庭師の正体
全体での話し合いを終えた私達は、各々に別れて現場との打ち合わせをしている。
ユーベイ君は、トッピークの漁師さん達と一緒に港の調査を。
タキリさんは、キティーシャーク号の整備や、魔動エンジン導入についての話し合いを。
そして、私、レジーナ、レオ君の3人は、ユーグ侯爵の紹介で庭師のお爺さんとお話をしている。
「アメリア公爵、お時間を取らせてしまい申し訳ないのですが、実はアメリア公爵と……レジーナ嬢に会ってもらいたい者がおるのです。
よろしいでしょうか?」
会議の翌日、ユーグ侯爵に案内された応接室には、この屋敷に滞在中度々見かけた庭師のお爺さんがいた。
名前は知らないけど、ユーグ邸の庭を散歩している時に、何度かお話ししたりはした。
ユーグ領は、セーバ領と比べてだいぶ南に位置する。
そのせいか、気候もセーバ領と比べて温暖で、セーバでは見られない様々な花が庭に溢れていた。
中には、前世では全く見たことのないような珍しい花もあって、私とレジーナは庭の花やユーグ領の植生等について、偶々庭で会った庭師のお爺さんに様々なことを教えてもらった。
お爺さんは、流石は侯爵家の庭を任される庭師だけあって植物については博識で、気がつけば庭の花のことだけでなく、ユーグ領で採れる農作物のことや、セーバの気候にも向いた野菜のこと等、色々と教えてもらっていた。
それ程長い時間話し込んだりはしなかったけど、見かければ挨拶をするし、時間のある時には立ち話をするくらいには仲良くさせてもらっていた。
(別に完全に初対面って訳でもないんだけど、改まってどうしたんだろう?)
何やら、かなり緊張している様子だ。
私は子供とはいえ、ユーグ侯爵の客人で他領の貴族で公爵だから、ただの庭師のお爺さんが多少緊張するのは分かる。
庭でお話をした時も、楽しそうな笑顔の中にも、多少の緊張は伝わってきた。
でも、こんな思い詰めたような感じではなかった。
領主のユーグ侯爵が一緒だからかなぁ?
私達が部屋に入ると、お爺さんが立ち上がった。
ユーグ侯爵は、私達を部屋に招き入れると、改めてお爺さんを紹介してくれる。
「3人とも既に面識はあるようだが、改めて紹介させてほしい。
彼は私の父の古い友人で、マルドゥク。ユーグ領の元農業ギルド長で、高名な農学博士です。
身分としては平民になりますが、その功績から国王陛下より農学博士の称号を正式に得てますから、貴族に準ずる扱いとなります。
アメリア公爵の祖父君の大賢者リアン殿と同じ立場ですな」
「こちらの名乗りが遅くなり、申し訳ございません。
国王陛下より農学博士の称号を拝命しております、マルドゥクと申します」
うわぁ! 本当ですか!?
いくら庭師っていっても、随分博識だなぁとは思ってたんだよね。
単に植物の育て方に詳しいってだけではなくて、話が理路整然としている感じで……。
言われてみれば、確かにあれは学者さんの言葉だった。
ん? 学者さん?
マルドゥクって、どこかで聞いたような……。
そう思ったところで、レジーナがすかさず私の疑問を解消してくれた。
「マルドゥク様。もしかして、“連作障害の考察”と“植物図説”の著者のマルドゥク教授ですか?」
そう! 思い出した!
さすが、レジーナ。よく勉強してるね。
本当に、優秀な秘書だ。
マルドゥクって、それまでは個々の農民の経験則や口伝でしかなかった農業知識を体系化して著書にした人で、連作障害についての知識を世に広めた人だ。
マルドゥクの本は、セーバリア学園でも農業関係の教科書として正式採用している。
学問、特に自然科学分野の研究が圧倒的に後れているこの世界で、彼の著書は私の目から見てもよく研究されていると感じるものだった。
あの、マルドゥク先生かぁ……。
これは、この機会にぜひお近づきになりたいね。
興奮して、思わずそのまま話し出そうとする私をユーグ侯爵が軽く制し、私達に席を勧めてくれた。
私だけではなく、レジーナとレオ君にもだ。
二人とも最初は固辞したんだけど、レジーナにも関係のある話だからと言われて、結局護衛のレオ君だけは後ろに立つことにして、レジーナには座ってもらった。
そうして始まった話し合いなんだけど、どうも要領を得ない。
私とレジーナがセーバの街でどんな生活を送っているのか、とか。
平民のレジーナが貴族の側近をしていると苦労も多いのではないか、とか。
平民のレジーナがどうやって今のような知識を身に付けたのか、とか。
初めは、最近急激な発展を遂げているセーバの街や、優秀な人材を大量生産しているセーバリア学園について、優秀な学者先生も交えて探りを入れてきているのかとも思ったんだけど……。
どうも違うっぽい。
大体、さっきからマルドゥクさん、レジーナのことしか聞いてないし……。
もしかして、うちのレジーナが狙い!?
確かに、領主の私は引き抜けないけど、たとえ側近とはいえ、平民のレジーナなら引き抜きは可能だ。
レジーナの優秀さは、ユーグ侯爵もここ数日で思い知らされているはずだし……。
ここは、うちの子は絶対に誰にもやらん!と、ビシッと宣言しておくべきだろうか。
そんなことを考えていると、恐らく私と同じように会話に不自然さを感じていたレジーナが、話が途切れた瞬間を狙って口火を切った。
「マルドゥク様、先程から何やらお話ししたいことがお有りのように感じるのですが、もしよろしければ、そろそろ今回の目的についてお話しいただけませんか?」
「ッ!……………………」
レジーナの言葉に、黙り込んでしまうマルドゥクさん。
部屋に広がる沈黙……。
空気が、重い!
そんな空気を破ってくれたのは、ユーグ侯爵だった。
「ふっ、流石にレジーナ嬢は優秀だ。
血は争えませんな、マルドゥク先生。
もう分かったでしょう? 私の目から見ても、レジーナ嬢は非常に大切にされている。
そうでなければ、大した魔力も持たないただの平民が、こんなに優秀に育つ訳がない。
うちの娘より、余程手をかけられていますよ。
それに、レジーナ嬢に向けるアメリア公爵の目は……。あれは、丹精込めて育てた花が、可愛くて自慢したくて仕方がないという、そういう目だ。
レジーナ嬢に下手に手を出そうものなら、我が領もザパド領の二の舞になりかねません。
実際、レジーナ嬢を狙っているのかと、アメリア公爵のこちらを見る目が厳しくなっている。
これ以上、話を引き伸ばすのは、お互いのためにならないと思いますが?」
「…………わかった」
ユーグ侯爵の言葉に観念したのか、マルドゥクさんが言葉を絞り出す。
「突然の話で驚くかもしれんが……。レジーナ、お前の母レベッカは、ワシの娘で、ワシはお前の祖父ということになる」




