三方面作戦
定例会議の後、私達は皆それぞれに動き出した。
まずは、ドワルグへの街道を引くための、現地調査と魔物討伐に向かうドワルグ行チーム。
道中の護衛と魔物討伐を担当するのが、冒険者のアディさん。
他にもセーバの街の自警団と冒険者から、20名ほどが魔物討伐に参加する。
それにユーノ君率いる測量チーム10名ほどが加わる、総勢30名ほどの現地調査チームだ。
この戦力なら、オークの集落程度なら問題なく壊滅できると、アディさんが言っていた。
今回の討伐部隊の参加者は、自警団、冒険者の違いはあっても、全員がこの街の住民で、セーバリア学園の出身者だ。
自警団、冒険者のどちらも、戦闘を主とする職業に就いているだけあって、全員が比較的高い魔力を持っている。
比較的、だけどね。
王都の騎士団や冒険者ギルドのランク付けで見るなら、今回集まった自警団の兵士や冒険者は、下級から中級程度のランクとなる。
その査定には、騎士団、冒険者ギルド共に、魔力量が大きく影響することになるから。
因みに、その基準でいくと、中級クラスの者で、一対一でオークとやり合えるくらい。
下級クラスの者なら、複数人で取り囲めば、何とかオーク討伐も可能って言われている。
この世界のオークって、決して雑魚モンスターってわけじゃないんだよね。
オークって、家畜化されていない野生の豚、要はイノシシ並の身体能力ってことだし、その上人間ほどではないにしろ、知恵があり、武器を使ってきたりもするし……。
体だって、人間よりもずっと大きい。
そんなのが、集落を作って、群れで生活しているとなると……。
決して油断できる相手ではないのだ。
上級冒険者のアディさんなら、そんな事は当然私よりもよく理解できている。
そのアディさんが、このメンバーで問題無いって言い切った。
だって、魔力操作や効率的な魔力運用について、徹底的に仕込まれた学園の出身者の使う魔法は、実際の威力としては、普通の冒険者の3倍から5倍は確実にあるから。
つまり、魔力量300MPの者でも下級貴族並、魔力量500MPなら中級貴族並の魔法が使えるってことで、これを冒険者ランクに換算すると、参加者全員が上級冒険者ってことになるんだって。
おまけに、今回は測量チームとして参加するメンバーも、皆最低限の攻撃魔法は使いこなせる者ばかり……。
こんな戦力は軍の一個小隊以上で、おまけに、最近はアディさんが集団戦闘も含めた実戦的な戦闘訓練をしているからね。
正直、オークの群れ程度では何の障害にもならないそうだ。
こんなだから、いつまでたってもセーバの街には冒険者ギルドはできないし、この街に住む気のない冒険者は、他所からの護衛依頼以外では仕事でこの街には来ないんだよね。
だって、並の冒険者よりも、その辺のおじさん、おばさんの方が余程戦闘力が高い訳で、冒険者に頼むよりも、自分達で解決した方が早いって話だから。
そんなこともあって、セーバの街では何か冒険者に頼まなければならないような問題が起こると、大抵はまず学園に話が来る。
そこで対応できそうな生徒や卒業生を紹介したりするから、事実上、学園が冒険者ギルドの代わりって訳で……。
おまけに、上級冒険者のアディさんが客員講師として戦闘職希望の生徒を指導しているから、もう殆どアディさんが冒険者ギルドのギルド長状態だ。
学園出身の冒険者にしたって、この街でなら魔力量ではなく、実力で正当に評価してもらえるからね。
魔力量による査定で報酬を決められてしまう冒険者ギルドの仕事を、敢えて受けようとはしないんだって。
ともあれ、そんな魔界と化しているセーバの街で戦闘職に就いているメンバーだから、任せておいても特に問題はないだろう。
次に、サラ様のお魚配達チーム。
こちらには、サラ様と一緒に王都から来たサラ様の護衛や家庭教師のコラードさんの他に、念の為侍女長のサマンサにも同行してもらうことにした。
運ぶ物も運ぶ物だし、里帰りの名目とはいえ、王女殿下に魚の配達を頼んで、それで万が一のことでもあったら、それこそ私など処刑台まで一直線。
いくら私が無事に帰って来られても、サラ様が無事でなければ、結果は同じだ。
サマンサが一緒であれば、万が一などあり得ない。
私も安心して久々の旅を楽しめるというものだ。
とはいえ、危険な航海に向かう私から離れることに対して、サマンサはもう少しごねるかも、と思ってたんだけど、意外とあっさり承諾してくれた。
サマンサ曰く、弟子のレジーナもレオ君もだいぶ使えるようになったから、2人が一緒なら何かあっても対処はできるだろうと。
前回のクボーストへの旅では、二人とも護衛としては不十分と、サマンサからダメ出しを喰らっていたからね。
今回サマンサの代わりに護衛を任された二人は、かなり張り切っているようだ。
ただ、確かに二人の実力がサマンサから見て及第点に達したってのもあるんだろうけど……。
今回、サマンサがあっさり引いた理由は、恐らく同行者にタキリさん、というか、タキリさんの護衛のヤタカさんがいるからだろう。
サマンサと同じメイの一族がいる以上、私の身に万が一などあり得ないと考えているようだ。
タキリさんにしても、もし万が一の時には、自分よりも私の命を優先するよう、ヤタカさん以下全員に厳命しているらしい。
叔母上様のことは、命に替えても私がお守りしますのでご安心下さいと、タキリさんがこっそり言っていた。
倭国の皇女殿下の命と替えられても困るんだけど……。
そして最後に、私が参加する新航路開拓チーム。
旅の目的地は、ユーグ領にある港町トッピーク。
農業を主とするユーグ領で、唯一海に面する街で、人口は2000人弱。
ユーグ領唯一の漁港として、そこそこに栄えている小規模都市だ。
ただし、セーバのように他所から入ってくる船は、一隻もない。
大陸の西の端にあるモーシェブニ魔法王国と、その東にあるソルン帝国は、内海と言ってもいい大きな湾、ベボイナ湾によって、東西に分断されている。
イメージとしては、地中海とかフィヨルドみたいな感じだろうか。
で、この湾なんだけど、巨大な湾を囲むほぼ全てが、切り立った断崖らしい。
つまり、せっかくの内海でありながら、港を作れるような場所がほとんどないんだって。
しかも、ベボイナ湾の北側にある、外海とを結ぶ海峡は、潮の流れがかなり複雑な難所で、ただの漁船がそこを通り抜けることなど絶対に不可能らしい。
つまり、実質的には、完全に外海から閉ざされた、巨大な湖のような場所ということになる。
そんなベボイナ湾の南の最奥に位置するのが、今回の目的地であるトッピークだ。
同行者は、私の他に護衛としてレジーナとレオ君、この船の設計責任者であるタキリさんと侍女(護衛)のヤタカさん、セーバの街の船舶関係の責任者であるユーベイ君、それにレボル商会商会長のフェルディさんだ。
今回の旅の目的は、ユーグ領での農作物の買い付けだから、セーバの街の足りない食糧の買い付けを担当してもらっているフェルディさんも、当然参加である。
今回の買い付けが上手くいけば、今後ユーグ領から買い入れていた食糧は、王都の中間業者を介することなく、直接ユーグ領から仕入れることができる。
当然仕入れ価格も安く済むし、輸送費もかかる日数も、陸路で輸送するよりずっとお得だ。
勿論、ただ食糧をユーグ領から買い付けるだけではなくて、うちのお酒や武器、農具なんかを、直接ユーグ領やボストク領に売ることもできる。
トッピークは、ユーグ領とボストク領との境にある街で、ボストク領の領都ボストクからもかなり近い位置にある。
そのせいで、日持ちのする魚などは、むしろボストクの街に運ばれることの方が多いそうで、領地的にはユーグ領だが、商業圏としては、むしろボストク領に近いらしい。
ユーグ領は第一次産業に力を入れている領地で、トッピークで獲れる魚介類に限らず、多くの農産物をボストク領にも輸出している。
それに対してボストク領は、ソルン帝国との国境を守る部隊が大量に駐留している領地で、ソルン帝国との表立った対立のない今でも、軍備には非常に力を入れている領地だ。
そんな訳で、食糧が豊富で自然が豊かなユーグ領で、害獣や危険な魔物が発生すると、その討伐駆除はボストク領の仕事となる。
どちらの領主も、国の中での自分の役割をしっかりと理解していて、それで領民が問題なく暮らせていけるのなら、それ以上は必要ないってタイプみたい。
お互いに必要以上に欲を出すこともなく、持ちつ持たれつのいい関係を維持しているらしい。
まったく、ザパド侯爵や王都の商人とは大違いだ。
まぁ、商人が儲けようとするのは当たり前だから、それ自体は全然悪くないんだけどね。
私も儲けるのは好きだし。
でも、奴らはやり方がセコいんだよ!
良い商品を売るのではなく、商売敵を潰すことに夢中って……。
この国の経済活動は全て、王都とザパド領を通して行われるものっていう常識が出来上がってて、その常識に異を唱える者なんて誰もいなかったんだろうね。
基本的に非常に閉鎖的な国で、状況の変化に対応するのが苦手そうな国民性だし……。
まぁ、それはいいとして、そんな訳で、今回の海上ルートが確保できれば、ユーグ領だけでなく、ボストク領とも直接取引ができる見通しが高いんだよね。
王都、ユーグ領、ボストク領、そして他国、その全てと直接取引できるなら、もうザパド領って必要なくない?




