対しても、きっと適切な指導をして下さるはずだ」
「それを言うなら、アメリアお姉様も全属性です。
私はセーバの街で、お姉様から魔法の手ほどきも受けていますから、今更他の方に師事する必要はありません」
「ッ、お前が従姉妹のアメリアを姉のように慕っているのは知っているが、それとこれとは話が別だ。
こう言っては何だが、アメリアは魔法が使えないだろう?
そもそも魔力が無いのだから、全属性以前の問題だ。
そのような者に魔法の知識だけを習って、一体何になるのだ?
サラは魔法を使うことを諦めてしまっているのかもしれないが、王族である以上、努力もせず現実から目を逸らすことは許されない。
サラはアメリアとは違って魔力は十分にあるのだから、きっと頑張れば風魔法以外の魔法も使えるようになる。
ジェローム先生なら、きっとサラの力になってくれるはずだ」
そう……。
今のサラの行動は、完全な現実逃避だ。
周りに貴族のいない環境で、貴族でありながら同じように魔法の使えない従姉妹と、魔法の研究という名のおしゃべりを楽しんでいるだけだ。
理屈ばかりを頭に詰め込み、それで実際に魔法が使えるようになった気分になっているだけ。
ジェローム先生の言い方はきついが、私もその通りだと思った。
このままサラをセーバに置いておくのは、きっとサラのためにならない。
折角、ジェローム先生がサラの指導も引き受けて下さると言うのだから、その申し出を素直に受けるべきだ。
母上はサラのことは放っておけと言うし、たとえ教師とはいえ、王族が臣下の意見を簡単に鵜呑みにしてはいけないと言う。
だが、私に言わせれば、母上よりも余程ジェローム先生の方がサラのことを心配してくれていると思う。
大体、サラは伯父上の娘に対して、心を許し過ぎなのだ。
父上の誕生祭のパーティーでアメリアに助けられたというけど、どうせちょっとザパド侯爵に厳しい物言いをされたところを、口の回るアメリアにかばってもらったとか、その程度のことだろう。
その程度のことで簡単に人を信用してしまうから、ジェローム先生に心配されてしまうのだ。
ジェローム先生は、ザパド侯爵から事の真相を聞いているようで、子供相手に少々きつい言い方をしてしまったザパド侯爵にも非はあるだろうが、そのようなことは貴族社会ではよくあることで、そこで庇われたからと一々人を信用していては、将来王族としてやっていけないと、とても心配されていた。
私は、サラには魔法だけでなく、そういう王族としての心構えも、同時に学んでもらいたいのだ。
「必要ありません」
そんな兄の気持ちも知らず、サラは不機嫌そうな顔を隠しもせずに、再度同じ言葉を繰り返す。
そんなサラを見て、ジェローム先生もサラの説得に力を貸して下さる。
「恐れ多くもサラ王女殿下は、アメリア公爵について何か誤解されているのではないでしょうか?」
そう切り出したジェローム先生を、サラが無遠慮に睨みつける。
「誤解とは、何でしょう?」
「それは、アメリア公爵のここ最近の様々な実績についてです。
アメリア公爵が新たに発明された魔道具は大変素晴らしいものですし、アメリア公爵が領主となって以降のセーバの街の発展には、目を見張るものがあります」
そこで、ジェローム先生は一呼吸おき、少し大きな声でこう言った。
「ですが、そのようなことが、本当に子供の力だけでできるとお思いですか?」
確かに、その通りだ。
百歩譲って魔力の問題を抜きにしても、ふつうに考えて、ただの子供に魔道具の開発や領地経営など、できるわけがない!
皆が領地の実績は領主であるアメリア公爵の実績と、なんとなく受け取っているだけで、実際にあれらの魔道具を考えたのも、実際に領地を動かしているのも、きっと周りの大人達なのだろう。
「恐らくは、周囲の大人達が色々と手助けしているのでしょう。
セーバの街には祖父である大賢者殿もいらっしゃいますし、セーバの街のあるセーバ領は、ディビッド公爵の領地ですからな。
勿論、たとえ実際に行動したのが周囲の大人であっても、その実績は領主であるアメリア公爵のもので間違いはありません。
ですが、それは領主としてのアメリア公爵の実績であって、アメリア公爵自身の有能さの証明にはなりません」
周囲の貴族達が、ジェローム先生の言葉に頷いている。
これならサラも、いかに自分がアメリアを過大評価し過ぎているのか、気付いてくれるだろう。
「誤解しているのはあなたです。
私は、ここに王族の名において宣言します!
お姉様の実績は、正真正銘お姉様個人が成し遂げたものです!」
「サラ!
おまえ、何を言って……。
王族の名を持ち出す意味を分かっているのか!?」
思わず私が口を挟むと、それをジェローム先生がやんわりと止めてくれる。
「構いませんよ、殿下。
私は何も聞いていません。
それよりも、サラ王女殿下。これは、とても基本的な理屈なのです。
魔法というのは神々によって人類に与えられたもので、呪文ごとにその効果は決まっておりますが、実はその効果の表れ方には、術者のイメージによってかなりの違いがあるのです。
例えば、炎槍の魔法一つとっても、作り出す槍の大きさや形は術者各々によってだいぶ異なります。
それどころか、術者のイメージ次第では、槍を別の物に変えることすら可能なのです。
いや、これはアメリア公爵の母君であるアリッサ公爵が発見したことなのですがね。
ともあれ、魔法が術者のイメージによって変化することは、間違いありません。
さて、ここで、アメリア公爵が最近発明されたという不思議な効果を持つ魔道具ですが、あの魔道具に籠められた魔法を、最初に開発したのは誰なのでしょう?
噂では、あれらの不思議な魔法は、全てアメリア公爵が夢の中で女神様より授かったとのことですが、魔力を持たないアメリア公爵が、それをどう起きている時に試すのです?
夢の中のイメージや呪文を、いくら周囲に言葉で説明しても、それであれほど高度な魔道具のイメージが伝わるとは到底思えません。
いや、はっきり言って、不可能です!
そんな事が可能だと思えるのは、実際には魔法を使えない、使ったことのない、未熟な子供だけなのですよ。だから……」
そこまで黙ってジェローム先生の話を聞いていたサラが、すっと右手を上げて、先生の言葉を遮る。
「もう、結構です。
つまり、論より証拠という訳ですね。
実際には魔法を使えないお姉様に、魔道具など作れるはずがない。
実際に魔法を使えないお姉様に、魔法の指導などできるわけがない。
そう言いたい訳ですね」
「まぁ、そういうことです」
サラの無言の圧力に若干気圧されながらも、先生が返事をすると……。
「では、証明してみせましょう。
私がセーバの街で、アメリアお姉様から教えていただいた魔法が、一体どの程度のものなのかを」
………………
…………
……
母上の計らいで、急遽王宮の中庭に簡易結界が張られ、そこで妹と先生の、お互いの主張を賭けた決闘が行われた。
それは、信じられないことに、サラの一方的な勝利で終わった。
ジェローム先生は……文字通り、手も足も出せなかったのだ。
先生が最初に出した炎は、サラが呪文を唱え右手をひと振りすると、それだけであっさりと消えてしまった。
おまけに、その後はいくら先生が炎を出そうとしても、炎は全く現れなかった。
そのうち、サラに睨まれた先生の呼吸が少しずつ荒くなって、顔色もどんどん悪くなっていった。
目に見えて体が震え出し、あの先生が恐怖で呪文も唱えられないようで……。
「先程の、アメリアお姉様の功績に対する暴言を取り消しなさい!」
サラの言葉と共に放たれた恐らく風魔法を喰らい、先生が腹を押さえたまま膝をついた。
「た、大変、もうしわけ、ございません……」
そこまで言ったジェローム先生は、その場で気を失って倒れてしまった。
その体は冷え切っていて、真冬の寒空に一晩中放り出されていたかのようだった。
サラはその場で、改めてアメリア公爵の功績について王族の名において宣言し、この決闘で使った魔法も全てアメリア公爵の指導によるものだと付け加えた。
魔法については明らかに自分より劣っていると思っていた妹に、自分の師が倒される。
これだけでも、私にとっては世界がひっくり返るような大事件だったのだが……。
サラがあの夜、最後に私に言った言葉。
「ジェローム伯爵は、裏でザパド侯爵と繋がっています。
お兄様は、お姉様と敵対関係にあるザパド侯爵に都合の良い情報を、ジェローム伯爵に刷り込まれたのではありませんか?」
あの晩餐会の一夜で、私の信じていた世界は、脆くも崩れ去った。




